第三十九話 『白馬の騎士といばら姫』上演開始
どうやらここは演劇場みたいだ。日陰者の楽園というだけあってやっぱりこういった娯楽の要素はあるんだな。目の前には品の良い制服に身を包んだ若い黒髪長髪の女性の受付スタッフが座っていた。制服は深紅のベルベット地で、金色のボタンと肩章が上品な輝きを放っている。柔らかな微笑みと共に、来場者を静かに見守っていた。
カウンターの上には整然と並べられたチケットホルダーが置かれており、それぞれが美しい紋章で封印されている。目を黒いシルクの布で覆い隠しているスタッフは今日の演劇について説明を始めた。
「本日は今から十分後に”白馬の騎士といばらの姫”という題名の演目が行われます。見ていかれますでしょうか?」
「えっ⁉ ……と見た方がいいですかね?」
「そうですね。それに関しては個人の自由でございますが、こちらの演目は当劇場において最も人気の作品になっておりますので是非、一度はご覧になった方がいいと思いますよ」
「じゃあ見ていきます。いくらですか?」
おれはそういって袋から貨幣を入れてある巾着袋を取り出そうとした。
「いえ、お代は頂いておりません。当劇場の公演は全て無償でご覧いただくことが可能です。では、右手側の通路を道なりに進んでいただいて十二番の扉からお入りください。席はこちらのチケットの番号の場所にお座りくださいませ」
おれはチケットを受け取ると言われた通りに角を曲がって通路を歩いて十二番と書かれた扉を探すことにした。ここの劇場とやらに仲間の誰かがいてくれたらいいんだけど。
何度か角を曲がって階段をのぼった先に十二番の扉を見つけた。おれはこんな所に来るなんて初めてなもんだから少しでも身なりをよく見せるために扉を開ける前に服の裾の汚れを手で払ったり、シワをのばしたりした。
ちょっと緊張するがおれは重厚な二重扉を開けると、荘厳な劇場が広がっていた。天井は高くアーチを描き、白と金の装飾がふんだんに施された漆喰の彫刻が天井一面を覆っている。中央には巨大なシャンデリアが吊り下がり、無数のクリスタルが輝きながら柔らかな光を場内に降り注いでいた。
劇場内は既に満員でこれから始まる演目への期待感からか皆がどこか浮足立っている。ひそひそした話し声が天井に反響して響いている。それと中は思っていたよりも暗かった。部屋の正面には大きな舞台があり、深い紺色のカーテンが両側にたなびいている。カーテンの裾には金色の房が飾られ、カーテン自体も細かな刺繍が施されている。
左右には高い位置まで階層式に客席があってそこにもたくさんの観客が入っている。どの観客もやっぱりキレイな衣装にその身を包んでいた。ドレスとかスーツとか。そういえば今更だけどドレスコードってないよな? 受付じゃ何も言われなかったから大丈夫だと思うけど。
チケットに書かれた番号の席を見つけて、着席する。椅子もこれまたふっかふかで沈み込む身体が包み込まれる気持ちよさに抗えない。危うく眠っちゃうところだったけどすぐに頬を叩いて眠気を覚まして周囲に誰か仲間がいないか探す。しかし、誰も見当たらなかった。
というか劇なんてのは初めて見るからどんなもんなのか今から楽しみだな。ダマヤにいた頃は爺さんが紙芝居を読むくらいしかなかったからな。
ドキドキ半分ワクワク半分な状態で開演を待っていると場内が一層暗くなって、注意事項がアナウンスされた。過度な飲食はダメとか途中の入場はダメとか、あと暴れるのもダメだと。そんな奴がいるのか? そんなアナウンスも終わっていよいよ幕が上がった。
【第一幕】~王国の祝宴~。
舞台中央には豪華な宮廷のようなセット。背景にとある王国の祝宴が広がる。場内に語り手の声が響き渡る。
『むかしむかし、ある王国に美しい姫が生まれた。姫の名はアメリア。その美しさと心の清らかさは王国中に知れ渡っていた』
王様と王妃が微笑みながら舞台に現れ、赤ん坊を抱く。王様は赤ん坊を高く抱え上げて話す。
「この子はきっと、この王国を照らす光となるであろう!」
『しかし、楽しい祝宴の時間は長くは続かなかった。姫の誕生を妬んだ魔女セリナが、恐ろしい呪いをかけたのである』
舞台が暗転して、いきなり魔女のような三角帽子とローブを身に着けたみすぼらしい女が王宮に現れた。その姿を見た王は驚愕して赤ん坊を王妃に預けると魔女と対面した。
「そなたはまさか! 西の谷に住む魔女のセリナか⁉」
「王よ、貴方は自身の過ちを省みることなく幸せに過ごせると思わない事です。アメリア姫が十六歳になるとき、姫は自身で指に針を刺し、永遠の眠りにつくであろう!」
宮廷は恐怖の渦に包まれ、王妃は赤ん坊のアメリア姫を抱きしめる。
