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小説を書く場所を作ろう

 話は2週間前に遡る。


「佐喜雄おじさん。和久山台のビル、ってどうなった」


「あれかあ、困ってるんだよ。ガラガラで。来月に最後の一軒が退店の予定。テナント募集しても来ないしなあ」


 広川(ひろかわ)佐喜雄(さきお)


 父さんの弟で資産家だ。若い頃に株で儲けるだけ儲けてそれからは不動産に投資。

 だけど不動産経営の才能はなかったみたい。

 どこもそんなに儲かってはいない。


「大丈夫なの?」


「ああ、大丈夫大丈夫。今あるビルのうち3割は黒字だから」


「それって、7割が赤字ってことなんじゃあ……」


「まーなあ。でもトントンに近いところもかなりあるし、本当にヤバいのは売っぱらうから」


 どうも叔父さんは真面目に仕事をする気はないらしい。

 まあ、赤字で資産自体は減ってはいるんだろうけど、それでもまだまだお金持ち。

 都内に20を超えるビルを所有。当然それなりの管理事務所があって少なくない社員がいる。社長である叔父さんがこんな感じだと下にいる人の苦労は絶えないんじゃないかなあ。


「それより、公彦。和久山台のビルのことなんで知ってるんだ。お前ん家の最寄り駅じゃないだろう?」


「まーね。でも家の近所だもん。自転車ですぐだよ。しかも駅に近い一等地に鳴物入りで開店。新聞の折り込みだって毎週入ってたし。好きなブランドが入ってたから何度か買い物したもの」


「なるほどね。そうかあ。最初は絶対うまくいくと思ってガンガン宣伝かけたもんなあ」


 東京の都心から埼玉まで伸びている私鉄領山線の和久山台は杉馬区にある小さな駅だ。急行は止まらないし駅前の商店街も栄えているとは言えない。そこそこ栄えている沿線の駅は四つ先。


 だが、そんな住宅地の空白地帯を叔父さんはチャンスと見て、駅から徒歩8分という微妙な位置にビルを建てた。


 最初は地元民は喜んだ。

 まともな服屋もないこの駅にオシャレなブランドが入ったビルができたんだもの。でも、長続きはしなかった。ブランドには好みがあるから人気もそれぞれ。同じフロアに若者向けと金持ち向けのブランドが混在してるのも不味かった理由だろう。

 強力なテナントはフロア丸ごと店舗になっていたが、撤退すると変わりを探すのが難しく新築ビルにも関わらず約2年で半分以下のテナント数に減ってしまった。


「なあ、公彦。お前地元だろ? あのビルの何が悪かったんだ」


 唐突にそう聞かれた。

 どうしよう? 確かに思うところはあるのだが。


「うーん。いくつか原因は考えつくけど俺、素人だから正しいとは限らないよ?」


「かまわんかまわん。なんでも言ってくれ」

 

 そう言うことなら。


 俺はあのビルの問題点をいくつか挙げていった。

 まず、あのビルの立地。あそこにブランド物のテナントがあってもわざわざ他の駅から電車に乗ってくる人はいない。和久山台の乗降客だけが目当てだとすると集客力が弱い。

 次に近隣の店。駅から叔父さんのビルまでの間にあるのは、商店街を抜けた後はちらほらとあるさびれた店が数件。その商店街も栄えているわけではない。この商店街に来るのは地元の買い物客ぐらいだから、若者の溜まり場にならない。普通、そういうブランドの店のそばには喫茶店やファーストフード、そして一個でいいから何か娯楽施設がないと厳しいと思う。大昔は映画館があったと聞いたが、戦後のあばら屋みたいなところで20年も前になくなったらしい。その後にできたライブハウスは騒音で周りからの反対を受けて、10年持たずに閉店。


「確かにな。あれを建てた時は、そういうお目当てになるのはウチのビルだ、って思ってたから」


「それならせめて何か娯楽要素の入ったテナントでも入れればよかったのに」


「いや、考えないでもなかったけど今時ボーリング場も流行らないしビリヤードも弱い。高級ブランド狙ってたから1階をパチンコ屋にするわけにもいかないしな」


 確かに高級ブランド店の1階がパチンコ屋はいただけない。

 だけどそういう娯楽施設以外にも人が集まるところはあるはずだ。


「クラブとか考えなかった?」


「クラブって何だ。銀座のクラブみたいなやつか」


「いやいや………おじさんの時代で言うとディスコ」


「ダメだ。パチンコを諦めた理由と同じなんだが、風営法がらみで面倒が起きそうなことはやらないんだ」


 なるほどね。


 叔父さんの経営はざっくばらんなところはあるけれど、ある程度堅実でもある。

 それが大儲けできない理由でもあるんだけど。


「僕としてはせめて喫茶店ぐらいあったら良かったけどなあ。和久山台には駅降りてからちょっとお茶したい時に立ち寄れるいい店がなかったから」


「ん? なんてった? 今」


「喫茶店?」


「そう、それだよ。なんで気が付かなかったかなあ。うーん、飲食店は確かに避けてたかもなあ。水回りに金がかかるとか思ってケチっちゃったんだよ。あの時…………で、もし喫茶店があるとしたら公彦は行くか?」


