第十六話 鉄は熱いうちに打て
おれは鬼気迫る表情で店主にあることを訪ねた。
「バライバはいつもここに材料を買いに来るんだよな」
「そうだな。毎週買いに来てくれる常連だよ」
おれは前のめりになって更に詳しく聞く。
「あいつは何の金属を買ってくんだ?」
「えーっと確か昨日は……日光を浴びると赤色に変わるナボム鋼をいくつかと柔軟性のあるクォリル鋼を大量に買ってったよ」
「またそれを買いに来るか?」
「どうだろうな~あれだけ買っていけば当分必要ないだろうし……いや、待てよ。ナボム鋼ならまた買いに来るかもな。あれだけは買い占めるほど数が入ってこない珍しい品だから毎回買っていくんだよ」
「そうか、教えてくれてありがとう!」
おれはそう言い残してその場をあとにした。
◆◇◆
「あの変な野郎はいつまで俺のアトリエに来る気なんだッ?」
空が夕焼け色に染まった頃、バライバは眉をひそめ、頭をポリポリと掻きながら毎日しつこくやって来るディールの事について考えていた。解決しないことを考えても脳内で堂々巡りなだけだったため彼は新しい作品についての構想を練りながら帰路につくことにした。
「次はクォリル鋼を使った作品にしてみっか。アレを使えば面白くなりそうだ」
次の作品の構想を練り固めたバライバは父と二人で住む家の戸を開ける。机の上に自身の商売道具である金槌を置き、父のいる部屋へと行く。バライバの父は街の職人が作った車椅子に座っていた。元は優秀な鉱夫であったが不慮の事故により奇跡的に生還を果たしたが、下半身不随の状態になってしまった。また脳にも後遺症が残り記憶が曖昧になっている。
「親父、帰ったぞ」
「ん? あーおぅ……おかえりバライバ」
「今日は忘れてねえな。明日も一人息子の名前ぐらい忘れんなよ。すぐにメシ準備するから待ってろ」
「ごはんなら母さんに頼めばいいじゃないか」
「親父……お袋ならとっくに死んでこの世にはいないって言ってるじゃねえか」
バライバは記憶が混濁している父に対して強く言うこともできず、かといってなだめるような優しさを見せることもできず、ただただ何の感情も乗せずに吐き捨てるように返した。
「そうか……そうだったな。そういえば今日は何を作るんだ?」
「今日はいい肉が買えたからな、ホラ牛のテールスープにするぜ。楽しみに待っとけよ」
父との会話を終えるとバライバはキッチンへと向かい見事な手際で料理を進めていく。具材を細かく切り、水の入った鍋に入れて火をかける。そこに調味料を入れてかき混ぜる。しばらく煮込んでから味見をするバライバ。言葉にはしないが口角を上げ、上出来という顔をしている。ホラ牛の肉から染み出す濃厚なうまみと野菜のエキスが混ざって素晴らしい一品に仕上がった。
「メシの時間だぜ。親父、席についてくれ」
バライバは出来上がった料理を机の上に並べる。
「今日も美味そうだな」
「じゃあ食べようぜ」
二人は美味しそうに料理を食べる。食事中、父がバライバと話す。
「最近はどうなんだ? 上手くいってるのか?」
「この間も高値で売れたぜ。これで暮らしていくには困らないぐらいの金は溜まったな。使いすぎには注意だけどよ」
「それならいいけどな。姓も早く貰えるといいよな」
「そんなのすぐに貰えるって。バルキス族長が元気になればすぐにでもな」
料理を完食したバライバは皿を片付けると次に父を部屋に連れて行きベッドに寝かせる介助をする。バライバは一日の最後に自身の机の上に様々な道具が描かれた設計図のようなものを開き頭を悩ませながら寝落ちするまで設計図に情報を書き込んでいた。
翌朝、早くに目覚めたバライバは朝食の準備をしてから父を起こしに行く。朝食を取り終えてからいつも通り彼自身のアトリエへと足を運ぶ前に街のはずれにある墓場まで来た。淡い赤色の金属で作られた墓標の前に膝まづくと地面にナボム鋼を置き、いつもの金槌で力の限り叩いて粉々に砕いた。バライバは粉々になったナボム鋼を掬うと墓標に向かって数回に分けて振りかけた。そして最後に目を瞑り手を合わせて祈りを捧げる。
「お袋、俺はしっかり頑張ってるぜ。だからこれからも安心してあの世から見守ってくれよ。それとな聞いてくれよ……最近、変な人間が付きまとってきやがんだ。名前は確か……ペールいや、ジュールだったか? まあ名前なんてどうでもいいんだけど。これがまた相当な変人でよ。他種族のくせにドワーフの事に勝手に首を突っ込んでくるんだぜ⁉ ありえねえ野郎だよ」
墓に眠る母に一通り話したいことを話したバライバは立ち上がり、膝に付いた土を払うとポツリと呟く。
「昨日はちっとばかし言い過ぎたかもな……馬鹿だけど悪い奴じゃなさそうだしよ。いやあ人間なんてのはどいつもこいつも似たような奴らばっかりだ。この目で見たはずだろうが」
墓場をあとにして彼はアトリエへと向かう。アトリエに着いて早々バライバは炉に火をつける。クォリル鋼を熱して腰にぶら下げていた金槌を使って自由自在に形を変えたりクォリル鋼同士をつなぎ合わせたりして自身の等身大程の樹に絡みつく大蛇のようなモニュメントを淡々と作り上げていく。出来上がった作品は傍から見れば蛇の特徴をとらえていて完璧に見えるのだがバライバは納得がいかないようで金槌を手に呪文を唱える。
「”マジャラ・ガ”【破砕の鉄槌】」
金槌はみるみる形状を変化させていき彼の背丈より大きい巨大な金槌へと変身した。バライバは柄の端っこを両手で握ると力の限りぶん回して先ほど作ったオブジェクトにヒビを入れる。辺りには地面を伝って内臓まで届きそうなほどの大きな金属音が鳴り響いた。バライバは手を緩めることなく自らが作った作品を顔色一つ変えずに壊していく。気づけばオブジェクトは跡形もなくなり、ただの金属の破片だけが地面に転がっていた。
「失敗だッ! 次はどうするか……これは、使えそうだな。こっちは……ダメか」
バライバは使えそうな金属片を拾い集めると新しいクォリル鋼とともに再び熱して別の作品を作っていく。
「だあああぁ! さっぱりダメだ。最近妙に調子が出ねえぞ⁉ やっぱりあのポールだかギールだかいういけ好かねえ人間が来たせいだ」
その日は結局、太陽が沈むまで納得のいく作品が作れなかったためバライバはイラつく気持ちを抑えながら父の待つ家へと帰っていった。ディールを強く突き放した日以降、彼がバライバの前に姿を現すことはなくただただ日が経過していた。
一週間ほど経った頃、バライバはいつもの金属店に立ち寄ると作品に使えそうな金属を探してはいくつか選び、最後に母親へお供えするためのナボム鋼を購入する。
「今日はこれとこれと、いつものナボム鋼を買ってくぜ。いくらだ?」
「ダッツ銀貨が3枚にバシート銅貨が5枚だな」
バライバは薄汚れた絹の袋から硬貨を取り出すと店主に渡した。
「まいどあり! また来てくれよ」
「わーってるって」
バライバが店から出るとその背後を誰かがついていった。
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