第十三話 誰よりも鍛冶を愛する漢
おれたちは住処へと向かう道中、ドワーフの族長についてドゴから話を聞いていた。
「変わったって何があったんだ?」
「ドワーフ族は代々、最も腕のある者が族長になるしきたりだ。当然うちの族長も実力から選ばれた。ドワーフの歴史上、最高の武器職人と呼ばれている。しかし、ここ数年突然金属を打つのをやめてしまったのだ」
「理由は?」
おれがそう聞くとドゴはこちらを見ながら首を横に振った。
「組頭連中全員に聞いてみたが誰も知らんかった。最近じゃ顔も出さんようになっとる。もしかするとスランプかもしれんからお前さんの持っとる剣を見せれば元気になるかもと思ってな」
ドゴは歯をむき出しにしてニッコリと笑いながら言った。おれもにこやかに返す。
「そういうことならお安い御用だ。いくらでも見せてやるよ」
しばらく話しているとドワーフが住んでいるという洞窟に着いた。中に入ると壁に松明がかけてあっただけなので少しだけ薄暗かった。それを気にしたレイが袋から魔宝具の燭台を取り出し、ロウソクをさすとひとりでに火がついて周囲が少しだけ明るくなった。
「これだけ薄暗いと部屋の中は松明だらけなのかい?」
レイが壁に触りながらドゴに聞く。ドゴは笑いながら答える。
「ガハハ。坊ちゃんよ、部屋の中にはな、お天道様みてぇに明るくて自然に発光する”サンサン鉱石”てのがあるんだよ。しかも便利なことに寝るときは鉱石を強めにぶっ叩くだけで明かりを消せるんだ。切り替え可能で便利なんだが、数が取れねぇもんで中々商品として世に出すのは無理なんだがな」
「それは知らなかった!」
「あとで見せてやるよ」
レイは今聞いたことをせっせと手記にメモしていた。それ以外にも気づいたことには相変わらず手記に記入していた。随分と奥まで進んだところでようやくドゴが足を止めた。
「ここがバルキス・アレキサンドの……我らが族長の部屋だ。俺達でもまともに取り合えないんだ。あまり期待するなよ」
おれたちは力強く頷く。少しだけ緊張してきた。エルフの女王に会った時だってあれだけ緊張していたんだ。今回は捕まっていない分いくらか落ち着いていられる。ドゴが扉を開けようと取っ手に手をかけた瞬間、部屋の中から誰かが怒鳴り散らしていた。
「族長の大馬鹿野郎! この頑固頭の分からず屋で偏屈ひねくれジジイ‼ もう手前の事なんざ知らねえ」
「やれやれ、またあのガキが来やがッ⁉」
ドゴが扉を開けている途中に部屋の中からドワーフが出てきてドゴは勢いよく開いたドアと壁に挟まれてサンドされてしまった。レイが急いで近くに駆け寄って心配する。
「大丈夫ですか?」
「ドワーフってのは頑丈なんだ。これぐれえ何でもねえよ。そんなことより早く族長に会おう」
おれはさっき部屋から出て行ったドワーフが気になったがまずは族長に会うことが最優先なので気を取り直して部屋の中へと足を踏み入れた。
部屋の中はさっき話に出てきたサンサン鉱石と呼ばれるものから放たれている光で想像以上に明るく、部屋中の壁にびっしりとあらゆる武器が置かれていた。どの武器も素人のおれから見ても見事な出来としか思えないものばかりだ。店頭に置いてあればどんな戦士の目も引くことが出来るだろう。そして、ベッドや机、本棚など必要最低限の家具だけが置かれており、椅子にポツンと座っているドワーフがいた。あの人が族長で間違いないだろう。
飾られている武器をボーっと見ていたおれにドゴが小声で教えてくれた。
「ディールよ、ここに飾られとる武器が気になるんだろ。これは全部、族長の失敗作だ」
これが失敗作だって! おれは信じられなかった。だってこんなに完璧に見えるのに。失敗って言ったらもっとひん曲がっていたりへし折れていたりするもんだろ。
「あのお方はな、過去の失敗作を戒めや反省の意味も込めて飾っておるんだ。普通のドワーフの職人なら失敗した理由を見つけたらすぐに溶かしちまうもんだ。俺達とは鍛冶にかけている想いが桁違いなんだよ」
