魔女と来訪者 1(後編)
魔女は手早く少女の傷の消毒と止血を行い、寝台に横たえさせた。
深く眠ってはいるが、重傷であることにかわりはない。けれど、重体というわけではないようだ。出血多量の心配も今はないため、意識さえ戻れば問題ないだろう。
魔女は診終えた少女の髪を一なでし、青年二人を振り返る。
彼女は気づいていた。眠る金髪の美少女は、身なりからして間違いなく貴族の令嬢だろう。そして銀鼠の髪の青年は所作から、どうみても騎士だ。琥珀の髪の青年も、身のこなしや服装からして貴族だろうと推測できる。はっきりいってあまり関わりたくない人種であるし、もし怪我をした少女の存在がなければ、門前払いしていた。
それでも、客人となったのには変わりはない。ゆえに、二人に席をすすめ、あたたかい紅茶を淹れた。
「ありがとう」
黄金が無表情でそういうのに対し、騎士は不安に瞳を揺らしながら礼をのべる。魔女は一つ息をつき、いじわるをやめた。
「焦らしてすまなかったね。――安心するといい。目が覚めれば、もう彼女は大丈夫だ。傷がある程度ふさがったら帰るといい」
彼女の言葉に、騎士は安堵した。
その様子に、魔女は少しばかり罪悪感にかられ、呟いた。
「魔女のもとに来た君たちを、少しばかり警戒しているんだ。わたしは極力、人間には関わらないようにしているからね」
青年二人は正直すぎる魔女を見つめ、目を瞬く。
三拍間を置くと、騎士は端整な顔で微笑んだ。
「いえ、無理もありません。魔女を酷く扱う者もいる。でも俺は、突然押しかけてしまったのに、手当てから看護まで引き受けてくれたあなたに感謝しています。――そうだ、自己紹介がまだでしたね。俺は隣の領地の騎士を先日までしていました。名はイヴァンといいます。彼女――マーガレット姫の目が覚めるまで、よろしくお願いします」
魔女は苦笑する。彼の心根の優しさが伝わってきた。――けれど、だからこそ人間と距離をあけてきたのだ。
「ああ。ではこれからはイヴァンと呼ぶよ。で、黄金、君は?」
黄金は紅茶の入ったティーカップから顔をあげた。なにやら無表情の中に不機嫌が窺えるような気がするが、気のせいだろう。
「…魔女殿、なんで私を黄金と呼ぶんだ?」
青年はずっと疑問に思っていたことを口にすると、魔女は「ああ」としたり顔で一人うなずた。
「わたしは君の名前を知らないから、愛称で呼ぶしかなくてね」
「いや、だからその黄金の意味がわからない」
彼の意見ににイヴァンも納得した。黄金とは、金銀財宝のあの黄金だろうか? それとも、彼の髪の色が似ているからだろうか?
しかし、魔女は眉をあげた。まるで、「なぜわからない」とでもいいたげだ。
「言っておくが、金銀財宝の黄金ではないよ?」
――はずれた。イヴァンは思わず顔を背けた。
一方、黄金と呼ばれる青年は眉間に皺を刻む。
「じゃあ、どういう意味?」
「君の顔は黄金比なんだ。だから、黄金だ。かの有名な砂漠の国の美女もそうだったらしい。ぜひ誇ってくれ!」
魔女は黄金の真正面に立ち、力強く彼の肩を叩いた。
二人の青年は今さらながら、気づいてしまった。彼女はなかなかの変人ではないだろうか。しかも、魔女だとか、そういう問題を抜きにした。
黄金は溜息をつき、「フローと呼んでくれ」と頼んだ。本当の名前は言いたくないけれど…黄金は嫌だった。




