第三十五話 画廊を回るは異国のツワモノ
……ハッ! おれは一体どれだけ眠ってたんだ? 皆は……いない。分断させられたみたいだ。それにここは洞窟っぽい感じがしない。壁のあちこちにランタンによる照明がつけられているため暗くはないし白い漆喰の壁で覆われていて、机に椅子もある。まるで家屋の中にいるみたいだ。
剣や道具は……ある。何も取られてない。何が目的でここに連れて来たんだ?
随分と色気のない無機質な部屋に閉じ込められてしまった。これからどうしようかと思った矢先、おれはすぐ後ろに扉を見つける。ノブに手をかけると簡単に開いてその先にはただの一本道が続いている。
皆を探すならここを通るしかないってわけか。おれはどこに続いているのかも分からない一本道を歩き始めた。しばらく歩いていると、少し開けた場所に出た。道が広がって二つに分かれている。
床には赤い絨毯が敷かれていて、壁には絵画が飾られている。湖畔の絵にとんがった城の絵、赤い宝石のネックレスが輝いている若い貴婦人の肖像画。もしかしたらどれも価値があるのかもしれないけど、おれには分からない。芸術関連ならレイとかバライバなら何の絵か分かったかもしれないな。
流し目で作品を見ながら歩いていると人の気配がしたからおれはすぐに姿勢を低くしてすぐに剣を抜けるように構える。奥の方から誰かがやってくる。背丈的に皆じゃない。おれは呼吸を乱さないように冷静さを保ちながら近づいてみる。
互いの距離が縮まり、顔が視認できる範囲まできたタイミングであっちの方から声をかけてきた。
「もしや、うぬが此度のげぇむの参加者か」
聞き馴染みのない言葉遣いで話しかけてきた目の前の奴は編み笠を被り、薄っぺらい紺色の絹の服を着ている。靴は植物で編まれたものだ。あれは見たことがあるぞ、草履とかいうやつだ。今の所は敵意を感じなかったからおれは質問に答えた。
「ゲームが何を指しているのか分からないけど、おれはここに仲間と一緒に来たんだ。見てないか? 金髪のお坊ちゃんに口が達者なエルフに不愛想なドワーフなんだけど」
「くくっ。変わった面々であるな。残念ながらそのような者共とは会っておらぬ。それに外から来たと言うのなら参加者で間違いない。うぬもでゅ、でゅららく……兎角、貴重な貴金属を奪いに来たのだろう?」
デュラクシウムを言えていなかったことには触れないようにした。
「そうなんだよ。それがどうしても要るんだ。ドワーフ族のためにさ」
「しかし、拙者はここの防備を頼まれており、支配者にその貴金属を守るように言われておるのだ。渡すことは能わぬ」
この人からなら多くの情報を引っ張り出すことが出来るかもしれない。少しでもここの事を知らないと。
「じゃあさ、アンタのことを聞いてもいい? その恰好ってさ本で見たことあるんだけどモノノフってやつだろ」
「そうだ。拙者は里から出て気の向くままに旅をしてきた浪人よ」
「へー! 本当にモノノフってのがいるんだな」
「拙者らの祖先が外の大陸からこの地に移住してきた故、今となっては小さな里がいくつかあるのみの少数民族であるがな」
モノノフってのは前に本で読んだことがある。独特の武器や太刀筋を使うとかなんとか。一度でいいから会ってみたいと思ってたんだ。
「ちょっとだけその腰に身に着けてる武器を見せてくれよ!」
「刀を抜くときは敵を斬るときと決めている。むやみやたらと見せびらかすような真似はせぬ」
「そうか……」
刀を見られなかったからちょっとだけ落ち込んだがすぐに気持ちを切り替える。
「最後に教えてくれ、デュラクシウムはどこにある」
「げぇむに勝てば手に入ると支配人は言っておられた。全てを知っては興が冷める。先へ進むがよろしかろう」
「命令通りにおれを止めなくていいのかよ」
「くくく。拙者は弱き者を斬るのを好かん。それに拙者が止めずともここを生きて出ることも能わぬ」
”弱き者”だって⁉ 聞き捨てならない。おれは舐められたことに対して剣を引き抜こうと手をかけたその時、奴が刀をほんの少しだけ抜いて刀身をちらりと見せた。瞬間、凄まじい殺気がおれを襲う。コイツは……ヤバイ。
「仕合うというのなら構わぬが。どうしたのだ、膝が笑っているぞ。弱き者よ」
奴は不敵な笑みを浮かべている。全身が訴えかけてくる。今すぐ逃げろって。確かに七玹騎士に会った時のようなヤバさがある。仲間がいない今の状態じゃ勝てない。おれは柄にかけていた手を下ろした。
「遠慮しとくよ。アンタと戦うのは今じゃない」
「それでよい。素直になるのが一番よ。もしかすると最深部まで行けば仕合うに値する者になるやもな……」
おれは震える足を叩いて無理矢理歩いてモノノフの横を通りすぎた。全神経を研ぎ澄ませて不意打ちを警戒したが手を出してくることはない。少し離れた所でモノノフが声をかけてきた。
「弱き者よ、一つだけ助言をくれてやろう。この究幻迷宮は”生きている”」
おれは振り向かずに片腕だけを上げて感謝の意を示すために振った。助言の意味は正直よく分からなかったがおれはとにかくこの場を離れたかったから気にすることなく先へと進んだ。
横にある絵画に目をくれずにペースをあげて歩いているとようやく次の部屋へと進むための扉を見つけた。最初に通った扉と形状も材質も違う。金持ちの屋敷の玄関みたいな装飾が施された扉だ。
もしかしたらこの先にもさっきの奴みたいなのがいるかもしれないけど進まなきゃ意味がない。おれは意を決して扉の片側を全身で押して開けてみる。中は円形上のホールで天井が高くて昼間みたいに明るい。床や壁は大理石で出来ていて模様みたいなのがある。だけど、それどころじゃない。部屋に入って一番最初に目に入って来たのは……人間の死体の山だ。
部屋が変わっただけで室温も違う。ここはちょっと肌寒い。おれは腕をさすりながら、これをやった奴が近くにいないか気を張っていたが人の気配はなかった。それから近くの死体に近づく。
損傷はそこまで激しくない。血は口元と腹部に空いた穴からそれぞれ流れ出ている。この腹の傷が致命傷になったのか。この傷は……剣の切り傷っぽくない。何で倒されたんだ? おれは他の死体も確認していると見覚えのある顔に出くわした。
このやけにガタイの良い厳つい男は……確か、獄冥会に手を貸してた盗賊団のコング隊の隊長じゃないか⁉ 何でこんな所に……って考えなくてもわかるか。こいつらの目的もデュラクシウムで間違いない。
他に気付いたことといったら倒れてる死体の山が全部盗賊団の奴らってことだ。コイツらは全員似たような服装をして、同じ武器を持ってる。それ以外の死体が無いってことは、コング隊と戦った敵は被害なしで一方的に倒したに違いない。
これで何となく同じ目的を持つ敵の正体が掴めてきた。一つはヘンベル盗賊団。もう一つはさっきのモノノフのような究幻迷宮の奴ら。容赦ない敵が他にもいるかもしれない。皆と急いで合流しないと。
おれは早まる鼓動を感じながら次の扉を探す。似たような扉がいくつもある。どれを選んでも正直変わらない気がするけど……これにしとくか。おれはもう一度この部屋に入った時と同じように全身に力を入れて扉を開けて部屋を出て行った。
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