好事魔多し
小説家用喫茶店『傑作執筆事務所』はオープン前に2階を使用できる会員の募集を開始していたがその数は順調に伸びていた。
私鉄駅から8分という立地は最高という訳ではないが住民が多い割に付近に飲食店が少ない。一階を普通の喫茶店としたのは商売を継続するための保険のつもりだったが、その心配は要らないようだ。
だが、叔父はこの好感触に欲を掻いた。
「この調子ならかなりの儲けも期待できるな。どれ。もう一つぐらい手を打っておくか」
「叔父さん、最初はほどほどでいいんじゃない?」
「なーに、繁盛するためのおまじないだ。ちょっと関係各所に宣伝のお願いと協力依頼のメールを何通か出すだけだ」
「それだけなら、まーいいけど……」
そのメールをよく見ておけば良かったと俺は後から後悔することになる。
会員登録数の爆発的増加が発生したのは3日後であった。
「どうなってるの? 会員登録が30倍以上に膨れ上がってる。これ、このまま開店したら客が殺到して場所が足りなくなる。絶対、トラブルになるよ」
「まいったなあ。ここまで反響があるとは」
なり続けている電話に出ると「広告の内容は本当か」、「書籍化の確約はできるのか」など意味不明の問い合わせが続いていた。
「叔父さん、何したの?」
「今は答えてる時間がない。一旦、この電話も受けないことにしよう。下手に答えると余計に不味いことになる」
「わかった………けど、この店本当に始められるんだろうか」
「……予定どおり、絶対開店させる。心配すんな」
叔父はそう言って、詳細を教えてはくれなかった。
WEBに広告を打ったことはわかったが、僕が確認した時にはすでに削除済み。
ゴシップ系の掲示板で書かれている内容はあまりに荒唐無稽すぎて何が真実なのかはわからなかった。
一部、ニュースサイトでも取り上げられたこの事件の影響は大きかった。
このトラブルで退会が相次ぎ、抗議の電話とメールが殺到したことにより一時は開店を延期するかどうかまで追い込まれた。
だが、叔父さんは出費を覚悟で人海戦術をとり、開店前の店の一部を問い合わせセンターとして真摯に対応した。
電話やメールの応対スタッフにはマニュアルを作って、その通りに対応させた。
迷惑料がわりの無料券までばら撒いた結果、その騒ぎは二週間で何とか鎮静化していった。
「やっと落ち着いたね。でもこのままだと開店できても店は回らないよ」
「ああ、予約制にするしかないだろうな」
退会により減った分の会員を差し引いても、店のキャパを超える会員数が残った。
全員が同時にこの店に来ることはないとしても、店まで来たのに執筆できない会員が出るのはまずい。
「予約システムを作れないか? スマホとかでやれるやつ。お前、システム屋の知り合い居たろ?」
「いいけど大変だよ。今までは受付するだけのつもりだったけど、予約管理の人員を確保しなくちゃいけないし。特急でアプリ頼むとほんとに高いから」
「ああ、金については心配すんな。すでに会員になっているメンバー全員に『しばらくは予約が必要』とメールで通知、無条件退会も受け付けることにする」
「わかった。聞いてみる」
叔父さんが何をやったかはまだ教えてくれない。それについてはちょっとモヤモヤしてる。
けれど、やると決めた以上はこのピンチを切り抜けるように頑張るだけだ。僕は電話を掛けづらいのを我慢して辞めた会社の元同僚に連絡を取るとなんと独立していた。
個人で仕事をしているらしくスマホ用の店の予約アプリの開発を頼むとやりたいと言ってくれた。
だが、問題は値段だった。
すでに膨れ上がった会員に対応しつつ、開店までに間に合わせるとなると何せ納期が短い。彼一人では厳しいので助っ人を呼ぶそうだ。当然、特急料金になりその額を聞いた叔父さんは唖然としてたが、その値段でお願いする、と絞り出すように言った。
僕はアプリに必要な情報を詰めていった。
店の空席情報を表示することができ会員に限り予約を可能とし、店の来店履歴によるポイント還元の仕組みも。
「アプリ間に合うように作ってくれるってよ。それにしても叔父さん何やったの? いや、薄々は気がついてるんだけど…………」
「………わかった。全部話す」
叔父さんはこの店を単なる『小説家用の便利施設』で終わらせるつもりはなかったらしい。
この小説家界隈においてのステータス的な存在として有名にする。
そのために、マスコミの知り合いを頼りWEB投稿サイトの担当者に渡りをつけたそうだ。
その内容が凄かった。
日本最大の投稿サイト、トップページのある執筆中のイガ栗キャラクターが有名『小説家にまろん』
辛口読者の激アツレビューが特徴の『ヨクヨム』
孤高の北極星のようなライターが集まる『アルファポラリス』
その他にも有数のサイトに『来店して小説を書き、店の名前を作品のタグに入れると書籍化に有利』という扇動広告を打ったのだ。
当然、会員数の爆発と同時に全てのサイトから抗議が入り広告は削除された。
いくつかのサイトからはこの店の広告掲載を禁止された。
叔父はマスコミの知り合いを通じて詫びを入れ、さらに大枚を叩いて謝罪広告を打った。
こうして開店前に大きなミソをつけてしまった喫茶店ではあったが、なんとか予定通りの期日には全ての準備が整ったのである。
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本日、もう一話更新します。