第十七話 彼のいなかった一週間
おれはバライバが店でナボム鋼を買っていくのをこの目で確認すると、こそこそとバレないように後をつけていく。バライバはどこに行くつもりなんだ? こっちはあいつのアトリエじゃないはずだ。追いかけていると、バライバは墓場に向かった。茂みに隠れて様子を窺っているとここからでは聞こえないがとある墓石の前で手を合わせて何やらつぶやいているみたいだった。その顔はおれが初めて見るバライバの微笑みだった。バライバがナボム鋼を手に取ったところでおれはここ数日の疲れが祟ったのか身体がよろけて転んでしまった。そこをバライバに見られてしまった。しばらくおれたちの間に謎の緊張感とともに沈黙が流れた。おれはこの重い空気を破るために口を開いた。
「あちゃ~バレちまったか」
「『バレちまったか』じゃねえよ⁉ 手前何でここにいるんだ。それになんでそんなに怪我だらけなんだよ⁉ さっさと治療しねえと死ぬぜ」
バライバが少しだけおれの心配をしてくれたことが嬉しかった。
「おれの事なんか今はいいんだよ。それよりそのナボム鋼はどうするつもりなんだ?」
「どうせ教えねえとしつこく聞きまわすんだろ。こいつはなドワーフの伝統的な墓参りなんだよ。亡くなった者が生前最も愛していた鉱石を粉々に砕いて墓石に振りまくのさ。あの世でも寂しくねえようにな……」
「今は誰に祈りをささげていたんだ?」
「俺のお袋だよ」
そういえばダマヤの村が焼かれて、皆が死んで、おれは一度もあの故郷だった場所に戻っていないから4年経った今もきっと誰にも弔われていないんだろうなって心が苦しくなった。できることならあの場所に戻って皆のお墓を建ててやりたい。だけどそれは今じゃない。成すべきことを成してからのはずだ。
おれは少し離れたところからバライバがナボム鋼を砕いて墓石に振りまくところを見ていた。一通りを終えたバライバにおれは再びにんまりとした笑みを浮かべながら声をかける。
「どうだった今日のナボム鋼は?」
「どうって別にいつも通りだが。おい、手前なんでにやついてんだよ。気味が悪いぜ」
「そうかそうか、いつも通りだったか」
おれが鼻高々としながら笑うとバライバは何かに勘付いたみたいだ。
「もしかして、その身体中の怪我は……手前がこれを掘りに行ったのか⁉」
「さあ? どうでしょう」
バライバは信じられないってのと呆れたってのが入り混じった複雑な表情でおれをみつめる。
「手前、何のつもりだ」
「おれはさ……アンタに言われたことをずっと考えてたんだ。剣の手入れなんてものは当たり前で、それを自慢げに見せたところでドワーフ族の職人の苦労なんて欠片も理解できるわけなんてなかったんだ。だったらその仕事をやってみればドワーフが作業の一つ一つに命を懸ける理由が分かる気がしてな」
「だからってこれは……」
バライバがここまで驚くのも無理はない。おれがナボム鋼を採るのにどれだけ大変だったか……。
時は遡ること一週間。おれが鉱石屋に訪れてバライバがナボム鋼をいつも買っていくことを聞いた後だ。おれはバライバに心を開いてもらうとか近づきたいとかって気持ちも持っていたけどそれ以上にドワーフの事を知りたいと思った。上手く説明できないんだけどそれをすることが必要な気がした。
おれは自らの手でナボム鋼を手に入れるために街に隣接している鉱山にやって来た。ここはチャグマ鉱山という名前でフォルワ大陸のアルテザーン地方最大の鉱山らしい。見た目だけだとただの山と変わらない気がするが鉱夫やドゴの話によるとドワーフは鉱山の近くに街を作り、資源を掘りつくしたら次の鉱山を探して住む場所を変えるそうだが拠点をこのチャグマ鉱山にしてからはもう百年近く移動はしていないそうだ。
入り口近くのドワーフにナボム鋼を採りに行きたいってことを話すとベズという名前の鉱夫はまともに取り合ってくれなかった。
「無理を言っているのは分かってるんだ。だけど頼む、おれにナボム鋼の採り方を教えてくれ!」
「あのなぁ人間の坊主よ、ナボム鋼なら確かに珍しいけど店には売ってるんだぞ。それを買えばいいじゃねえか。ほら、あっち行った行った!」
おれは諦めずに食い下がる。
「それじゃダメなんだよ。このナボム鋼一つがドワーフの族長を助けるきっかけになるかもしれないのに」
「おめえ何言ってんだ?」
おれがしつこく頼み込んでいると横から別の鉱夫が話に入り込んできた。
「そのガキを第十八ブロックまで連れていけ」
「なっ……⁉ 組頭じゃないですか。なんでこんな坊主を俺達の職場に連れて行かんといけないんです」
