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第四十七話 思い出の味

 おれは今一度衣服のひもを締め直す。緊張で頭がどうにかなりそうだ。しかし、相手側も副料理長であるギニが敗れたことで動揺が走っている。おれの緊張を感じたのかバライバがコソコソと話しかけてきた。


「いいかディール。次はデザートだ。手前もいくらかは何を作るか考えてんだろ」

「一応な」

「だったらいい。それを作るときにコイツを使え」


 バライバはそう言って小さな袋を渡してきた。


「これは?」

「ルミナシュガーだ。こいつをそうだな……二摘みも使えばいいだろ。それだけで料理の格が何段階も跳ね上がる。ただし、使いすぎには注意しろよ」

「ありがとう」

「それとな、料理は腕だけで決まるもんじゃねえ。誰のためにどんな想いで作るかも大事だぜ!」


 バライバから激励の言葉を受けて背中を押されたおれは深く呼吸をしながら調理場まで向かう。相手側の料理人も出てきた。こちらまで近づいてくると手を差し伸べてきた。


「ぼくはこのデザートを担当するメジルです。よろしくお願いします」

「こっちこそよろしく。おれはバライバほど料理が上手なわけじゃないからさ、胸を借りるつもりで挑ませてもらう」

「お互いに頑張りましょう」


 ギニ程高圧的な態度じゃないし、人がよさそうな奴が相手になってちょっとだけ安心した。背丈や声の感じからおれらと年が変わらなさそう。といっても料理の腕を競っているわけだから相手の性格だの歳だのなんて関係ないんだけど。


 それからいつも通りに料理長が開始の宣言をする。


「これより最終戦……デザート対決を始める。両者準備は十分だな。それでは開始!」


 おれは料理に必要となる材料を一通り集める。集め終わった後は調理台に戻りその上に持ってきた材料をドサッと置いた。


 木製のボウルの中に小麦粉、スノーミルク、星花の蜜をそれぞれ加え練り込んでいく。数回繰り返した辺りで発酵させるための特別な粉を投入する。それから再び生地をこれでもかってくらい捏ねている。


 指先に伝わる弾力を確かめながら余分な力を駆けないようにしなやかな生地へと仕上げる。これぐらいならもう大丈夫なはずだ。おれは生地を寝かせている間、オーブンを温めて待つとする。


 相手の方を見てみるとあっちも随分と作業が進んでいるみたいだ。というより今更気づいたけど誰もおれの方を見てないじゃないか。皆してメジルの方ばっかり気にしていやがる。そりゃまあ素人の料理だなんてさっきの対決の後じゃ余計に興味が湧かないわな。


 オーブンが十分に熱くなったところで生地を焼く。その間におれは別の作業へと移る。


 適当に選んできた果物をカットする。ルビーアップルにベリートベリー、サークルパインを適切な大きさに切ってから一旦置いておく。


 次に余ったスノーミルクと水やスライムリーフの樹液を入れて高速で混ぜる。次第に液体はふわふわなホイップクリームへと変化した。更にそこへ隠し味とも言える秘策のルミナシュガーを言われた分量通りに投入する。


 ちょっと味見してみるか。おれは小指に付いたクリームを口に入れてみると、思わず口角が上がってしまった。おれにしては上々の仕上がり。


 それからちょっとだけ待ち、生地が焼き上がったので回収する。そこには黄金色に輝く食パンがあった。おれは火傷しないように気を付けながらパンを取り出して網の上で冷ます。パンは軽く指で押すとふわりと戻る。


 それにしてもなんだか懐かしいな。昔、母さんがフルーツサンドを作るときに妹のルリアと一緒に手伝ったんだけど失敗ばかりで困らせたんだっけか。そんな思い出を思い返しながらパンが冷めるのを待った。


 おれは食パンを切ってその上にクリームとカットした果物を均等に配置してもう一度パンで挟む。これで完成だ、おれたちの好きだったフルーツサンドのな。おれは材料が余らないように出来る限りの数だけ作って調理を終了させた。


