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プロが来た

 開店してひと月が経った頃、入会希望者に気になる名前があった。

 

 “木俣康平(茜色うさ男)”


 すぐさま対応した受付の女の子に聞いて見たところどうやら本物。

 なんと既刊11冊、総発行部数500万部を超える人気シリーズ『スネに傷ある無敵冒険者の泣きどころ』の作者様だ。


「どんなだった?」


「なんか普通の方でしたよ。『あんまり目立ちたくないけど、知り合いが良さそうだと言うので興味が湧いた。一度利用して見たい』とおっしゃってました」


「会員登録はしたんだよね。予約は?」


「なさいませんでした。ちょっと考えてから『明日にでも使ってみたい。空いてるかな』とおっしゃったので『今のところ余裕があります』と答えておきました。なのでフリーで来られるかも知れません」


 どうしようかなぁ。

 他のお客さんと一緒に考えていいんだろうか?


「どうした? 公彦」


「ああ、佐喜雄おじさん……じゃなかった社長」


「いや、そこは今まで通りでいいよ。経営者ヅラするつもりはないから。それで何かあった?」


 僕は『小説家にまろん』で有名な書籍化作家が入会したことを告げた。

 どう扱ったらいいか悩んでいることも。


「わかった。ひとまず事務所で話すか」


 僕とおじさんは6階に移動した。

 そこには応接セットがあるものの部屋の隅にはガラクタが積み上がっているし、寝袋や古い冷蔵庫などが置いてあって全然整理されていない。開店前のどさくさに対応するために泊まり込んだりした時のままになっているのだ。

 今は他の人にはまだ聞かれたくないことを2人で相談する時に使うぐらい。座って話ができればいいのだ。


「それで茜色先生だっけ。普通に扱っていいんじゃないか? 空いてれば2階で。今のところ3階を特別な場所にする気はないし」


「4階は?」


「ああ、当初の予定では上級者向けって話だったから、少し机も椅子もいいものにして1スペースの大きさも広く取ってある。準備万端と言いたいところだが少し問題があってな。色にこだわって少し違う塗料を使ったら匂いが残っちまってるんだ。換気して抜けるようにはしてるんだが、まだ数週間はフロア全部は開けられないと思う」


 おじさんは座って考え込んでいる。

 僕は冷蔵庫に入っているペットボトルのお茶をコップに注いでおじさんの前に置いた。せっかく喫茶店を開いたのに市販の安いお茶を飲んでいると言うのも業腹だが、この話は今の店員さんにもまだ聞かせたくない話なので、一階から持ってきてもらうわけにはいかない。


「こんなお茶ですいませんね」


「いや、これで十分だ」


「話は戻りますけど、4階については了解です。そう言うことなら仕方がないですね。どっちにしろ、広くするなら料金も変えないといけないだろうし、そうなると予約システムも変更して……随分手間がかかりますね。決めなくちゃいけないことも多いし」


「例えば?」


「当初の予定では階によって使える人を変えようかと考えてましたが、今は2階も3階も設備的な違いがありません。だからこそ開店後の予約あふれにも対応できたわけですが、広さも品質も違うとなると料金に差をつけなきゃいけない。4階のいい部屋を希望しても満員なら3階以下の普通の部屋で我慢してもらわないといけない。逆に2階、3階が満員なら料金の高い4階を使ってもらうしかなくなる」


「今のところ。急な変動で満員になることはないがな。理由はわからないが」


 最初の数日は2階の予約がいっぱいで捌ききれないこともあったが、だいたい2週間を過ぎたことから落ち着いている。今では3階はフリーが中心になっていて、空席数も15分置きにアプリに反映されている状況なのであまりトラブルも起きていない。

 だけど、それについて僕は何となく予想がついていた。


「きっとここが小説家用の喫茶店だからだと思うよ。恐らく小説を書く人のリズム、って決まってるんだよ。『週の初めに使いたい』とか『午前は自宅で午後はどこか別の場所で執筆したい』とか。そういうペースを乱されるのはみんな嫌うから、安定して使える時間に利用する流れができていると思うんだ」


