第二十七話 この樹なんの樹?
『軍平糖蟻』それがこの街を徘徊していた魔物の正体と名前だ。おれは皆に説明する。
「コイツは軍平糖蟻って名前で本来は森の中とかに生息している魔物だ。昆虫型特有の統率のとれた団体行動にあらゆる魔法への耐性が確認されてる。ぶっちゃけると魔法が効きづらい面倒な奴らの大軍ってとこだな。コイツらは基本的に人間には危害を加えないはずなんだ。だからこそ、こんな街中に出没するなんてまずありえない。理由があるとしたらそれは……爺さん、この街のどこかに大量の甘いもんを溜めこんでないか?」
おれがそう聞くと爺さんは思い当たる節があったらしくすぐに答えた。
「もしかすると街の真ん中にある樹液の事かもしれませんな。あれは特殊な製法によって砂糖になるのですが、そりゃあどの砂糖よりもなめらかで深い甘さと高い栄養価を持つものだよ。それが関係してるのかい旅人さん?」
やっぱりな。おれの考えはビンゴだったみたいだ。
「軍平糖蟻は特殊な触角で甘いもんを感知できる。そして、見つけた甘いもんを好んで食すって習性がある。何が厄介って甘いもんを目の前にすると凶暴性が増すところだ。その樹液がよっぽど美味しいんだか知らないがそれが原因なのは間違いなさそうだな」
「そんな魔物が敵だったのですね。旅人さん、教えていただいてありがとうございます。わしは街の者にこのことを教えてきます」
そう言うと腰の低い小人族の爺さんは家の外へと出て行った。おれは今後のことを話し合うために部屋の奥で隠れていた子供たちの相手をしているエルを呼ぶ。
「さて、これからどうするかだが……」
「なあディール。俺はこの街の連中を手助けしてやりたいんだが良いか?」
「どうしてだ? 旅の足を止めることになるぞ」
「さっきの話を聞いて、その砂糖がどんなもんか気になっちまってな」
他人事など我関せずって感じのバライバがいつもと妙に違う態度をとっていることに不思議に思ったが何かに感づいたエルが横やりを入れる。
「もしかしてあなた、その砂糖が欲しいから恩を売ろうって算段ね」
「そういうことだ。いくら欲しいつっても街を不幸にしてる原因のものをむやみやたらとくれなんて言えねえからよ。だったら悩みの種ごと取り払っちまってあわよくばタダでもらえると思ってよ」
バライバは子供たちの所に行くと砂糖の場所はどこか聞き出して台所から目当ての砂糖を取り出した。一つまみして口の中に放り込むとバライバはニヤッとした。
「コイツはとんでもねえ砂糖だ。魔物の蟻が血相変えて求めるのもうなずけるぜ。それにこの白さと甘さは……ディールよ俺達も街のド真ん中にあるって件の樹に行ってみようぜ」
おれたちは街の樹を調べるために家を出て行った。確かに街の真ん中には一本だけ広葉樹が生えていた。近くに行ってよく見てみると、幹は穴だらけでそこから透明な樹液が流れている。
「これが問題の樹だね。どうするディール」
「おれとしてはすぐに解決させるなら樹を丸ごと切っちまえばいいと思うんだが……」
「それだけはエルが許さないだろうね」
おれとレイがゆっくりエルの方を見ると考えを見透かされていたのかエルが静かに怒りを見せる。
「二人とも、まさか樹を切ろうなんて考えてんじゃないでしょうね? 私はエルフとして反対よ」
「俺も反対だぜ。こいつを切っちまったら砂糖が作れねえじゃねえか」
エルとバライバに反対された以上、別の方法で問題を解決しなきゃならない。頭を悩ませているとさっきの爺さんが他の街の人を連れて歩いていたのでバライバが呼び止めた。
「なあ小人の爺さんよ、この樹の名前を知ってるか?」
「おお旅人さん、まだいらしたのですね。この樹の名前はルミナツリーですよ」
「こりゃあ運がいい。ありがとな、もう行っていいぜ」
「そうですか。もし何かあったらさっきの家におるのでまた来てくださいね旅人さん」
樹の名前を知ったバライバはどこか嬉しそうな表情をしている。
「どうしたんだバライバ?」