「ドゴの奴からの頼みだ。そいつにドワーフの仕事を教えてやれってな。とはいえガキ一人に人員は割けねえ、九班の連中を子守りにつけてやれ」
「ですが組頭! 第十八ブロックは一番とは言いませんがそれなりに危険な区画です。それに九班の連中じゃ流石に荷が」
「あいつらは確かに問題があるかもしれねえが、それでも立派なドワーフ族の鉱夫だ。それに仕事がこなせないようならここで働いている意味は無い」
組頭と呼ばれた男に命令されたベズはスタコラと走ってどこかへ行ってしまった。強面な組頭はおれを見つめると声をかけてくる。
「ドゴから大体の話は聞いた。俺も組頭として族長にはどうにかして復帰してもらわねえといかん。俺達がいくら石を採ってこようが加工する奴がいないと話にならんからな」
「アンタらの期待に応えられるかは分かんないけど、賭けてみる価値があったって思わせてやるよ」
おれは組頭にその場で待つように言われたから待機しているとベズが九班らしきドワーフを連れてきた。数はベズをのぞいて四人いる。なよなよしていてなんだか頼りなさそうな連中だ。四人のうちの一人がベズに悪態をつく。
「おいベズ! これは一体どういうことなんだ。説明しやがれ」
「だからさっきも言ったろう。ここにいる人間の坊主を子守りしながら第十八ブロックで作業して来い」
「こんな横暴が許されるか! それに人間を作業場に入れるなんて」
「万年サボってるお前ら九班が逆らおうってのか? 今度こそクビにされるぞ」
「ムギャー‼ 仕方ねえ。ほら人間、ついてこい!」
そう言うと悪態をついていたドワーフはおれの胸ぐらをつかんで洞窟の入り口へと連れて行く。
「自分で歩けるから離せって」
「フンッ! 今日はサボって飲みに行こうと思ってたのにな。人間のせいで……」
「そら悪かったな。それとおれは人間だけどディールって名前があるんだ。せめて名前で呼んでくれ」
半ば無視されながらも九班の後ろについていく。採掘場の中に入る前に近くの錆びだらけのボロ小屋に入った。そこは簡易的な小屋で九班の連中は愚痴をブツブツと言いながら身支度をしている。机の上や床には仕事には関係の無さそうなトランプや酒瓶などが転がっていた。もしかしたら命を預けることになると思ったおれは四人の事について聞いてみる。
「アンタらの事は何て呼んだらいいんだ?」
「ン? 俺らはな……」
おれが聞くと意外にも素直に教えてくれた。左からさっき悪態をついていたのがブッチでその隣のガシッとした体格でボーッとどこか見つめているのがグーダ、背丈が低く他の三人と比べて年老いているのがポンガ。最後に髭を綺麗に剃って髪を丁寧に編み込んで耳に宝石のピアスをつけているチャラチャラしてオシャレそうなのがラララ。確かに個性は豊かというか一緒にいたら疲れそうな奴らばっかりだ。おれが名前を忘れないように頭の中で復唱していると、ブッチが他の箱を漁って中から何かを取り出し、おれに近づいて手渡した。
「これは?」
おれがそう聞くとブッチが面倒くさそうにしながら答える。
「鉱山で作業すんだ。そんな薄っぺらい服じゃすぐに怪我すんぞ」
おれはちょっとばかし汚れと臭いが気になる黄土色のつなぎに着替えるとその上からさらに革の胸当てを装着した。着替える時に置いておいた剣を再び腰に戻すと、突然後ろから服を引っ張られる感覚がする。ちょっぴり驚いて振り返るとさっきまで一言も発していなかったポンガがおれの胸当てを締め直してボソッと呟く。
「坊主、採掘は遊びじゃねえんだ。気を引き締めな」
「あ、ありがとうなポンガの爺さん」
おれが礼を言うとポンガの爺さんはおれの背中を一発優しく叩いて外に出て行った。他のドワーフたちも準備を終えると続々と各々のつるはしを持って小屋を出て行く。最後にラララが机の上の物をどけて採掘用の道具を置いた。ハンマーやタガネ、他にはルーペとか磁石があった。多分どれも採掘用の道具なんだろう。部屋は荒れていて汚かったが道具だけはまるで新品とまではいかないが綺麗な状態で保たれていた。確かに道具は大事にしているみたいだ。
「ほら、ディールちゃん。今日は見学だか体験だか知らないけどさ、一応新入りなんだから荷物半分くらい持ってってよ。よろしくね」
ラララはそう言い残すと机の上の道具を半分持って出て行った。おれも置いていかれないように荷物を抱えて外に出た。
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