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第三十一話 予想しえぬ急襲、四方へ

 『敵が来た』


 確かにエルはそう言った。それを聞いた街の人達の間には不安が伝播する。泣き出してしまった人や膝をついて突っ伏す人。その中で誰かが叫ぶ。


「魔物が来たぞ!」


 おれは街の外を見つめると遠くの方に黒い点々が見えてきた。離れてはいるがあれが軍平糖蟻の群れだ。何とかして困惑する頭をフル回転させるが疑問がそれを鈍らせてくる。


 なんで日にちが違うんだ? とか、囮作戦はどうする? とか。そんな迷っているおれをレイが一喝してくれた。


「ディール! 急いで指示を」


 おれはこの状況からの作戦決行を決心すると皆に指示を飛ばす。


「ここの人達には街の中央、ルミナツリーがある広場で待機してもらう」

「なるほど。私たちが道を塞ぐように守るから必然的に中央が一番安全地帯になるわけね」


 エルが街の人達を安心させるためや状況を理解してもらうために付け足してくれた。それのおかげで少しだけ皆が落ち着きを取り戻す。おれは更に説明を続ける。


「皆が走って撤退している間におれがここで軍平糖蟻を止める。三人はそれぞれの道へ行って戦ってくれ!」


 それからおれは頭の中でさっきのあの少年の姿がよぎった。あの子がもしかしたら家にまだいるかもしれない。


「誰かー小人族の子供でボサッとした髪に、こーんな感じのたれ目の子の家を知らないか⁉」


 おれが指で目の横の皮膚下げてあの子の特徴を再現すると友だちっぽい子が声を上げた。


「ワスコルのことだったら西側の通りに住んでます!」

「分かった。ありがとう!」


 おれは改めて三人に話す。


「想定とは違う形になったけど防衛作戦開始だ! 三人はまず中央でルミナシュガーの袋を貰ってからおれの所にもその袋を持ってくるように伝えてくれ。それからそれぞれの場所へ向かうんだ。それとレイはさっきの子がいないか見に行ってやってほしい」

「僕の加速魔法だね。間に合ってよ……”アジルア”【加速】!」


 そう言ってレイは自らの腿を軽く叩くと、魔法をかけて風を切るような速さで駆けて行った。続くようにエルとバライバも走っていく。


 おれはもう一度軍平糖蟻の群れの方を見てみると、もう数十メートルの距離まで近づいてきている。皆に街の中央へ移動するように伝えると、移動を始めたが、足が悪かったり恐怖を感じたりしているせいか思っていたよりも進みが遅い。


「こっから先はアンタら軍平糖蟻サンはお呼びじゃないんだ。大切な家族を奪われた街の人達のためにも、おれたちのスイーツパーティーのためにも帰ってもらうぞ‼」


 おれは大軍に目掛けて遠距離から魔法で牽制攻撃をしかける。


「”ガンド・ゼレイム”【蒼炎連弾】」


 おれの手から放たれた球状の蒼炎が軍平糖蟻の群れに直撃して何匹かを吹き飛ばしたが、それを気にする様子も進みをやめる様子もない。


「こんなんじゃ止まってなんてくれないか。街に入ってくる前にデカい魔法でもっと吹き飛ばす」


 おれは意識を集中させて魔法を放つ。


「”バーバル・ゼレイム”【蒼炎烈波】」


 蒼炎が扇状に伸びていき軍平糖蟻の前方を炎で覆いつくす。しかし、炎をものともせずに突っ込んできた。やっぱり魔法は効きにくいみたいだ。もう奴らは目と鼻の先。鋭くギザギザした口をカチカチと鳴らしながら近づいてくる。こうなったら魔法での戦闘は諦めるしかない。おれは剣を鞘から引き抜いて近くの軍平糖蟻に斬りかかる。


 おれの斬撃は奴らの硬い外骨格の質感すら感じさせずにスパッと真っ二つに切り裂いた。聖剣ミレニアムの切れ味自体は元々バケモノじみてたけどまさかここまでとは。次から次へと軍平糖蟻を斬り伏せるが数が減っている気がしない。というか奴らは壁を伝いながら歩きやがるもんだから高い位置に行かれたら届かなくなる。かといって魔法で飛ばして変な所に行かれるのも困る。


 それからおれの存在に気付き始めた軍平糖蟻の群れが触角でおれの位置を特定して邪魔ものを排除するために牙をむいてきた。とにかく噛まれなきゃ大丈夫だからそれだけに気を付けて戦うが……。


 十……二十……五十……だああああ‼ 一体何匹いるんだ⁉ もうまともに数えてすらいないが討伐数は軽く百を超えてるはずだ。そもそも二日前に襲撃に遭った時はこんなにいたか? それに逃げてる住民と軍平糖蟻の距離が少しずつ縮まり始めてる。このままだと追い付かれる。


