第三十八話 炎と精霊が躍るクロマネクサス
「僕の音色が届かないだって? 何を言うかと思えば……ふふ。あはは! 面白いことを言ってくれるね。僕のこの不可避の魔法をどうくぐり抜けるって言うのかな? こんな小さな切り傷しか作れなかった子供がさ!」
「アンタの音の魔法は脳に直接、命令を下すってものだろ。そういう類の魔法は術者の魔力の強さに応じて効力も範囲も変わってくる」
「勉学は出来るみたいだね。でもそれを知ったところでどうすることもできないよ! ”リズム・シャックル”【干渉する音枷】」
奴は三度ハープを鳴らしたが、おれに魔法が効くことはなかった。おれの言ったことがハッタリではなかったことに気が付いたユシアの額からは冷汗が流れている。
「まさか……僕の魔法を自身の精神力だけで防いでいるとでも言うのか⁉」
「おれにはもう……アンタを倒す以外の言葉が思いつかないんでな。悪いけどアンタの演奏をじっくり聴いている暇も余裕もないね」
おれは一気にユシアの懐まで突撃をかけた。当然、ユシアは下がる。おれは罠にかからないように奴がさっきまで立っていた場所に立つ。それから天井のサンサン鉱石に向かって全力で剣を投げつけた。
投げられた剣はどんどんと威力と速度を上げながらカンッという乾いた音と共にサンサン鉱石に衝突した。同時にサンサン鉱石は衝撃によって光を失って辺りは洞窟同様真っ暗闇に包まれた。
「な……何をした! これでは何も見えないじゃないか。僕も君も!」
突然の出来事に奴の声からは動揺が感じられる。おれはバサンに合図を出す。
「バサン……今だ! 全部焼き払え‼」
「ピッ――――――!」
おれの上空でバサンがあの時の神々しくカッコいい姿に変身した! バサンはその場で一回転してから魔力を一気に放出した。
”フォルティア・ブラスター” 【煌天鳥の焔砲】。
バサンの嘴から物凄い勢いで炎が噴き出してこの部屋の花畑に火の手が上がって赤々と燃え上がる。それと同時に仕掛けられた罠の全てが起動して何も巻き込まずに爆破した。煌々と揺らめく炎の波が熱い。そんな燃え盛る炎の輪に囲われたユシアは取り乱している。
「なんだこの炎は……熱い! よくも僕の花畑を……」
ユシアは花に燃え移った炎を消すために懸命に服の裾を掴んでバサバサさせている。一方で当然、おれの身体にしつこく巻き付いていた食魔植物は燃えカスとなって灰に変わっていく。バサンは魔力を一気に放出した影響で元の小さい姿に戻ってしまい、暗闇の中ではその姿を確認することが出来なかった。
これでもうおれを邪魔する音楽も植物も消えた! 奴を倒すための舞台は整った。おれは微かに回復した魔力を拳にかき集めて集中する。その間も炎の波は広がっていき室温も上がっていく。
おれは拳に魔力を溜めこんだ状態でユシアに向かって突撃した。
「あいつは……あの子供はどこに行ったぁッ⁉」
ユシアは炎の壁に阻まれておれの姿を視認できていない。対して、おれは奴が騒ぎ立ててくれるから簡単に位置が割り出せる。今、この場には奴の喚き声と炎が花を焼き尽くすパチパチ音しか聞こえない。おれは声が聞こえる方向へと走る。
おれは炎の壁を突き破ってユシアの姿を捉える。ユシアの方は突然おれが炎の中から現れたことに驚愕している。しかし、奴はすぐにハープを構えて臨戦態勢をとる。
「静寂を裂く蒼き怒りの炎よ、猛れ! 【蒼覇拳・怒火】‼」
「おのれぇッ! こんなところで負けるわけには……」
おれの全身全霊の一撃が奴の胸元目掛けて飛んでいく。ユシアはハープを使って受け身の体勢を取る。拳が奴のハープの弦と衝突する。指に弦が食い込んで血が滲む。なんて頑丈なつくりのハープなんだ⁉ おれは片足を地面に今一度つけて踏み込み力をさらに込める。
瞬間、バチンッという弦の切れる音がしてからユシアはおれの拳の直撃を受ける。
「グアアアアァァアアッ‼」
おれの攻撃をもろに受けたユシアは遥か先まで、部屋の壁まで一気に吹き飛んで行き轟音と共に土埃を上げた。
「バサーンッ! 部屋の明かりをもう一度つけてくれ!」
「ピピ!」
おれの言葉通りにバサンはサンサン鉱石に思い切り頭突きをかましてもう一度この部屋に明かりをつけた。花畑を焼いていた炎も燃やすものが無くなったので自然と消えていき、跡には灰だけが残されていた。
