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第四十三話 踊って歌う舞人は酒の肴か

 おれたちが次の部屋へと進むと、さっきまで静けさが嘘のように、暖かく喧騒に満ちた空間が広がった。高い天井には鉄製のシャンデリアが吊るされ、揺れるキャンドルの光が木製の壁や床を金色に照らしている。中央には立派な舞台が設えられ、その周囲には円形の客席が並ぶ。舞台では、鮮やかな黄色の衣装をまとった踊り子たちが、リュートやフルートの調べに合わせて軽やかに舞い、スカートが空を描くように翻る。


 舞台の後ろには、分厚い赤いカーテンが垂れ下がり、踊り子たちが次々に入れ替わるたびに歓声が上がる。客たちはテーブルを囲み、手拍子をしたり、酒杯を掲げて陽気に笑い声をあげていた。暖炉の炎が部屋の隅々まで熱気を届け、酒場は音楽、笑い声、拍手で渦巻いている。ホールを歩く店員は次々とせわしなく酒樽を運び込み、木製のジョッキがテーブルに打ち鳴らされる音もまた、賑わいの一部だった。


 酒場なんて滅多に来たことが無かったが酒集まるところに情報も集まるって聞いたことがある。酒はまだ飲めやしないけど少しでも情報を得るためにおれたちはカウンターに座った。おれたちの姿を見た酒場のマスターが吐き捨てるように言った。


「ここにはガキに注いでやるミルクなんてないぞ」


 ちょっとだけ言い方が頭にきたが、明らかに場違いなのはおれたちのほうだ。


「構いやしないさ。飲み物なんていらない。おれたちは情報が欲しいだけだ」

「ほーん。モノによっちゃ高くつくぜ」

「究幻迷宮にいるって話の守護者とそいつらが持つマスターキーについて教えてくれ」


 おれの言葉を聞いたマスターはグラスを拭く手を止めた。


「その手の情報は滅多に入ってこないから期待するなよ。その代わりタダで教えてやろう」


 それからおれたちは酒場のマスターに守護者についてやマスターキーについて知る範囲で教えてもらった。まず初めに守護者は全部で五人いるということ。これはユシアの言っていた事と一致している。しかし、誰も守護者の姿は知らないし会ったことも無い、いわゆる最上級機密事項になっているらしい。


 この究幻迷宮が外敵に襲われていないのもその守護者という存在が大きいんだと。それと、その守護者が持つ鍵があれば迷宮内を自由に行き来できるという噂も本当のようだった。といってもどの扉でもいいわけじゃないみたいで鍵穴がついている扉じゃないとダメなんだとか。


「つまり、守護者に会いたければ鍵穴がついているドアの前で張ってみるのもアリみたいだね」

「あっちからやって来てくれればだけどな」


 情報を聞き終えたおれたちはもう用がないので酒場から去ろうとしたら、急に周囲の客たちからドッと歓声が上がり始めた。明らかに異様な空気だ。


 さっきまで踊っていた踊り子たちは退場していて、舞台袖から今度は別の人達が登場してきた。今度は随分と雰囲気が変わって、可愛らし目の衣装、フリフリだのスカートだのといった衣装に身を包んだ女性たちが出てきた。


 人間族をはじめとして、小人族やエルフ、ドワーフまで本当に様々な種族が集っている。パッと見た感じ、容姿は全員整っている気がする。


 とにかくすごい人気だ。屈強な男から淑やかな女まで皆が手を振って応援している。歌いながら踊る舞台上の人達を横目に見ながら、そろそろその場を去ろうとした時、レイが大声をあげた。


「ちょ……ちょっと⁉ ディール、あそこの人を見てよ!」

「どうしたレイ。気になる娘でもいたのか? いいから先へ行くぞ。耳が痛くてかなわない」


 おれが席を立って歩こうとしたらレイがおれの頭をグッと掴んで無理矢理舞台上へと向けた。


「ほら、あそこだよ。壇上の二段目!」


 レイの言った方をよーく見てみると、おれは思わず腰を抜かしてしまった。


「あれは……エルじゃねえか‼」

「きっとエルはここに連れてこられたんだ」


 あの魔法にしか興味がないはずのエルが、可愛いものがそんな好きじゃないはずのエルが随分と楽しそうに歌を歌いながら踊っている。そんな姿が面白おかしくておれは机を叩きながら吹き出して笑った。