それから幕が閉じる。そして第一幕終了と語りてから告げられた。
【第二幕】~いばらの城~。
『アメリア姫は呪いの事もあり過保護に育てられた。針のように尖ったものや怪しい者は一切近寄らせず、姫は最低限の物だけが置かれた寂しい自室から出ることも容易には許されずにいた』
姫らしき女が机に頬杖をしながら窓の外で遊んでいる民を見つめて愚痴をつぶやいている。
「どうして私はこんなにも窮屈な暮らしをさせられなければならないの? 私ももっと外の世界を見て回りたいわ。それに今日は私の誕生だというのに部屋から出てはいけないだなんて……お父様とお母様のいじわる」
『当然のようにアメリア姫自身には呪いの事は教えられていなかった。しかし、十六歳を迎える今日、ようやく伝えようと王と王妃は心に決めていた』
姫が退屈そうにしていると部屋の外から若い侍女の声が聞こえてきた。
「アメリア様。いらっしゃいますか?」
「その声はエレイナね! どうしたの?」
『エレイナと呼ばれた侍女はアメリアが幼いころからその世話を一任されている者であり、王宮内でも信頼を置かれていた。そんなエレイナからアメリアに誕生日のプレゼントが渡される』
「アメリア様は今日で十六になられたのでしょう。折角なので花束を用意させていただきましたの。どうでしょうか?」
「わあ! 真っ赤で綺麗なバラね。部屋に飾らせてもらうわ。ありがとうエレイナ。今日が退屈な日にならなくて良かったわ」
「それは嬉しい言葉でございます。しかし、こんな花が束になってもアメリア様の美しさには遠く及びませんわね、ふふふ」
『エレイナはその場を立ち去り、部屋は再び静寂に包まれる。しばらくすると、王と王妃が姫に呪いのことを伝えるべく彼女の部屋を訪れた』
「アメリアよ、父と母だ。どうしても伝えなければならぬことがあってな。入るぞ」
『アメリア姫の部屋に入った王と王妃は目の前の光景にゾッとしました。なぜなら彼女の部屋に置かれた花束の中に棘を持つ真っ赤なバラの花があったのです。両親が何に唖然としているのかも知らないアメリア姫はプレゼントである花束を近くで見せるために手に取った。王はそれを見て止めようとする』
「アメリア! その花束を持つんじゃない。今すぐ離すんだ」
「なんてことを言うのお父様! これはエレイナが私のプレゼントとしてくれたものなのよ。それなのにお父様とお母様、それに城のみんなは私を避けてばかりで……」
『アメリア姫が思いのほか傷ついていること知った王妃はアメリア姫を落ち着かせるように話す』
「アメリア。それには理由があってね。とにかく今はその花束から離れて」
「お母様まで! お二人の考えが私には一切分かりません」
『アメリア姫は悲しみのあまり、大粒の涙を流した。これまでどんなに寂しくとも両親を心配させまいと独りで泣いていたアメリア姫が初めて二人の前で涙を見せた。そんなアメリア姫に近づこうと王と王妃が歩み寄ると、アメリア姫は拒絶するように後退りした。その瞬間、アメリア姫はこれまで過保護に育てられ、普段歩きなれていなかったせいで躓いてしまった。その結果、バラの棘が彼女の指に刺さり王が叫ぶ』
「アメリアッ‼」
『彼女が指を怪我した直後、アメリア姫は眠るように意識を失い、バラの花束が意志を持ったかのように肥大化して部屋を侵食していく。王は王妃の手を引いていばらから逃れるためにその場を後にした。いばらは部屋のみならず城全体……そして町全体すらも呑み込んでしまいました』
おれは舞台でいばらがどんどんデカくなっていくのを見て感心した。ありゃすごい舞台セットだな。木の板に描かれたいばらが舞台の下から生えてくるみたいに飛び出してくる。あの世界に引き込む様な演技も凄いけど、それを支えて映えさせる演出も凄い。
暗転が明けると舞台にはいばらに包まれて眠るお姫様の姿があった。
『王国は悲しみに暮れ、城はいばらに包まれた。誰もこの呪いを解くことが出来ず、希望は失われていった。そして国内からエレイナなる侍女の姿は完全に消え去っていた』
第二幕が終了した。それから休憩時間になって再開は十分後とアナウンスが入った。おれは先が気になって、とっとと休憩時間が終わらないかと思った。周りの観客も同じ気持ちみたいで、皆席を立たずに各々の感想を述べあっている。
休憩時間中おれは突然、隣の席にいる人物に声をかけられた。
「どうですかい? お兄さん、この劇は面白いでしょう?」
そこに座っていたのは誰だか知らない座高が低いおっさんだった。
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