第四十一話 これがアドリブってな!
騎士が魔女との戦いに負けて床に突っ伏して倒れている。一方で魔女は高らかに笑っている。
「誰もあたしには敵わないのさ。さて、この哀れな男も木々の一部にしてやろうかね」
『魔女はこれまでアメリア姫を救うべくやって来た勇ましくも浅ましい者たちを呪いで木に変えていました。騎士レオンは近くの木に次第に取り込まれていきます。地面には王剣セレルトスが突き刺さったままです』
【第四幕】~呪いを打ち破るもの~。
『しかし、こんな絶望的な状況の中でも騎士レオンが魔女につけた傷が呪いの効力を薄めていたのです。王女は未だに眠り続けていますが、助けを求める声がとある男の頭に響きました』
暗転すると、そこにはいばらに包まれた状態のアメリア姫と……レイが、木になっているレイがいた。
「誰か……誰か私を助けて……お願い……レイ」
レイ自身も突然の登場に慌てふためいている。もしかしてこっからがアドリブってやつなのか?
「えっ⁉ 何? 僕のセリフはもう終わったんじゃないの?」
レイが困っていると蛇に変装した演者の一人がレイに近づいて耳打ちする。何を言ってるのか聞こえないが多分アドリブのこととか気にせず続けろってことを言ってるんだろう。
「あーあれぇ? 頭にアメリアの声が聞こえてくるぞ。そうだー僕は彼女を救うためにここに来たんだった。今一度立ち上がらなければ」
そう言ってレイは木の変装をやめてヒトの姿として登場した。
『アメリア姫の祈りが、一人の青年に呪いを打ち破る力を与えました。彼はアメリア姫が心を許していた数少ない者の一人で、城の一番最上階で独り寂しくいるところまで毎晩衛兵の目を盗み、危険を冒してやって来ては楽しく会話をしていた城下の若者だったのです。かつて、城が呪われた日に一人、姫を救うべく果敢に挑むも呪いに取り込まれてしまっていたのでした』
『青年は地面に突き刺さったままの王剣を引き抜くと、アメリア姫を救うべく魔女の待つ城へと向かうのでした』
語り手の話を聞いてからレイはとりあえず剣を引き抜いてから止まっている。語り手は一向に話す様子が見られない。多分レイが何かしゃべらないと進まないんだろう。レイもそれに気づいたらしく腹を括って覚悟を決めた目をしている。
「アメリア、僕が今助けに行くよ」
アドリブの始まりに観客たちは歓声を上げ始めている。舞台は暗転して城の中にレイと魔女が対峙している。
「おや、また新しい奴がやって来たのかね。あんたでもあの姫を救うことはできやしないよ」
「いや、彼女は僕が救ってみせる。魔女の呪いに負けるものか!」
レイと魔女の戦いが始まった。剣の心得があるレイが当然のように押してしまうから、苦戦を演じるために手を抜いているのが分かる。それにしてもレイの剣戟は劇に映えるな。
『青年と魔女の戦いは一晩近く続きました。そしてついに青年が魔女を倒しました。青年はいばらに包まれたアメリア姫の元へと駆け寄ります』
舞台に光が差し込んで、姫とレイを照らす。
「アメリア、目を覚ましてくれ」
『青年がアメリア姫の手を握ります。魔女を倒したにも関わらず、アメリア姫が目を覚ます気配がありません。そこで青年は思い出します。とある伝承の唄の一節を。呪われし姫は真実の愛で目覚めると。青年は決意を固めてアメリア姫の唇に口づけをします』
語り手の最後のセリフに驚いたレイは演技を拒否する。
「えーっ! 口づけなんて無理だよ!」
レイが渋っていると舞台袖から演出家みたいな奴が顔を出して早くするように促している。観客の興奮も最高潮まで高まっている今、演技を止めては全てが台無しになってしまう。だけどレイは演技とはいえ……。
観客もエンディングに向けて期待がどんどんと高まっていく。レイの表情からは焦っているのが窺える。最終的に痺れを切らしたアメリア姫が無理矢理レイの服を引っ張ってキスをした。唐突な出来事におれは目を見開いて口をあんぐりと開けたまま閉じられなかった。
