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第三十六話 花園の守護者

 大理石のホールを出た先は……どうなってるんだこの迷宮は。目の前には花が咲き乱れる野原が広がっていた。ここも真昼間のように明るい。天井にはドワーフ族が部屋の照明として使っていたサンサン鉱石のとんでもないデカさのものがぶら下がっている。壁は一瞬外にいるかと勘違いしてしまうような青空や山々の風景が塗装がされていた。


 おれは花畑に足を踏み入れる。そういえばダマヤの村の近くにもこんな景色の丘があったっけ。ここには蝶とかリスとかの生き物もいる。鳥もいたが近づいてくる鳥にはバサンが威嚇して追い払った。


 野原の中心を突っ切りながら歩いていると、中心の辺りに座り込んでいる人影を見つけた。おれは警戒しながら近づいていく。相手もこちらの気配に気づいたのか、立ち上がって振り向いた。互いの視線が交わる。


 奴は長い間着こんだであろう緑のコートを羽織り、旅の吟遊詩人を思わせるような出で立ちをしている。そして、顔は男とも女ともとれるような中性的な美しさを湛え、透き通った瞳におれの心を覗き込まれている気分だ。


「どうやらここにも客人が来たようだね」


 そう言った奴の声はまるで、楽器が奏でる調べみたいだった。耳に絡みつくような甘さの声と春風のように柔らかい笑顔に思わず警戒を解いてしまう。


「アンタは何者だ」

「それを聞きたいのは僕の方なんだけどね。じゃあ僕から自己紹介をしようか。名前はユシア、歌と花を愛する迷宮の守護者だよ。次は君の番だ」


 ユシアと名乗った男は手をこちらへ向けた。


「おれはディール。ここにはデュラクシウムを取りに来た。それ以外に用はない」

「そっか……ということは僕にとって君は排除するべき対象ってわけだ」

「アンタはあのモノノフの仲間なのか」

「モノノフ……ああ、ナナシ君のことだね。彼もここの守護者の一人さ」

 

 コイツもあのモノノフに負けず劣らずの迫力を感じる。おれはさっきのように交渉を試みることにする。


「ここを通してくれないか。おれは仲間に会いに行かないといけないんだ」

「ふふ、それは無理な相談だね。君たち侵入者を止めるのが今回の仕事だから」


 流石に連続では簡単に通してはくれないか。こうなったらもう実力行使だ。相手に背を見せるわけにはいかない。


「遠慮なくいかせてもらうぞ」

「さあ、これを見ているマスターのためにも愉しい戦いにしようか」


 おれは剣を引き抜いて構える。奴の方は服から楽器を取り出した。飾り気のない湾曲した木製の型に張られた弦がサンサン鉱石の光を浴びて妖しく光る。あれはハープか。あんなものを取り出して曲でも演奏するつもりか⁉ ふざけているとしか思えないがおれは気にせずに奴に近づくために踏み込んだ。


 走って勢いをつけてユシアに向かって縦に斬りかかる。ユシアはすんでのところで躱した。


「僕にまともな武器がないからといって剣で躊躇なく突っ込んでくるなんてね。残念だけど君はもう僕の魔法の領域にいるよ」


 そう言ってユシアはハープの弦に指をかけて軽く鳴らした。小さなひとつひとつの音が紡がれるたびに空気が微かに震え、周辺に波紋のように広がる。清らかで心を奪われるような一点の曇りもない美しい音。だが、ハープの音色が響いた僅か数秒後、再び音が鳴っておれは気づけば上空に吹き飛ばされていた。と同時に全身に痛みが走る。


 何が起きた? いや、今はそんなことよりも受け身を取らないと。おれは落下の衝撃を少しでも減らすように受け身を取って地面に着地した。それから辺りを見渡してユシアの姿を確認する。奴はおれに触れることなく吹き飛ばしやがった。コイツは厄介な相手にぶつかったかもしれねえ。


 ユシアは表情を崩すことなく依然として余裕なままだ。おれは焦りや動揺を隠せないでいる。きっとひどい顔をしてるに違いない。奴の攻撃の謎を知るためにももう一度攻撃を仕掛けに行く。


「今の種を理解できない限り、君に勝ち目はないよ。もっとも……理解できたとしても勝てないけどね」


 随分な言い草に頭にきたが、おれは冷静になって距離を詰めて剣を振りぬこうとした。しかし、ユシアが再びハープでさっきとは違う音を奏でると突然おれ自身の身体の動きがのろくなった。これじゃ当てるどころの話じゃない。と思ったら今度は身体の動きがいきなり元に戻った。


 時間にして二秒ってところか。おれが間抜けみたいにゆっくり動いていた間に当然、ユシアはまた離れた位置にいる。それと同時におれはまた宙に吹き飛ばされた。


 このままじゃ身体がもたない。早く謎を解かねえと。


「今のは鈍足の効果が出たみたいだね。本来ならもう五回は死んでるんじゃないかな? まあ早く終わってしまってはマスターも楽しめないだろうし。それと君も頑張ってもう少しだけ盛り上げて欲しいかな」


 こんな一方的に攻撃されるなんて初めてだ。近づけもしないなんて。何が引き金になってるんだ? やっぱりあのハープからの音か? 試してみるしかないな。おれは両手が塞がってしまうが耳を抑えてハープの音が聞こえないようにした。


「これでどうだ。アンタの自慢のハープはもう聞こえないぞ!」


 おれがそう言うと、奴は目を丸くしてから噴き出して笑った。


「ふふ、くふふ……ははは! 君は面白いね。いいよ、そこで耳を塞いでいな」


 奴はもう一度、ハープの弦に指をかけて弾いた。耳をしっかり塞いでいたから音は聞こえてない。しかし、今度は足がいきなり痺れだした。無理な姿勢で長い間、座っている時に起きるあれだ。おれは思わず膝をついてしまう。


 あまりの痺れにおれが転がっていると突然ハープの音が鳴り、身体が吹き飛ばされた。まただ、また謎の力で吹っ飛ばされた。おれは痺れが収まり始めたから起き上がろうとしたその時、ユシアが近づいてきていて思い切り蹴り飛ばされてしまった。


「もしかしてわざとやられてるとかじゃないよね? これ以上何もないようなら面白くならなさそうだから終わらせようか」


 おれは立ち上がりながら威勢よく返す。


「これで終わりなわけないだろ……演奏にもあるだろ、抑揚とか強弱がよ。それと一緒だ、盛り上がんのはこっからだ!」

「その言葉が嘘じゃない事を祈るよ」


 耳を塞いで奴のハープの音を遮断しても無駄だった。もしかして、ハープの音が身体への異変のきっかけじゃないのか? それとも、ハープ自体に何かの仕掛けが。


 何でもいい、全力で戦うと決めたからには出し惜しみは無しだ。この後も続くだろう戦いに備えて魔力を温存しておこうと思ってたけどそんな余力を残して勝てる相手じゃない。おれは手をかざしてユシアに向かって魔法を放った。


 ”グリンド”【衝撃波】。


 おれの魔法がユシアに向かって飛んで行ったが奴の目前で弾けるような衝撃が起こって消えた。あの爆発のような衝撃はおれが食らい続けていたのと一緒だ。……そうか。設置型の魔法か。特殊な魔法形態の一つである設置型。恐らく奴の魔法で触れたら弾ける音の爆弾トラップがあちこちに仕掛けられている。


 そうとなったらどこにトラップを仕掛けたのか張本人だけが分かるように何かしらの目印があるはずだ。それさえ見つければあの攻撃にはもう引っかからない! 見つけるんだ。奴へ近づくための突破口を。

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