「プ~ククク……アッハッハッハ! あのエルが! 踊ってらあ」

「笑い事じゃないってディール。それにしても……ああいう衣装も似合っているね」


 おれたちはショーが終わるのを待つことにしたが、長い! 長すぎる! 一体何時間やっていたんだ? レイはずっと楽しんでいたみたいだけど。


「いや~楽しかった。ね、ディール」

「ん? そうだな、中々傑作だったぞ」


 ショーが終了してエルの所に向かおうとしたらさっき引っ込んだはずの踊り子たちが戻ってきてまた歌い始める。


「終わったんじゃねえのかよ!」

「アンコールだよ!」


 観客の熱狂は最高潮を迎えた。もう勘弁してくれ。おれは何を見せられているんだ? ようやく終了して今度こそと思ったが、次は壇上のセットが変わって踊り子たちが一列に並び始めた。


 おいおい次は何をやる気なんだ?


「へえ~次はレーンに並べば握手と会話が出来るみたいだね」

「レイ、まさか……」


 っておれが止める前にもう並びに行ってやがる。それもやっぱりエルのレーンだ。あいつとはいつでも話せるだろ! とはいえ、もしかするとあの中の誰かが有益な情報を持ってるかもしれない。おれもどっかに並んでみるか。


 受付みたいな所で商品を何かしら買わないと並ぶ権利が得られないと言われた。名前の刺繍が入ったハンカチに踊り子をイメージした香水、装飾が施された小さな額縁に入っている肖像画。色々あるが、とにかく一番安いやつにしとこう。


 おれは渋々誰のだか分からないハンカチを購入して、適当にレーンに並ぶ。それにしてもどこのレーンも渋滞だな。


 ようやくおれの順番が回ってきた。おれが選んだのはどうやら人間族の一人みたいだ。ウェーブがかった茶髪に可愛らしいにこやかな笑顔が特徴の女性だ。おれが正面に立つといきなりおれの手を握って質問をしてきた。


「初めて見る顔だ~。来てくれてありがと~お名前教えて!」

「おれはディール。よろしく」

「じゃあディール君って呼ぶね」

「えっと、おれは何て呼べば」


 おれがそう聞くと彼女は目を丸くした。


「えっ! 私に会いに並んでくれたんじゃないの⁉」

「ごめん。とりあえずで並んだから」

「うふふ。ディール君って面白いね! 私はマリーナだよ~」

「分かった。マリーナに質問したいことがあるんだけどさ……」


 おれが質問しようとしたら近くにいた黒い服を着た男に剝された。


「お時間でございます」

「はっ⁉ ちょっと……」


 気が付けば人込みに流されてまた受付の前まで来ていた。結局自己紹介しただけで終わってんじゃないか! なんの情報も得られなかったぞ。こうなりゃもう一回挑戦してみるか。


 おれはもう一度マリーナと話すために再び商品を購入してレーンに並んだ。今度こそ時間内に情報を聞き出すために内容を簡潔にまとめておかないと。


 順番がおれに回ってくるとおれは握手を放棄して単刀直入に聞いた。


「マリーナ、この迷宮の秘密とか何か知らないか? 例えば守護者の居場所とか」


 おれがその話をした瞬間、マリーナはおれの手をギュッと握って引き寄せ、おれの顔のすぐ横で耳元にひそひそと話す。


「ディール君ってやっぱり変わってて面白いんだね。いいよ、守護者について教えてあげる。いつ使おうか迷ってたんだけど、あなたにあげるね。これを使えば守護者の一人に会えるよ」

 

 そう言いながらおれの手の中に何か紙のようなものを手渡してきた。マリーナが顔を離してじっと見つめてくる。


「あとで見て。それとまた来てね!」


 おれは再びその場から剝がされると、人混みに流された。人混みの中をかいくぐって出来る限り人が少ない場所へと移動する。おれはそこでさっきマリーナに手渡されたものを確認した。中身は招待状みたいだな。


 内容は、究幻迷宮七ツ星レストラン『ル・セレーヌ』での食事ができるみたいだ。それも無料で。七ツ星って言うぐらいなんだからきっととんでもない美味さに違いない。これは行ってみる価値があるかもな。


 何よりもこの招待状の中で注目するべきは最後の一文。この招待状を書いた人物の名前がダリオ・フィレンツィ。料理長兼守護者と書かれている。コイツがデュラクシウムを手に入れるためのピースを持ってるんだ。会いに行かないと。

読んでくださった方ありがとうございます。よろしければブックマークと評価をお願いします。

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