「人間さん! 作戦用のルミナシュガーの袋と援軍を連れてきましたよ‼」

「やっと来たか! こっちに投げろ」


 ようやく囮用の袋と援軍がやって来た。おれは小人族が投げた袋を飛び上がってキャッチすると背中に背負う。


「ほれほれ! どうだ、甘い匂いが漂ってくるんじゃないか?」


 おれがルミナシュガーの袋を見せつけるようにすると奴らは一斉に触角をこちらに向けて迫って来た。作戦通りの反応だ。多分、皆の方も上手くいってるだろ。おれは槍や農具を持って武装した街の住民に指示を出す。


「基本的にはおれの後ろに下がってるんだ、それと何人かは住民の避難の援護や高い位置にいる奴をやってくれ」

「分かりました」


 おれは攻撃の手を緩めずに数を減らしていく。片方の軍平糖蟻の口の中に剣を突き刺し、もう片方の手で威力を弱めたグリンドを放って何匹か宙に浮きあがらせた。突き刺した剣を抜いて今度は宙に浮いた無防備な軍平糖蟻をアーチ状に振りぬいて一斉に斬る。奴らの紫色の血液が豪雨のように降り注いで辺りを汚す。


 前方を見渡してみるが、ここまで戦ってようやく半分減ったってところか? おれは敵の数がなかなか減らない苛立ちから思わず腕を引いて、デカい魂色魔法を撃ちこむ構えを取る。


「いい加減にしろよ! ”大火……”」


 ダメだ! こんな場所でデカい魔法を使う訳にはいかない。だけどもう炎の放出は止まらない。


「クッソォォッ! 止まりやがれぇッ!」


 おれは手を強く握って込められた溢れ出る魔力を一点に集中させながら、一匹の軍平糖蟻目掛けて殴りかかる。おれの拳は蒼い炎を纏いながら軍平糖蟻の頭を打ち砕いた。


 今のは……大量の魔力が一点に集中した結果、とんでもない破壊力を生み出したんだ。思いがけず新しい魔法を手に入れたおれは熱くなりすぎていた頭を冷やすと確実に軍平糖蟻の数を減らしていく。


 攻撃を受けないように気をつけていたがあまりの数に囲まれていたせいで注意が散漫してしまい、横っ腹や足を噛まれた。ギザギザの牙がギリギリと音を立てて肉に食い込んで激痛が走る。おれは歯を食いしばって声を上げないように我慢しながら噛みついている軍平糖蟻を刺し倒す。

 

 動きっぱなしだった長時間の戦闘の末、ようやく北側に侵攻してきた軍平糖蟻を殲滅することに成功した。共に戦った住民からは一時ではあるが歓喜の声が上がった。


「勝てたぞ! 私たちでも魔物に勝てたんだ!」

「これも人間さんのおかげですよ。ありがとうございます」


「ああ。皆が命を懸けて戦ったからだよ。それよりも今はまだぬか喜びをしてる場合じゃないぞ。他の道がどうなってるか確認しないと」


 もう立ち上がる体力なんて残っていないが他の三人の様子を見に行かなきゃならない。おれは北側の見張りを任せて、街の中央へと駆けだす。


 ルミナツリーがある広場には既に街の住民が避難しており、おれたち北側の戦いが終わったことを知ると皆を覆っていた不安の雲が少しずつ晴れていくのを感じた。でも、まだ戦いが終わったわけじゃない。状況を確認すると、レイとエルは既に戦闘を終えてバライバの方へ救援に向かったという情報を得た。


 おれもバライバたちがいる南側へと行こうとしたら、その通りからバライバたちが戻って来た。エルもレイも一緒で無事っぽい。おれは皆の所へと向かう。


「皆、無事か⁉」

「僕らは大丈夫だよ。問題も一切なし。すべての通りの安全を確認した」


 とりあえず作戦の第一段階は成功したみたいで安心した。


「俺の通りによ、群を抜いてでけえ蟻がきやがったもんだからぶっ倒すのに時間がかかっちまったぜ。あれが一番強かったにちげえねえや!」

「私たちが三人がかりでようやく倒せたってところね。あれが指揮官的な存在だったのかしら?」


 今の話を聞く限りだと三人が戦ったのは稀にいる変異個体だろう。軍平糖蟻の女王であればそもそも餌を取りになんて来るはずがない。


「皆が無事でよかった。それで第二段階の準備は?」


 おれがそう聞くとレイが待ってましたと言わんばかりに一緒に戦っていた住民を呼びだした。すると網にかけられた元気な状態の軍平糖蟻が一匹だけいる。


「なんとか一匹だけ捕獲できたよ。ディール、これからどうする?」

「時間を空けすぎたら女王個体が異変を感じて増援を送ってくる可能性がある。おれたちはこのまま休むことなく捕獲したコイツを使って巣を特定する。誰かルミナシュガーをコイツにあげるんだ!」


 正直、おれが一番休みたかったけどこの機を逃したくなかったし、なにより士気が上がっているうちに全てを終わらせたい。そして、おれの話を聞いていたバライバが広場から離れた場所で解放された軍平糖蟻に両手サイズの角砂糖をくれてやる。軍平糖蟻はその角砂糖を牙で掴むと南側の通りを歩き始めた。その様子を確認したおれは三人に対して話す。


「作戦の第二段階、追跡開始だ!」

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