 おれが終わった頃、ほぼ同時に相手側も調理を終了させたみたいだ。それぞれの料理が料理長の前へと運ばれてようやく最後のジャッジが始まろうとしていた。


「こちらは炎のタルトです」


 料理長はまず最初にメジルの作ったタルトをじっくりと穴が開きそうな程見てから食した。それもそのはずタルトは上の方がなんか燃えている。どうなってるんだ? それに料理長が咀嚼してからのみこむと耳から湯気みたいな煙が噴き出た。料理長は特に驚く様子もなく口を開いて感想を述べる。


「まさに芸術品。カラメリゼのカリッとした食感、タルト生地のサクサク感、カスタードのまろやかさと濃厚さ……見事に全てが調和している。それにドラゴンシトラスを使いその魔法反応で爆発のような食感を演出させるとはな。すぐにでもメニューに加えたいぐらいの完成度だ」


 文句の付け所のないタルトに料理長は既に満足気だ。せめておれのも食ってくれよ。


 次に料理長はおれの作ったフルーツサンドを手に取った。あの料理自体を作るのは初めてだったが我ながらに上手くいったと思っている。


 こんな高級そうな食事場でフルーツサンドが出てくるなんて想定外だと思っているだろう。明らかに面食らった顔をしている。


「ほうフルーツサンドとはな。珍しい、何か理由でもあるのかな?」

「いえ、特には。おれにはこれしか作れなかったんで」


 料理長が一口食べる。それから目を見開いてフルーツサンドを凝視している。何かしくじったか⁉ しばらくの沈黙が続く。料理長は何も言わずにフルーツサンドを二口、三口と食べ進めていき、ついには完食した。この場にいる全員が驚いている。これまで完食することなんてなかったからだ。


 二つ目に手を出し頬張ると料理長は一筋の涙を流した。


「味の良さだけで言えばタルトの方が僅かに上回っているだろう。しかし、この料理には……何と言うことだ。今日出たどの料理よりも真心が詰まっている。ここまで心を震わせる料理には出会ったことが無い。少年よ、この料理はただのフルーツサンドではないな! 頼む、教えてくれ。一体何をしたのだ⁉」


 いきなりのことに頭が混乱してしまったが何とか頭に浮かんだ言葉を繋いで納得してもらえるような返事をする。


「特別なことは何もしてない……です。ただ昔の楽しかった日の事を思い出しながら作っていたってだけで」

「そうか。なんてことのないありふれた”愛”や”喜楽”の思い出が究極の”真心”を生んだのか。ワタシたち料理人では再現しようがない無二のこの料理を勝者とする!」


 えっ⁉ 今確かにこっちの勝ちだって言ったよな。おれは皆の方を見る。三人も喜んでいる。


「よってこの三本勝負はル・セレーヌが一本、挑戦者たちが二本ということで挑戦者側の勝ちとする。感動的な料理をありがとう。ワタシもうかうかしていられんな。この年にして越えたい境地が増えた。ふぁははは」


 おれはすぐに皆の所へと駆け寄って輪になり喜びを爆発させた。


「よくやったぜディール。まさか勝つなんてよ!」

「そうよ、あの一流相手に白星なんて」

「おれも勝てるとは思わなかった。でもバライバのアドバイスのおかげだな」


「ディール、僕もあのフルーツサンドを食べたかったよ」

「あー、あの料理長が全部食べちまったよ。おれもレイに一つくらい食べてもらいたくて余分に作ったんだけどそれごと食べられた……」

「また今度作ってね」


 料理長は口元に付いたクリームをナフキンで拭うとこちらへとやって来た。


「実に見事な料理を堪能させてもらった。こんなにも感動したのはいつぶりか……ワタシもここの料理人も料理の基礎や真心を考えさせるいい機会になった。感謝する。さあ、これが勝利の美酒だ。受け取るがいい」


 そう言って渡されたのは当然、酒ではなく件の鍵の欠片だった。形状も既に持っている物と一致している。


「マスターは楽しいことが何よりも好きでな。恐らくこの対決もどこかで見ておられたことだろう。他の挑戦者も様々な場所で守護者に挑んでいるはず。そして鍵の欠片が集まった時、マスターの元へと導かれるだろう。君たちの健闘を祈っている」


 超がつくような料理人との対決に何とか勝利を収めたおれたちはその場を後にして次の部屋へと進むために扉を開いた。扉をくぐるときに後ろから料理長の声が聞こえた。


「またのご来店をお待ちしております。次はワタシが料理を振舞いましょう」

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