『アメリア姫への口づけが……真実の愛が彼女を呪いから解き放ち、目を覚まさせました。次第に城を覆っていたいばらも消えていき、元の城の姿へと戻っていきました』
「あなたは……レイね⁉」
「そうだよ。君を救うためにここにやって来たんだ。何年も待たせてごめんね」
「助けてくれただけでも十分よ。本当にありがとう」
「それじゃ王様たちのところへ帰ろうか」
『青年がアメリア姫の手を引いて立ち上がると。二人は王や王妃、民たちが待つ城へと帰っていきました』
『道中では木々から人間へと戻った人間たちが困惑しながらもそれぞれの帰路についていました』
舞台が暗転してレイたちと王様たちが出てきた。
「レイなる青年よ、よくぞアメリアを助け出してくれた! 皆、今日は宴じゃ」
「お父様、お母様。私はこの人と共に生きていきます」
「あなたの好きなように生きなさい。これからはもうあなたを縛るものは何もないのだから」
「はっはっは。ではレイは次期国王じゃな! 二人のためにも玉座を磨いておかんとな!」
『アメリア姫が目覚めたことを知った民たちは歓喜し、国中を挙げて祝宴が三日三晩続いて、王国に再び光が戻りました。愛と勇気が呪いを打ち破り、青年と姫は幸せに暮らしましたとさ』
語り手が話し終えると幕が閉じた。すると観客から割れんばかりの拍手の嵐が巻き起こった。鳴りやまない拍手が続くまま、舞台の幕が再び開いて演者たちが登壇した。演者たちが一列に並んで深く一礼をした。拍手の勢いは更に強まって。指笛なんかも聞こえてきた。
しばらくしてようやく拍手が止み、アナウンスのもと観客が退席していった。観客の中には余韻に浸って席から立つことすらできない者や感想を述べあう者。中には感動で涙が引かずにハンカチを濡らしている人。
かく言う横にいるゴランドも涙や鼻水がとめどなく溢れている。
「いやあ今日の舞台は特に良かったすわ。特にあのブロンドの美形な役者は初めて見たんでやすが中々いい演技をしよりますねい。戦闘のシーンなんて本当に良かったすわ。こりゃあ今までのトップ争いに食い込んでくる名作でやすよ」
レイが褒められていると自分のことのようにうれしくなってなんだかむずがゆくなった。だけど今はそれどころじゃない。レイに会いに行かないと。
おれは劇場を後にする観客たちをかき分けて舞台袖まで近づいていく。その後ろをゴランドがついてくる。
「ちょいとお兄さん。どうしたんですけ」
「さっきも言ったろ。おれの仲間がいたんだよ。連れ戻さねえと」
おれは舞台によじ登って舞台の裏に向かってレイを探した。舞台の裏では演者たちや裏方たちが劇の大成功を祝っていた。中でもレイが最後の演技を評価されて囲まれて賛辞の声を浴びていた。
「いやあよくやったぞ新人。まさかあのアドリブをこなすとはな! 実に良い役者を得たよ。次からはもっと演技指導をして、セリフを増やそう」
「ありがとうございます監督。もっと精進します」
おれはレイを連れ出すために輪に飛び込もうとするが何度も弾かれてしまう。
「お兄さんよ、この盛り上がりムードに水を差すのは野暮ってもんですぜ。おとなしく待ちやしょうぜ」
仕方なくこの熱が冷めるまで待っているとレイがようやく人混みから解放されてアメリア姫役の演者と会話していた。
「レイ君、最初の木の無機質な感じの演技といい魔女と戦う場面の演技といいどこをとっても良い演技だったね。どこかで演劇やってたんでしょ!」
「そんなことはないよ。劇自体は見たことがあったけど演じるなんてはじめてだったから緊張したさ」
「おい、レイ! やっと会えた。なんでここにいるんだ。っていうか何で演劇やってんだよ」
「あれ、ディール。君の方こそ照明の仕事を放りだしたら駄目じゃないか。みんな困ってたよ」
おれはレイの言っていることが理解できなかった。今なんて言ったんだ? おれが照明を担当してただって? そう言ったレイの目には一点の曇りもなかった。嘘をついているようには見えない。
読んでくださった方ありがとうございます。よろしければブックマークと評価をお願いします。