「凄い人なんだな」
「昔はな……」
説明を終えたドゴが前に出て族長に声をかける。
「バルキス、元気か? たまには気分転換に鉄を採りに行くのも楽しいぞ」
「………………ドゴよ、そんなことを言いに来たのではないだろう」
「あなたに客人が来ているぞ。そこの黒髪のディールという名の少年が話があるそうだ。それと彼の持っている剣を一度見てみるといい。あなたの武器にも引けをとらん代物があるぞ。俺は仕事が山積みだから戻る、後は頼んだぞ」
ドゴは渋い顔をしながら部屋をあとにした。おれは族長に近づいて声をかける。
「どうも、初めまして。おれはサンアスリム地方から来たディール・マルトスっていいます」
「そうか……小僧もあっちから」
族長がボソッと何かを言ったがおれは気にせず続ける。
「いきなりなんですけどお願いがあるんです。この剣を見てくれませんか」
「さっきドゴが言っておったやつか。どれ見せてみろ」
以外にも族長は嫌な顔一つせずにおれの話を聞いてくれた。どうも問題があるようには見えない。おれはミレニアムを取り出すと族長に手渡した。
「フンッ……鞘すら持っておらんとは、戦士として恥ずべきことだ。それにしても確かにこの剣は見事なもんだ。歪みも余分な不純物も何一つねえ。こんな剣を作れる野郎が儂以外におるとは。何よりも驚いたのは、この剣には職人の想いがたっぷり詰まっていやがる。最強最高の一振りをいじれるもんならいじってみろってな」
「この剣は聖剣ミレニアムと呼ばれていて、とある人物がエルフの女王に託したものです」
おれがエルフというワードを出した瞬間、族長は少しだけ顔を曇らせたが話は続ける。
「エルフの女王が言うにはこの剣にはまだ秘められた力があるらしくて、それを引き出すには各種族の王に聞けば分かると」
「あの”おしゃべり姫”の使いか。それとそこにいるのはおしゃべり姫の所の小娘だろう」
族長がエルの方を見るとエルは前に出て話し出した。
「私からもお願いです。どうか聖剣ミレニアムの力を引き出すためにドワーフの力を貸してもらえないでしょうか」
「無理だ……」
「何故です⁉」
「無理なもんは無理だ! もう話すことは無い、出て行ってくれ‼」
族長はいきなり物凄い剣幕で声を荒げた。おれは引き下がりたくなかったがレイがおれに耳打ちする。
「ここは一度下がって、また日を改めた方がいいね。この手の相手には交渉の方法を変えたほうがいいよ」
「……分かった。ここはレイの言うとおりに下がろう。だけど一つだけ話したいことがある」
おれはもう一度族長に向き直ってその目を見つめて話す。
「もう一つだけあるんだ。サンアスリム地方にあるカミオン帝国っていう一番大きい国がこのアルテザーン地方に手を出そうとしている。というかもう出してるんだ。実際、エルフとダークエルフが一触即発のところまで行った。ドワーフも狙われないとは限らない。だからこそカミオン帝国には本当に気をつけてくれ。奴らはとんでもなく強い、それだけは心のどこかに留めて他のドワーフにも伝えておいてほしい」
「カミオン帝国か……忠告には感謝しておこう。終わったならもう帰ってくれ」
結果的に冷たくあしらわれてしまったおれたちはそのまま族長の部屋をあとにした。薄暗い洞窟の中を通って再び外に出るとおれたちは今後についてどうするか話し合うことにした。
「昔から頑固頭だとは思っていたけどあれほどとは思わなかったわ」
「きっと原因が何かあるんだろうね。それが分かれば話し合いの余地もあるはずだよ」
「でも、ドゴが言うには誰も心当たりがないんだろ。探りようがないぞ」
その日は諦めて街の宿で休むことにした。おれはベッドの中であの族長の心を開かせるにはどうしたもんかと頭を悩ませながら眠りについた。
朝になって朝食をとりながら結局いい考えは出なかったおれたちはとりあえず街の中を探索することにした。
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