ふらふらしたバサンがなんとかおれの頭の上に不時着した。おれももうぶっ倒れそうなぐらい疲れているけど、ユシアを倒せたか確認しないとな。少しずつ奴の元へと近づいていく。明らかに動いていないからもう大丈夫だと思うけど。
奴の眼前まで近づいた時、ユシアは声を絞り出して話し出した。
「まさかこの僕が年端も行かない子供に負けるなんてね……君は強かったよ。精神力といい勝利への執念といい、ね。ほら、これを渡そう。手を出して」
おれは一瞬だけ身を引いて構える。こんなので不意打ちなんてされたらたまったもんじゃない。
「大丈夫だよ。マスターから言われているんだ。もし僕らが負けるようなことがあればこれを渡すようにってね」
そう言って奴はおれが差し出した手をしっかり掴むと、手のひらに何かを落とした。おれは渡されたものを確認する。そこにあったのは尖った四角形の特殊な模様が刻まれた金属のようなものだった。
「これは何だ?」
「それはマスターへと……デュラクシウムへとつながるための鍵の一つさ。それを持った守護者が僕以外にあと四人いる。それを全て集めた者にデュラクシウムとこの究幻迷宮の真理に近づくための権利が与えられる」
「なるほどな。じゃあ早いもん勝ちってわけだ。おれは先に行かせてもらうぞ。アンタはそこでまた種まきからでも始めるんだな」
「ふふ、そうさせてもらおうかな……」
ユシアは最後にそう言うと完全に意識を失った。おれの方も疲れ切っていたから少しだけ休憩するためにその場に座り込んだ。
「はぁー疲れたぜ、全くよ。こんなのがあと四人もいるのか。ということはあのモノノフともやっぱり戦わないとダメみたいだな。よし! ほんの少しだけ休んだらすぐ次の部屋へ向かうぞバサン!」
「ピピッ♪」
今回はバサンの大手柄のおかげで勝てた。あの変身が無ければ策自体成立しなかったし勝てなかった。おれは感謝の意も込めてバサンを撫でてあげるとバサンは凄く喜んだ。それからおれは聖剣ミレニアムを拾いに行く。
「また後で剣を手入れしてあげないとバライバが怒るな。こんな雑に扱っちまってごめんなミレニアム」
おれは次の部屋へと進むために扉の前まで向かう。扉を開けるとその先はさっきのホールや画廊のような高貴な印象を受ける通路へと出てきた。壁には彫刻の施された白い柱が等間隔に立ち並び、その間には燭台が設置されている。燭台には炎が揺らめいており、通路全体に独特の雰囲気を漂わせている。
天井にはフレスコ画が描かれ、天使や楽器を持つ人々が柔らかな光の中に浮かんでいる。床には深紅の絨毯が敷き詰められ、歩くたびに柔らかい感触が靴の裏を包み込む。こんな場所に出てきておれはちょっと浮いている感じがしたが気にせずに前へと進む。
人気のない通路を進んでいると誰かが見えてきた。小さな小屋みたいな所の上の部分に受付の文字が書かれた看板が掲げられている。受付は重厚な木材で作られたカウンターが中央に配置され、その表面は磨き抜かれた深いマホガニーの色が光を反射していた。縁取りには金箔の装飾が施されており、その細かな彫刻はまるで音符が踊るような優雅さを持っていた。
受付の背後には巨大な壁一面の棚があり、そこには劇場の歴史を物語るようなプログラムや記念品が整然と並べられている。棚の上部には豪華なアーチ型の装飾が施されており、その中央に劇場の紋章が輝いていた。
おれが近づいていくことで来場者の足音が静かに響き渡る。カウンターの上には小さな真鍮製のベルが置かれ、来訪者が来たことを知らせるための合図を告げるべく控えている。
おれは受付の前まで来て話しかける。
「あの、ここってどんな場所なんですか?」
「……」
明らかに目の前に人がいるって言うのに無視された。ちょっと傷ついたが、受付の人間がベルを指さしている。
なるほどねこれを鳴らさないとダメってわけ。おれはベルを押してチーンと鳴らすと受付の人がようやく口を開いた。
「はい、究幻迷宮演劇ホールへようこそ。本日はどのような御用でいらっしゃいましたか?」
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