第二十九話 魔宝具と師との出会いⅡ
謎の発明家とのお喋りや作業工程を見るのがすっかり大好きになったバライバは彼が自身の嫌う人間族だということも忘れて毎日老爺の工房へ通っていた。バライバは工房の戸を壊れそうな勢いで開けると今日も老爺に会いに来た。
「ジジイ! いる⁉」
「おお、お前か。そういえば名前をきちんと聞いとらんかったな。名はなんていうんじゃ?」
「名前を聞くならまずは名乗ってからって街のおっちゃんが言ってたよ」
「そりゃそうじゃ! ワシはヒェン=ブレッヒ。しがない発明家じゃ。じゃからこれからはジジイじゃなくてヒェンと呼ぶがいい」
「分かった、ヒェン爺。俺の名前はバライバだ」
「そうかそうか。ドワーフ族のこどもにはまだ姓がないという風習じゃったな。カッコいい姓をもらえるといいの」
それからバライバはヒェン爺をドワーフ族の工房へと連れていき見学をさせてもらえるようにお願いしていた。そこで得た知識や発想をもとにヒェン爺の工房には発明品がどんどん増えていく。
火が吹き出る縦笛に、掘れば必ず何かしらの骨を掘り出すスコップなど。それが役に立つ道具なのかどうかなどはお構いなしにヒェン爺は湧き水のごとく溢れだすアイデアを一つずつ形にしていった。
そんな生活が一年続いた頃、バライバは簡単なお手伝いをするようになった。
「おいバライバ、クォリル鋼を持ってこい!」
「はい!」
「よし、次は四号ハンマーじゃ!」
「はい!」
親に甘えることができなくなったバライバにとってはまるで家族のような絆、今までの発明品を誰にも理解してもらえなかったヒェン爺にとっては慕ってくれるバライバとは師弟のような絆が芽生え始めているとそれぞれが勝手に感じていた。
それから更に数年の年月が経過して、いよいよヒェン爺は次の技術や知識を求めて街を去ることになった。
「どうじゃバライバよ。ワシの旅についてくる気はないか?」
そう言われたバライバはその場で飛び跳ねたいほど喜びたかったが脳裏に父親の姿がよぎる。きっとヒェン爺との旅は愉快なものになるだろうと考えていたが、それでは父親を捨て置くことになってしまう。バライバにとってその苦渋の決断は到底できるはずもなかった。
それを察したヒェン爺は少しの間だけ返事を待ってから話をつづけた。
「ハッハッハ! 冗談じゃよ。バライバじゃまだワシの旅にはついていけんよ。途中で野垂れ死ぬのが目に見えとるわい」
「そ……そうだよな。俺じゃ旅の邪魔だもんな。それに俺にはやらなきゃいけないことだってあるし」
「家族は何があっても大事にしてやらねばならぬぞ」
「分かってるぜ」
街を去る前にヒェン爺はバライバの頭の上に手を置いて言葉を交わす。
「最後にワシとの約束じゃ。ワシの道具はハッキリ言って使い方がワシにもよく分からん! しかし、そんな道具がきっと誰かのためになると信じて、ワシは発明品を作り続ける。バライバも己の成したい夢を持って、いつかワシが腰を抜かすぐらいの立派な職人になるんじゃぞ!」
バライバは今日までの思い出が蘇り、あふれる涙を何度も手で拭いながら答える。
「うんッ……わがっだよぉ」
「じゃあバライバにプレゼントをくれてやろう。受け取れ」
そう言ってヒェン爺は袋から金槌を取り出すとバライバに手渡した。手渡すとき、バライバの手をぎゅっと握る。
「これはここカータナーの街で得た知識と技術の全てをつぎ込んだワシの傑作じゃ。試作品五百八十二号、名を”バンカバーム”‼ 無限の可能性を秘めるハンマーじゃい!」
「うおおおおお‼」
最後に別れの抱擁を交わしてバライバの師匠のような存在であったヒェン爺は街を去っていった。
◆◇◆
「ちょっと長くなっちまったな。まあ今話したのが魔宝具と師匠の出会いだったわけだが……って手前ら何で泣いてんだよ」
バライバの話を聞いていたおれとレイは目から大粒の涙を流して泣いていた。
「だってよお……お前苦労してきたんだなぁ」
「そうだね、本当につらい時にそのヒェン爺って方に会えたのがまるで運命みたい」
「いつかまた会えるといいな。その師匠によぉ」
おれたちが泣いていたことにバライバは困り、その様子を見て呆れていたエルが質問する。
「で、結局魔宝具って何なわけ? エルフの里にはそんなもの無かったし」
「そうだな。ここからが大事なんだがよ、俺自身もあとから知ったんだがその”魔宝具”て呼び名はヒェン爺がつけたものじゃねえんだ。魔宝具自体は道具に魔法の力を無理矢理組み込んだもので、使う時に使用者自身の魔力が消費される。その発動までの過程が問題になった」
エルは今の話を聞いて何かに気が付いたらしく口をはさんだ。
「もしかして、魔力の消費効率かしら」
「流石はエルフ、魔法に精通しているだけあるな。まさしくその通りだぜ。例えば話に出てきた火を吹き出す縦笛なんかが分かりやすいな。赤の魂色を持つものが普通に火を出すのと、縦笛を使って出すのとでは後者の方が圧倒的に魔力を消費する量が多い上に威力もない。メリットとしては魂色に縛られない魔法の力が使えるのが魅力だが、その問題が原因で普通の奴にはろくに扱うことが出来ないわ、魔法で代用可能だわでいつの間にか世間では『宝のように眺めるだけで使い道のない魔力が詰まったポンコツな道具』ってことで魔宝具って呼ばれるようになったわけだ」
正直今の話を聞いた限りじゃ魔宝具が使えないって感じた局面は、いままで無かった。
「でもよ、そのヒェン爺って師匠の夢は果たされてたわけだよな。おれたちの役に立ってたんだから」
「いつか会えたら教えてやらねえと」
魔宝具について聞き終えたあと、おれたちは街を守るための作戦について改めて話し合うことにした。
「それじゃもう一回作戦について話し合おう。この魔宝具の地図を見てもらえば分かる通りこの街は中心にあるルミナツリーへ向かうように十字に道があってそのサイドに建物が点在している」
おれの説明にレイが新たに補足をする。
「街の方々の話によると、軍平糖蟻は全ての方角から十字の道を使ってやって来るって」
「問題はそこだ。どこかの道に戦力を集中させたら別の道の守りが疎かになる。それにこの街にはもう殆ど奴らと戦えるような人が残っちゃいない」
ここまで聞いたタイミングでエルが作戦に感づいた。
「つまり一人で一つの道を担当してそこを専守防衛しろ! ってことね」
「簡単に言えばそうなる。おれたちは互いの力が分かっているから頼めるが、バライバはそれでいけそうか?」
おれがそう聞くとバライバは鼻を鳴らして答える。
「俺だってそれなりには闘えるつもりだぜ。それによ、ルミナシュガーには命を張るだけの価値があるってもんだ」
「分かった。じゃあ作戦はその方向で行こう」
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