「なるほどな。『小説家は小説家を知る』ってわけだ」


「嫌だな。そんなんじゃないよ……で、どうするの。何か考えがあるんでしょ」


「ああ、それなんだがよ。料金は変えない、ってのはどうだ」


 昨日からウンウン唸って考えていたのは、きっとこのことだったのだろう。

 何言ってんだろうと思ったが、とりあえずおじさんの話を聞いた。


 内容は次のようなものだった。

 4階はプロ専用にするが料金は同じ。まあ、プロと言っても専業作家じゃなくても書籍化している作家なら誰でもOKぐらいにするらしい。そうやって上層階の執筆をステータス化すれば、会員の中に「いつかは4階で執筆できるようになりたい」という新たなモチベーションになる。


「うーん、そういう差別化はまだ早いんじゃないかな。開店前みたいなトラブルはもう御免だから、あんまり普通の作家さんを刺激することはやりたくない。それに今のところプロだと判明しているのは、茜色先生だけだし」


「そうかぁ。でもせっかくいい部屋作ったんだからプロの先生に使ってもらいたいよなあ…………そうだ! お前、茜色先生に相談してもらえないか? 知り合いの先生でここを使いたいという人がいないかどうか。もし、いるようならモニターとして使ってもらうんだよ。使い心地とか、そうすれば ”プロの意見を取り入れるためのプレオープン” ってことで単なる依怙贔屓ではないし、店としての面目が保てるんじゃないかなあ」


 言ってることはわかる。

 でも、相手は発行部数500万部の大作家様だぞ。どうやって話しかけたらいいのかもわかんないし。

 俺はムリ。


「もっと大人の人の方がいいんじゃないかなあ。佐喜雄おじさんとか受付でも田中さんなんて落ち着いていて、うまく対応してくれそうだよ」


「いや、小説家先生の考えていることなんてわからねぇよ。それにまだ受付の連中には知らせたくない。どこで話が漏れるかわからねぇからな。お前なら同じ小説家同士だし、な」


 じょぉぉだんじゃない。

 同じまろん小説でもこっちはポイントひと桁の超底辺。

 月とスッポン、黄金龍とゴブリンぐらい違う。


「まあまあそう言わず。さっき受付に聞いたら、先生散歩のついでにここに寄るって言ってたらしいから、もうすぐ来ると思うし」


 聞いてないよ。

 おじさん計ったな。

 受付のバイトさんは、今日来ることを口止めさせられていたらしい。


 しばらくして茜色先生がやってきた。

 おじさんが応対しとりあえず4階に案内する。匂いが抜けないとか言ってたけど、何部屋かはすでに脱臭済みで使える状態らしい。

 嫌だと言ってるのに押し出されて4階に行ってみると茜色先生にお貸ししている部屋のドアが開いていた。


「初めまして。茜色うさ男です。こんないい部屋を用意して頂いて。特別扱いはしないでくれとは言ったんですけど、何かお話があるとか」


 なんだ。そこまですでに話はしているのか。

 仕方ない。


「ええ、実はこの4階は下の階とは違って、少し上級向けにしようと思っているんです。でも、執筆というのは単にいい机いい椅子があればいいと言うものではありません。かと言って、普通に開放するにはまだ調査が足りないというか……」


「2階はどうしたんですか」


「ああ、それは仲間うちで小説を書いている連中に頼んで、オープン前に使ってもらい意見を聞いたんですよ」


「なるほど。それで4階は私にモニターをと言うわけですね。でも私が標準的な作家とは限りませんよ」


「ええ、ですから先生の知り合いの何人かに使っていただいて感想をお聞きしたいのです。雰囲気とか机や椅子。他に必要なものとか、あと料金についてもこの部屋の場合、いくらまでなら使いたい気になるか、とか」


 それを聞いて先生はフム、と考え込んでから。


「知り合いの作家でここを使いたいと言っているのは何人かいます。それで、プロ限定ですか? 専業作家となると実はそれほど多くはありません」


「そこも考えあぐねているところで、あまり敷居を上げない方がいいのかなとも思っているんですが、いざ条件を作るとすると難しくて……あっ、モニターしていただく方は別にプロじゃなくて構いません」


 すると先生は「わかりました」と言って、何人かに声をかけてくれることを約束してくれた。4階をどう使うかということに関してはおいおい考えることにして、とりあえず僕は部屋を辞した。

 その後、先生は3時間ほど執筆作業をされてから帰って行った。


 帰り際に「筆が乗りました。とてもいい環境だと思います」と言われた時は感激してしまった。

 この店を始めて良かったと思う。

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