「コイツはすげえぞ。ルミナツリーから出来る砂糖は”ルミナシュガー”と呼ばれて幻の調味料だ。精製方法が複雑だから滅多に市場に出回らねえし価格も金貨数枚分ときた。そんだけ特別な砂糖だ。俺は意地でもコイツが欲しい」
バライバが追い打ちをかけてきた。
「ルミナシュガーがあればもっと美味い料理を作ってやれるし、デザートも追加してやる。これでどうだ?」
おれとレイは目を輝かせて返事をした。
「「乗った!」」
樹を切らずに軍平糖蟻を何とかすることに決めたおれたちはさっきの爺さんがいる家に向かった。扉を開けると爺さんや子供たちがいた。
「ありゃ旅人さん。どうしましたか? もう旅に出られるのですかな」
「いや、そうじゃない。一つ提案があって来た」
おれは爺さんに街を助ける代わりにルミナシュガーが欲しいことを伝える。
「おれたちが軍平糖蟻をなんとかしてやる!」
「今なんと……あの魔物を何とかしてくれるのですか⁉」
バライバが条件をつきつける。
「その代わり、この街のルミナシュガーを大量にくれ!」
「おおそれでいいのならいくらでもあげましょう。わしから街の者に相談してからではありますがその提案は簡単に通ると思いますよ。感謝します旅人さん」
おれたちの話が聞こえたのか子供たちがこっちに駆け寄ってきて声をかけてきた。
「旅人さんたちがあの怪物を何とかしてくれるって本当?」
「ん? そうだぞ。おれたちが軍平糖蟻をぶっ飛ばしてやる」
「で、でもねこの街の大人が……パパたちがみんなで戦ったのに勝てなかったんだよ‼ みんな死んじゃったんだよ‼ それなのに勝てるの⁉」
そうだったのか。どうりで街に出た時に子供や老人しかいなかったわけだ。街の若い大人がいないと知ったレイたちは一瞬暗い表情をしたが、おれは言葉を返した。
「勝てる。お前らの親の仇を取ってやるから任せとけ。おれたちは強いからな!」
「わぁ! ありがとう旅人さんたち!」
子供たちは頭を下げると部屋の奥へと戻っていった。改めて街のことを頼まれたおれたちは作戦を練るために街を歩いて地形などを調べることにする。
街の形状は十字に道が伸びていてその中心にルミナツリーがある。
「なあエル、あの辺の屋根から矢で射るのはどうだ?」
「悪くはないと思うけどカバーできる範囲が限られちゃうわ」
レイが一つ提案する。
「ならルミナツリーの上から援護してもらうのは?」
「いや、正直軍平糖蟻を出来る限り街に近づけたくない。おれたちが戦闘することで街に被害が出て家屋に隠れてる小人族が襲われるかもしれない」
街を壊したくないということを知ったバライバが落ち込むようにつぶやく。
「それじゃ今回俺の魂色魔法は出番がなさそうだな」
「あら珍しい。魔法が苦手なドワーフ族でも使える者がいたのね」
「あ? まあ完璧ってわけじゃねえがある程度は使えるぜ」
そういえばドワーフ族の魂色って何色何だっけ? おれは気になってバライバに聞いてみる。
「バライバの魂色は何だ?」
「ドワーフ族は茶色の魂色だ。魂色魔法については……また今度だな。今は作戦を考えろよディール」
街を一通り見て回ったおれたちはさっきの爺さんの家に戻った。爺さんは他の街の人から了承を得たらしく、作戦会議の場として街の人達が集まって話し合う集会所をいつでも使えるようにしてくれた。爺さんに連れられて集会所へ着くとそこには他の街の人達が集っていた。おれたちの姿に気付くと小走りでこちらに来ておれの手を取る。
「あなた方が魔物を討伐してくださる旅人どのですか⁉」
「そうだ。おれたちに任せてほしい。だけど、戦闘以外で今回の作戦に関して困った事や手伝って欲しいことがあったらアンタらにも遠慮なく手を貸してもらうからな」
「そういうことならお任せください」
街の人達は集会所について簡単に説明してくれた後、日が暮れたのでそれぞれの家へと帰っていった。おれたちは今日得た情報を整理するために長机に座る。
「皆、この街を守るための作戦を決めよう」
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