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魔女と来訪者   3

 魔女に自ら関わる人間は、いない。

 それがイヴァンのそれまでの認識である。

 しかし、実際のところはどうだろう。ロザ自身は深く関わるまいとしているらしい。

 けれど、今日も野菜収穫の後、魔女の家に客が来た。

 思い返してみれば、ここ数日魔女の家はにぎわっている。イヴァンの知る限り、原因は客人の女性客たちだった。

 彼女らは皆、恋の悩みや美についての悩みを吐露していく。

「ここ、悩み相談所だったか?」

 イヴァンの隣で、ぽつりとこぼしたのはフローだが、そう思ったのは彼だけではあるまい。

 それでも、いつだってロザは真剣に考えた末、本当に真剣に考えたのか伺いたくなる、一応合理的な答えを述べる。

 …その日来た女性の悩みは肌荒れだった。

 ロザは答える。

「栄養のバランスが崩れているんじゃないかな? レモンやミルクをとってごらん。あと、鮫のヒレとか」

 相談者は納得したように頷き、上機嫌で帰って行った。

 ただ、それを聞いていたイヴァンだけが(レモンとミルクはわかる。…鮫のヒレ? どこで手に入れるんだろう)と心中で頭を抱えた。

 ふと、眉間をおさえるのが自分だけであることに気づいた彼は、自分同様の一般的な反応を求め、隣にいるフローに視線を移す、と――彼は無表情だった。

(…読めない。そういえば、彼も変わった部類だったな)

 イヴァンは孤独感を味わった。

 内心涙を拭い、現実逃避のために思考にふけることにする。

 それは、つい先日のこと。

 魔女のもとへ、恋の悩み相談に来た女性がいた。どうやら、魔女という存在が古代の神の子孫だということで、神的な力を期待したようだ。

 しかし、ロザは一刀両断した。

「あいにく、わたしは神の力を受け継いではいないのだよ。それにね…」

 続く言葉を、聞き耳たてていた二人の青年は予想した。

「神の力で、心を手に入れようと考えるべきではない。できても、してはならない」

 こんな言葉を期待していたのだと、多分、思う。

 ところがロザの口から出たのは、相談者およびフローとイヴァンも予想外の言葉だった。

「わたしの先祖は下級の美の女神なのだよ。力があったとしても、なんの役にも立ちはしない。はぁ、わたしとしては、智の神やらが希望だったのだけれどね…」

(…へぇ)

 それしかイヴァンは考えられなかった。窺い見るに、おそらく客人も同様だろう。

 隣のフローはだけは無表情で「ははは」と笑い、「わがままだな」と感想を述べていた。…そういう問題ではないだろう、とイヴァンは思ったが、利口にも口には出さない。

 というか、彼女は薬師のはずなのに、なぜか薬を処方せずに、悩み相談で終わっている気がする。

 そこまで考え、イヴァンは意識をもどす。

 気がつけば、顔が笑っていた。

 静かに目と閉じて内省する。

 あっけにとられながらも、ゆっくりと流れる穏やかな日々。今までの、騎士であった自分が体験できようはずのない世界だった。

 現実を直視するため、再び目を開いてごちる。

「…そろそろ、姫の様子を見に行くか」



 

 寝室の扉を開ける。

 マーガレットの眠る寝台まで近寄り、指を彼女の頬に滑らせる。――あたたかいことに、ほっとした。

(こんなに、心穏やかにいられるなんてな)

 ふいに、イヴァンは目を伏せた。


 ――彼には、ずっと、逃げていたことがあった。けれど、他方でずっと追い詰められていたことがあった。

 求められるものに気づいていたけれど、見て見ぬふりをした。自分の心に正直であれば、多くの人が傷つき、我慢すればすべては丸くおさまると、知って、いた。――それでも。

 俯くと、銀鼠の髪がサラリと頬をなでた。

 魔女と、琥珀の髪の青年と過ごして。ゆっくりとした日々の中で、様々な自分の感情に気づいた。そして彼女らといられることを、幸せだと、感じてしまった。今の自分には、それすらも罪であるのに。


「マーガレット姫…」

 青年の掠れた声は、静かに、空気に溶けた。

魔女の日常話が少し続きます。

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