第十九話 兄弟の約束
おれはベイゴと一緒にルジの弟がいるという鍛冶場にやって来た。ちょうど休憩中だったみたいですぐに会うことが出来た。名前はバッジで額に付いた汗をぬぐいながら本を読んでいた。おれは机を挟んでバッジの向かいに座ると、声をかけた。
「アンタがバッジだな」
「えっと、どなた様でしょうか?」
厳つい見た目に反して随分と柔らかい反応にびっくりしたがおれはすぐに自己紹介した。
「おれの名前はディール。今は訳あって九班に一緒に仕事をしてるんだ」
「九班ですか……」
おれが九班という単語を出した途端バッジの表情が明らかに曇った。
「つらいことを無理に思い出させたいわけじゃないんだけど、アンタの口から聞きたいんだ。ルジの事を」
「ハハ、珍しいですね。死んだ人のことを聞きたいなんて。でも、私自身も兄さんの事を誰かに話すなんてことはしたことが無かったからいいですよ。なにせみなさん変に気を遣ってましたからね。兄さんとの思い出がよみがえるならこの際、何でも聞いてください」
それからおれはバッジにルジについて出来る限り聞いてみた。兄のことを語るバッジの表情は次第に明るくなっていた。
「兄さんがチャグマ鉱山で採掘の組頭に弟子入りが決まった日、一つ約束をしました。兄さんが採ってきた鉱石で私がいいものを作ると。結局は叶いませんでしたけど」
「仲が良かったんだな」
「そうですね。あの日の約束は当たり前のように訪れると思っていました」
「兄さんは”天才”とか呼ばれていましたけど、本人はそう呼ばれるのがあまり好きじゃなかったみたいです。街の人は誰も知らないでしょうけど兄さんはいつも家に帰ってからも採掘技術に関する書籍を片っ端から読んだり、どのルートに行けば最も安全で珍しい鉱石が採れるか頭を悩ませていたんです。ある日、兄さんに『どうやったらあれだけの鉱石を集められるの?』って聞いたことがありました。そしたら兄さんは『そんなのはひたすら当たるまで掘り続けるだけだ。必要なのはめげない”忍耐力”と誰も採掘していない場所に行く”勇気”』と答えてくれました。それと『結局、忍耐力と勇気はみんなが持ってる。俺は他人よりも諦めが悪いだけ』とも」
忍耐力と勇気。つまりルジはただの天才なんじゃなくて仕事に熱心に向き合う一人のドワーフだったんだ。おれがそろそろ九班の所に向かおうとしたらバッジが最後にルジの九班への胸中を話してくれた。
「兄さんは常に九班のみなさんを気にかけていました。『あいつらは一見だらしなく見えるけど、忍耐力と勇気は誰でも持っているものだからそれに気づけたら立派な採掘師になれる。今はまだ環境に甘えているだけ』だと。ディールさん、作業が終わったら是非、兄さんの墓参りに来てください」
「ああ! 九班の連中も連れてくよ」
「よろしくお願いします」
「休憩時間に悪かったな。また後で」
おれはバッジやベイゴと別れて九班の元へ駆け足で向かった。九班用の道具置き場に入ると連中はいつも通り朝っぱらから酒を煽りトランプで遊び惚けていた。おれはこみあげてくる怒りを抑えて早く準備をするように急かした。九班の連中は相変わらずブツブツ言いながらも準備だけはしっかりしてチャグマ鉱山へと歩いて行った。おれは道中ブッチに話しかける。
「今日こそはナボム鋼を……いや、珍しい鉱石を一つでも持って帰るからな!」
「はぁ……好きにしろ。お前もよく飽きんな」
第十八ブロックへ到着するとおれはいつもとは違う奥深くまで進んで行く。どんどん進んで行くおれを九班の連中は冷ややかな目で見ていたがお構いなしにおれは手を付けられていなさそうな場所を見つけるとひたすら掘り続けた。ひたすら壁を掘り続けて腕がきつくなってきて諦めそうになったがバッジの言葉を思い出す。忍耐力と勇気。おれはバッジとその兄ルジを信じて全く変化のない眼前の壁を相手につるはしを振り下ろした。
時間は無情にも流れていき、いつも通り作業時間の終了を告げる鐘が鳴る。九班の連中が引き上げるためにおれの所へやってくるがおれは諦めずに無視して作業を続ける。早く引き上げたいブッチはおれの腕を掴んで無理矢理止めてこようとする。
「おいガキ! 今日も終わりだ。さっさと帰んぞ」
「おれは帰らねえぞ。ルジの言葉を証明するまではな!」
「どういう意味だ⁉」
「アンタらはルジの何を見てたんだよ‼ ルジの努力に甘えてただけだろうが⁉」
九班の連中は呆れておれを置いて帰ろうと支度を始める。しかし、何かに気が付いたラララがおれを通り越して別の場所で作業を再開した。
「帰るんじゃなかったのか?」
「ん~そう思ってたんだけどね。なんかさ懐かしい感じがするんだよね」
ラララが作業を再開したのを見たポンガの爺さんもまた道具を手にして同様に作業を再開させる。
「懐かしく感じるのはあれじゃろ。ルジが初めて金を掘り当てた日」
「ありましたね~。あの日はオレたまげちゃったもんな~。ブッチ先輩がさっきみたいに採掘成果が0の時に班長のルジさんに帰ろうって提案したら初めてルジさんが怒ったんすよね~」
「そうじゃそうじゃ。『鉱石の一つでも見つけない限り俺は帰る気は一切ない。仕事に誇りが持てない奴は綺麗な道具だけ持って帰ればいい』と一喝しとったな。素人の人間の小僧に負けてなんぞおれるか! 久々にやってやるわい」
