第四十六話 彼が見せる景色
両者の前菜調理が始まった。当然、レストラン側の奴は迷う素振りすら見せずに調理を進めている。対するレイとエルは……ありゃダメかもな~。未だに何を作るかで言い合っている。
「どうしようエル。あっちはもう作り始めているよ」
「ここはエルフ族の伝統のサラダで行くしかないわね」
「いや、それだけじゃ足りない気が……」
「他に案があるの? 時間は無限じゃないわ。調理に移るわよ」
ようやくレイとエルも何を作るか決めたらしく包丁を手にせっせと調理をしている。バライバは何かを言いたげにしていたが、ルール上外野からのアドバイスは禁止されている。
対決が始まってから十数分でシェフ側は料理を完成させた。それから遅れること数分後にこっちの二人も料理を完成させる。まずはシェフ側の料理が料理長の元へと運ばれていった。
こっから見ても十分に美味そうだってことが分かる。料理長が口元へ料理を運んで目を閉じて、その味を吟味している。数回の咀嚼を繰り返したのちに目を開いて感想をつぶやく。
「これはオベルジーヌ・エ・モッツアレラ・ア・ラ・ナクタか」
「はい、さようでございます。ソテーしたナスにチーズを合わせ、その双方に合うようにナクタ酢をかけました」
「実に美味であった。下げてよい」
何を言ってるんだか理解できなかったが、マズいって話ではないだろうな。次に二人の料理が運ばれる。そこにはまた似た感じのサラダが登場した。これも同じように料理長が口にして味の感想を述べる。
「ほう……エルフ族の伝統的なフェリアルサラダか。アボカドと小エビにトマトや香草を使ったドレッシングをかけた一品」
二人はいつになく不安げな表情を浮かべている。そりゃそうだ。相手は曲がりなりにも超が付くような一流だ。おれたちがいつも食べているような野宿飯とは訳が違う。相手側は二人の不安をよそに余裕といった笑みだ。
「美味である……が、面白みに欠けている。これであればオベルジーヌ・エ・モッツアレラ・ア・ラ・ナクタの方が品質、味覚のバランスともに上であるな。それに以前食したフェリアルサラダの方が美味であった。故にこの前菜勝負はル・セレーヌ側の勝ちとする」
勝利したシェフは深くお辞儀をした。対する二人は肩を落としながら負けを認めてトボトボとこっちへ帰って来た。
「しょうがないさエル。相手が悪かったんだよ」
「もっと料理を学んでおくべきだったわ……」
おれもできる限りエルにフォローの言葉を投げてから、次に戦うバライバにエールを送った。
「頼んだぞバライバ。お前が引き受けた勝負なんだからせめてここだけは勝ってくれよ」
「任しとけ、俺の腕を試すいい機会だぜ。あのおっさんが椅子から転げ落ちるような一皿を作ってやるよ」
「おれが包丁じゃなく剣を研ぐことになるようにはしないでくれよ」
「心配すんなよ。俺の料理のファンが信じなくてどうすんだよ」
それもそうだな。確かにここの料理はどれも美味かったがバライバのメシはそれに劣っているとは思わない。
バライバが厨房に立つと、相手側の奴が声をかけてきた。細長い切れ目に尖がった鼻、細長い背丈が特徴的な奴だ。
「ドワーフのゴツゴツした手なんかで繊細な料理が出来るとは到底思えないがな」
「笑わせるのは止めろよ。ドワーフがどんだけ器用かご存じねえのか? 負けた後の屈辱は流しには”雪げ”ないぞ?」
「素人のくせに言うじゃないか。どうやらドワーフ君にはオレに勝つ姿が見えているみたいだ」
両者の間に妙な緊張感が流れるが、そんな様子を見ていた料理長が一喝する。
「ギニ、その辺にしておけ。お前はここの副料理長なんだ。そろそろ自覚を持て」
「分かってますよダリオさん。それともオレがこんな奴に負けると思っているんですか?」
「そこまでは言っていないが、一応忠告しておこう。ダリオ、この勝負に負けたらお前はもう一度雑用からやり直しだ」
「はぁ⁉」
思わぬ言葉を受けたギニって奴は驚きで動きが固まっているがお構いなしに料理長は勝負開始の合図をする。
「それでは第二戦、メイン対決開始!」
バライバは対決開始の合図と同時に食材が並んでいる机に向かい予め決めておいたであろう魚を氷の上から取り出して手に取った。
あれはベルイムフィッシュと呼ばれているものだ。バライバが一度調理してみたかったと言っていたのを覚えている。淡白な味わいが特徴の白身魚。そんなベルイムフィッシュを置き、包丁を一閃させる。彼の手元は驚くほど速く、魚の骨が瞬時に取り除かれ、身だけが輝くように整えられていく。