「行くと思う。高くなければ」


「そうかぁ。でも単価が稼げないとすると弱いかなあ。何かアイデアないかなあ。ちょっと考えてみるわ。じゃあな」


 叔父さんは急にやる気になったらしく、ピューと帰ってしまった。

 こういうところは商売人だ。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 そして今日、佐喜雄叔父さんがまた僕のところにやってきた。その時はまだ自分で商売を始める気なんてなかった。当然、話を真面目に聞く気もなくて、適当に相手をしてたのだが……


「あのビルなんだが、全部飲食店にするのはダメかな。今度は有名レストランとか入れてさ」


「いいけど………水回りとかお金かかるんじゃない? 詳しくは知らないけどさ」


「まあ、それはなんとかなるとして他に問題はあるか」


 そんなこと言われても困る。ビルでテナントが抱える問題なんて考えたことがない。

 うーん………あっ! 一つだけ思い当たることがある。


「ビルってわけじゃないけど、あの辺の店だと気をつけた方が良さそうなことがあるよ」


「おお、何かあるか」


「この前さ、道が狭いだろ。近くにできたコンビニに仕入れのトラックが来るのが問題になってたんだよ。近くに学校もあって子供も通る道だから邪魔だし危ない。そう考えるとあのビルを全部飲食店にするとなると仕入れの車が渋滞して大変なんじゃないかなあ」


「うっ、そうか。そう考えると毎日仕入れガッツリの飲食店が集中するのはダメだな」


 叔父さんはがっかりしたようだ。しかし、何か打開策がないかをうんうん考えているみたいだ。

 気になるのは、こっちをチラチラ見ていること。


「公彦。案外細かいことに気がつくな。他に考えつくことないか?」


「なんでもいいなら考えていることはあるけど、採算とかわかんないよ」


「そう言うのはこっちで考えるから。それに今更あのビルでデッカく儲けることは考えてないから。ただ、このまま潰すのは悔しいから何かあそこで面白いことの一つもやってみたくてよ。条件としてはな………」


 なるほど、元々面白いことを探していろんなことしてきた人だからな。儲け以外の何かでリベンジしたいわけか。建ててからさほど年数も経ってないビルで何も残せず壊すのが悔しいんだろうな。


「何なら公彦にビル丸ごと格安でで貸してやるぞ。何か商売して見ないか? お前、今仕事もしてないんだろ」


「……まあ、それはそうなんだけど……」


 実は僕の今の身分はフリーターだ。自宅であることをいいことに、前の会社を辞めてから小遣い稼ぎのバイトしかしていない。気分は専業小説家だけど、一円も稼いでいないしな。


「初期費用は全てある時払いの催促なし、月々も親戚価格で赤字に苦しむようなら相談に乗ってやるから」


「そんなこと言われても商売を始めるなんて考えたこともないし、無理なものは無理」


 僕は完全に拒否しているのだが、叔父さんは腕組みをしながらチラチラとこっちを見てる。


「じゃあさ、共同経営者にならないか?」


 金については全部、ケツを持つからアイデア出しと商売が軌道に乗るまで関わって欲しいと言ってきた。金銭的なリスクがないならやってみたい気持ちはあるが、あまりにもうますぎる話だ。

 少しだけ気持ちがグラついた。


「本当に何も条件はないの?」


「そうだなあ……事業計画を立ててくれ。一般的なものじゃなくていい。何をしたいか、何を目的としているか。基準は面白いかどうか。物凄く赤字が膨れそうなら却下だが、そうじゃなきゃ採用」


 おかしいでしょ。事業計画の判断基準。

「商売として成り立つか」ではなく「商売として面白いか」って。


 あー、でも最初に「このビルで儲けることは考えてない」って言ってたっけ。

 まあ、金持ちで道楽者の叔父らしい、のかな。


 改めて今の自分を考えてみれば親の脛齧りのアルバイト暮らし。

 就職に失敗してそのまんま。流石にこのままというわけにもいかない。


 散々、迷った挙句におじさんの話に乗ることにした。


「おじさん。小説家のための執筆喫茶店なんてどうかな?」


「おっ、面白そうだな。採用!」


 あれっ、早くない?

 まだ、約束の事業計画書なんて一文字も書いていないのに。


 本日、あと3話更新予定。

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