気が付くとグーダも黙々と作業を再開させていた。だけど近くにブッチの姿は無い。それにしても他の三人はいつも時間通りに帰っていたのに今日はおれに付き合ってくれているのか一緒に作業をしている。静寂の中でただつるはしが壁を叩く音だけが響き渡った。おれは力を振り絞って振り下ろすと削れた壁の一部に明らかに岩や石じゃない色の何かが見えてきた。おれは思わず声を上げる。
「来た!」
おれの声につられて他の三人が見に来る。注意深く確認したラララが鉱石の種類を判別する。
「これは……デルコラ鉱石だ~! 準希少鉱石っすね」
「ほーということは当たりみたいじゃな!」
「ってことは⁉」
「待つんじゃ。いくら希少な鉱石でも基準を満たしていなければ意味がない。掘り出してみんか、ほれ!」
おれはラララに教えてもらいながら丁寧に都度道具を変えて掘り出す。手に入れたデルコラ鉱石という名前の石は想像よりも大きく両手いっぱいでズシリとしっかりと重さも感じた。少し濁ったような水色の宝石の原石みたいだ。おれは震える手で鉱石をラララに見せる。
「基準は…………OKみたいっすね~。おめでとう~」
「やりおったな小僧」
九班の皆が自分の事のように喜んでくれている。グーダも何も喋っていないがその顔は優しい笑顔で溢れていた。そんな皆の表情を見て、おれはようやく自分が成し遂げたことを素直に喜べた。
「よっしゃー! 見たかよ、やっぱりルジの言葉は本当だったんだ! おれは証明してやったぞ、バッジ‼」
「そういえばディール君が言ってるルジ先輩の言葉って何? ずっと気になってたんだけど~」
「バッジに教えてもらったんだ。ルジは採掘の天才じゃなくてひたすら努力を続けてきただけだって、それを可能にするのは”忍耐力”と”勇気”なんだ。だからおれはこんな奥まで来てこうやって見つけられた」
「なるほどね~。ルジ先輩がそんなことを」
「おれはアンタらに見せてやりたかった。ルジは才能があったから活躍したんじゃなくて努力を続けたからだってことを。それにおれに出来たってことはアンタらなら余裕で出来るだろ⁉」
おれがそう言うと三人は顔を見合わせてからおれの方を向いてニヤッとする。
「ほぉそれはわしらへの挑発と受け取っていいんじゃな?」
「久々にやる気出てきたな~」
「うおおお‼」
おれの挑発的な言葉に触発されてやる気を出したのか三人はすぐにルートの更に奥へと進んで行った。というかグーダの奴も吠えてたぞ、無口なだけだったみたいだな。おれも負けじと他の三人の後について行った。しばらくした後あちこちから喜びの声が聞こえてきた。多分皆が鉱石を掘り当てたんだろう。おれも負けてられない、あれから四つだけ見つけた。どれも種類は全く分からないけど。おれは一旦合流するために三人のいるところへ向かった。少し離れた位置からでも見て分かるぐらい大量の鉱石を手に入れていた。今までサボってたくせに確かにやれば出来るみたいだな。
「流石はドワーフだな。おれなんてこれしか見つけられなかったよ」
「舐めてもらっちゃ困るぞ小僧。こちとら採掘師になって今年で五十年目じゃ」
「そのうちの何年サボってたんだか」
おれが皮肉をこめてそう言うとポンガの爺さんは笑いながら返す。
「ハッハッハ確かにのぉ。こんなに採掘が楽しいと感じるなんて何年ぶりじゃろうか。ルジがおった時でもこんなに楽しかったことは無かったわい」
「あっ! それはオレもっす」
きっと今まではルジが見つけた鉱脈で掘っていただけだから自分の力を使って作業をしていた感じがしなかったんだろう。だけど今日は違う、誰にも頼らず自分の手で足でこれだけの鉱石を手に入れたんだ。
「今ならルジ先輩がなんであんなに採掘に熱を入れてたか分かる気がするっす」
「そうじゃの、種族のためとか家族のためとかを考える以上にやっぱり楽しいのぉ採掘は」
「それとこれだけあれば規定のノルマも達成できそうっすよ」
皆が久々の成果に喜びを分かち合っている中、おれは大切な目的を思い出す。
「そういえば今採ってきた中にナボム鋼ってあったか?」
「あ~確認した感じは残念ながらなさそうだね。ごめんね~見つかんなかった」
ダメだったか。折角これだけ集まったのにナボム鋼は一つもないなんて、ついてないな。肩を落としているとこれまで姿が無かったブッチが袋を担ぎながらやって来た。
「おいブッチよ、今の今までどこをほっつき歩いとったんじゃ‼」
「ハッ! 俺はこの九班の班長だぞ。お前らとの……特に人間との格の違いを教えてやるために一肌脱いできた所だ。見ろこの袋をこの中には大量の鉱石が入ってるんだよ。どうだガキ、これが本気を出したドワーフの実力だ」
ブッチが片方の眉をクイッと上げて自慢げに話しているのを見たおれは何も言わずにただ拍手だけした。おれの拍手を聞いたブッチは満足したのか洞窟中に響きそうな笑い声をあげながら指示を出す。
「よーしそれでは今日は大量の成果がでたから合流ポイントに向かってトロッコで運ぶぞ。ついてこい」
「あそこに行くのもひさしぶりっすね」
「そうじゃの。そういえばわしは疲れたからグーダよお前さんがわしの分も運んでくれ」
おれも荷物と鉱石を抱えて合流ポイントとやらに行くために皆の後をついていく。
読んでくださった方ありがとうございます。よろしければブックマークと評価をお願いします。