「魚の繊細さを活かすには、火の扱いと鮮度がすべてだ……焦らず、正確に」
バライバがそう呟いた。一方でギニは食材の山を目の前にして、じっくりと吟味したのちに大きな赤々とした肉の塊を慎重に選び抜くと熟練の手つきで余分な脂を丁寧に取り除く。その目は鋭く、肉の繊維を見極めるように集中している。
両者ともに明らかに顔つきが変化している。これがプロフェッショナルってわけだ。
ギニが鉄板の上で肉を焼き始める。ジュウジュウと音を立て、瞬く間に部屋中に香ばしい香りが立ち始める。ギニは温度計を使いながら慎重に火入れを調整し、スモークの香りをつけるための薪を追加した。
仕上げに、赤ワインと蜂蜜、その他香草で作られたソースを小鍋で煮詰める。ソースの粘度を確認するためにスプーンを軽く振り、満足そうに微笑む。
「コレはいい。オレにとって最高の一皿になる」
バライバはフライパンにオリーブオイルを注ぎ、低温でじっくりと火を入れる。その間に小鍋で小さい貝と白ワインを煮詰め、泡立つソースを仕上げていく。バライバはソースを味見し、香草をひと摘み加えてから調整し満足そうにうなずく。
皿の上にはベルイムフィッシュが盛られ、その周囲に特製ソースの泡が優しく清流のように流れ込む。バライバの方の料理も完成したみたいだ。
「完成したぜ。これが俺の料理に込める……魂だ」
それぞれの料理が料理長の元へ運ばれる。他の料理人たちは息をのむようにその様子を見守っている。ギニは当然だがバライバの技術に料理人たちは感嘆していた。中には美味そうな料理を見て涎を垂らしている者までいる。
「どちらも見事な集中力であった。互いの実力がどう一皿に現れるか楽しみだな」
料理長はまずギニの料理から食べ始めた。
「クルヴァル牛のローストです」
「この柔らかさ、肉汁が溢れる。それに上質な赤身と脂の甘みが絶妙だ。火入れの加減もよく、肉の繊維を舌の上で感じさせながらも、クルヴァル牛特有の硬さの片鱗すら見せずにスッと消えていく。さらに腕を上げたなギニ」
料理長からの誉め言葉にギニは心の底から湧き出てくる喜びを何とか抑え込みながら一礼をした。
「ベルイムフィッシュのポワレです」
次にバライバの料理を口にする。これまでなら一口食べてからすぐに感想が出てきていたが今回ばかりは料理長も何を思っているのかすぐに口に出さずに深く思慮している。しばらくの沈黙の後、ようやく料理長が口を開いた。
「これは芸術的だ。皮の表面はパリッとし中は雲のようにふわりとほどける。それにこのソースが魚の繊細な甘みとうまみを存分に引き出している。実に優雅で気品のある味わいだ」
バライバは当たり前だろって感じで偉そうな表情を浮かべながら鼻を鳴らした。
「ハッキリ言ってどちらの料理も甲乙をつけ難い。これほどまでに高度な料理はいつぶりだっただろうか。ふむ…………結果は出た。このメイン料理対決の勝者は挑戦者側の勝利とする」
よし! これで一勝一敗にまで持ちこんだぞ。勝利したバライバは拳を腕の伸びる限り突き上げて喜びを溢れさせている。おれたちもそれぞれハイタッチした。
「流石だぞバライバ! あんなに凄そうな奴を相手に勝つなんてよ」
「へへっ、これぐらい俺にしてみりゃあ当然だぜ」
こっちが喜んでいる間、敗北したギニは悔しさや怒りを混ぜ込んだような複雑な表情をしながら料理長に詰め寄っている。
「どういうことですか⁉ なんでオレが負けなんですか⁉」
「負けたことがそんなにも不思議か? ならば相手の料理を食してみるといい。それで分からぬお前ではあるまい」
料理長にそう言われたギニは渋々バライバの料理を口にした。すると食器を地面に落とし、震えながら膝をついた。
「これは……なんて深さなんだよ。口にしただけで情景が……ベルイムフィッシュがいる湖畔が浮かび上がる」
「それだ。あのドワーフは一部の料理人しか到達しえないはずの領域に片足を踏み込んでいる。ここまで出来るとは天賦の才かそれとも……」
「オレの完敗だ」
「ギニよ自分を卑下する必要はない。お前も十分に力を見せた。しかし、約束は約束だ。モウ一度初心に帰り料理とは何かというのを見つめ直すのだ」
「分かりました。精進します」
バライバはおれの肩に手を置いて一言話す。
「次はディールの番だぜ」
ついにおれの番が来たか。おれに出来るメシといったらもうあれしかない。
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