第三十三話 宴と賛美なる甘味
女王を失った軍平糖蟻たちは統率がなくなり餌すら探さなくなるため、放っておくだけで勝手に餓死していく。だからもうリモーの街が奴らに襲われる心配は無いはずだ。
街に到着すると住民たちが通りの明かりをつけて出迎えてくれた。最初に出会った爺さんの家にいた子供たちが走って近づいてくる。
「あ、あの……旅人さん、戦いはどうなったの?」
子供たちからの問いに口角を少し上げて答える。
「勝ったよ。お前らの家族の仇は全員討った。だからもう怯えることも無い、昼下がりは目いっぱい遊べ」
「ほんとに勝てたの⁉」
子供たちが少しずつ明るさを取り戻し始めた時、バライバが話し出した。
「そりゃあもう途轍もない激闘だったぜ。聞くだろ! 小僧ども」
「「うん!」」
バライバが戦いの詳細を少しだけ盛りながら話している。それを子供たちは目を輝かせながら聞いていた。子供たちの相手はバライバやレイに任せるとおれは街の大人たちに今回の作戦が成功した旨を伝えに向かった。
住民たちの中にいた最初の爺さんがあっちからやって来てくれた。
「こどもたちの様子を見れば何となく察しがつきますが、どうでしたか旅人さん」
「当然勝ったさ。安心してくれ」
「そうですか! 本当にありがとうございました。街の住民一同、心の底から”旅人”さんに……いいえ、もうこの街にとっては”英雄”さんですな! 感謝いたします」
そう言うと何十人といる街の住民たちが一斉に頭を下げた。英雄なんて呼ばれて悪い気はしないけどさ。
「ああ! もう、そんなに畏まって感謝しなくてもいいって」
「ですが、そういうわけにはいきません」
「そんなことよりもさ、おれたち腹が減ってんだけど……なんかあったりする?」
おれがそう聞くと住民たちは顔を見合わせてから笑い出した。
「ははは、そうですな。ご馳走をたんまりと用意しましたので是非食べて行ってください。英雄さん」
「英雄さん呼びじゃなくて、ディールって呼び捨てで良いよ」
「ではディールさん。どうぞあちらへ行きましょう」
「よーし! 勝った後のメシはとびきり美味いぞ!」
おれたちは作戦の成功を盛大に祝った。街の人たちが振舞ってくれた料理を軽く平らげて、たらふく食う。それから丁度いいタイミングでバライバがルミナシュガーを使ったデザートを早速作ってくれた。
初めて食う料理ばっかりだったがどれもビックリするほど美味くて頬が落ちそうになった。特にルミナシュガーを使った料理はその格が一段階引き上げられている気がする。
「どうだディール、俺の料理とルミナシュガーが組み合わされば最高だろ」
バライバが自信満々に聞いてきたからおれはそれに答えた。
「そうだな。おれは特にこのフルーツタルトとかクッキーが好きだ」
「そいつは良かったぜ。まだまだあるから倒れるまで食え!」
その日は夜が明けるまでどんちゃん騒ぎが続いた。魔物の恐怖から解放された街の皆は出会った頃よりもとってもいい顔をするようになっていた。おれはそれが何だか嬉しかった。
宴が終わって目が覚めたら、既にあの日から丸一日が経過していた。戦いの疲れが雪崩のように押し寄せてきておれたちは一日中眠っていたらしい。その間に街の住民が戦いで汚れた服を選択してくれたり、お礼用のルミナシュガーを作ってくれていた。
おれたちが出発の準備を終えて街の入り口へと向かうと住民たちが丁寧にも見送りに来た。爺さんはおれたちに近づくと一人ずつ握手を交わしていく。最後におれの番が来た。皺だらけのその手はどこか優しい温もりがする。
「本当にありがとうございました。我々はあなた方を一生忘れることは無いでしょう。ディールさんたちの旅のご無事をお祈りしています」
「うん、そっちも気をつけてな」
「はい。これからは街の防衛にも力を入れていくつもりです。皆さんから学ばせていただきましたからな」
別れを済ませたおれたちは力強く手を振るリモーの街の住民に見送られながら、本来の目的地である究幻迷宮へと進みだした。
「随分と長い間、寄り道しちゃったね」
レイがそう言ってきたからおれは返す。
「でも、得た物も大きかったぞ」
「確かにね。ねえディール、僕らはこれからも誰かのために戦い続けるのかな」
レイのその言葉におれは考えてしまった。おれたちの旅の最終地点は七玹騎士を討つこと。そして今はそのための力を手に入れるという理由で動いている。だけど、目指すべき最終地点から離れている気がしてならなくなってきた。……いや、深く考えるのを今はやめとこう。ドワーフの族長を救うのだって大事な事だ。
「どうだろうな。これからも戦うんじゃないか、他人のためにさ。でも、おれは信じてる。今の道が七玹騎士につながってることを」
「……そうだね。旅さえ続ければいつかは辿り着くはずだよね」
おれとレイは究幻迷宮に向けて改めて気持ちを引き締めた。
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