第十一話 もう一度あの熱を
「アイツは格が違うぞ、気を付けろ!」
「ディールの方も油断しないで」
こっちが構えた瞬間に悪魔は突っ込んできた。あまりの速さに反応が少し遅れたがおぞましい爪を何とか剣で弾くとすぐさま足を斬りつける。しかし、皮膚が厚いのか傷一つついていない。
「何だよコイツは⁉ 三角亀の甲羅よりも硬いぞ」
「後ろ!」
サティラの叫ぶ声が聞こえておれは咄嗟に横に転んだ。すぐに自分がいた位置の地面を見ると細い五本線が地面に走っていた。あの悪魔の爪だ。もし回避が遅れていたらおれは三枚おろしにされて美味しく頂かれていただろう。おれは悪魔の攻撃を何とか凌いでいるがこっちの攻撃が通らない以上、倒しようがない。
「サティラ、悪魔はどうしたら倒せるか知ってるか?」
「私にも分かりません。かつては悪魔狩りと呼ばれた人たちが悪魔を倒すためだけの魔法を扱っていたと聞きますが」
待てよ……さっきの奴らの会話で明らかに英雄アステルを嫌っているような節があったよな。もしかして青の魂色の炎が効くのか。だったらあの蒼炎を出さないと。おれは左手を悪魔に向けて魔法を唱える。
「”フレイム”【火球】」
おれの手からは火花すら出ずにただ言葉がその場に響いただけだった。
「ドウシタ? 魔法デモ出スノカト期待シテイタノだが」
「クソッ‼ ダメなのかよ。どうすれば魔法が出せるんだ」
「ワレノ身体ハ以前ト比ベルと一割にも力ガ及バナイヨウだな。コレデハ駄目だ、ヤハリ完全復活シナケレバ」
魔法を使う上で重要視されるイメージは完璧だ。あとは何が足りない? おれは魔法を出す方法を考えているとその一瞬の隙を突かれて悪魔に蹴られて吹き飛ばされてしまった。
痛みを逃そうと身体をよじらせる。何とか起き上がろうとした時に悪魔が追撃してきた。このままだと躱せない。悪魔が爪を振り下ろした瞬間、サティラが剣で受け止めてから魔法を唱えた。
「芯から凍てつきなさい……”フリーゼ”【凍結】+”プロシルド【防護壁】。 ”アイスバウンド”【氷鏡の牢獄】」
悪魔の周囲に冷気が集って、たちまち悪魔は凍り付いた。凄い、おれが手も足も出なかった悪魔をこんな簡単に凍らせて封じてしまった。勝ったかと思ったのも束の間、氷にヒビが入る。すかさずサティラはヒビの入った部分に魔力を注いで補強する。
「私の魔法じゃ封じるのが精一杯みたいです。ディール、お願い。あの悪魔を倒せる魔法を」
「でも、魔法が出ないんだ。イメージだって出来てるし、前にも使ったことがあるんだ。なのにダメなんだよ」
「魔法使いがスランプに陥る話を知っていますか。いずれの魔法使いも自分の使用する魔法の属性に恐れを抱いていたことが原因でした。もしかするとディールも同じかもしれません。恐れを……過去を断ち切って!」
おれが恐れているって⁉ だけど炎は野宿の時に使っているが怖いなんて思ったことが無い。それに……いや、心の奥底で恐れているのかもしれない。あの時、故郷で起きた炎が……血が蒸発し肉が焼けるむせ返るような臭い。思い出さえも灰へと変えてしまう炎がおれは怖いんだ。
炎が怖いということを自覚したところでどうすればいいんだ。過去はどうやったって消せやしない。心臓がバクバクして耳の奥まで響いてくる。そうだ! 初めて炎を使った時はどうだったかを思い出せばいい。正直あの時は怒りに感情を支配されて記憶が曖昧だったけどヴァント戦の時はそれだけじゃなかったはずだ。レイとエルを守ると想った時に炎はより強い力と熱を生み出していた。大切な誰かを守りたいと想った時に魔法は……魂は力をくれる。だったら今はサティラを守ることを考えろ!
おれは覚悟を決めてサティラに策を伝える。
「よく聞いてくれ、あの氷の温度を極限まで下げることは出来るか? 一瞬だけでいい」
「何か策があるみたいですね。アイスバウンドの温度はこれ以上、下げられないのでより寒い冷気を当てるには一度解除しないといけません」
「分かった、それでいい。サティラのタイミングで魔法を解いて、全力の氷魔法をぶつけてくれ」
サティラは頷くと呼吸を整えて作戦の準備を始める。おれの方も渾身の炎をぶつけるために集中する。
「いきます! 解除」
サティラが氷の魔法を解くと悪魔は氷を砕いて中から出てきた。
「小賢シイ真似ヲシオッテ、タダノ時間稼ぎにナンノ意味ガアルトイウノダ? 死ノ覚悟デモシテイタカナ? ゲハハハ!」
「死の覚悟だって⁉ 違うね。アンタをぶっ倒すための覚悟だよ」
悪魔が攻撃を仕掛ける前にサティラが魔法をぶつける。
「”アグ・カタラクティス”【銀雪瀑布】」
これまで感じたことが無いほどの寒さに周囲が包まれる。寒い、寒すぎる‼ おれは顎がガチガチして震えていたが直撃している悪魔の方は少し怯んでいるだけだ。だがこれでアイツの体温は極限まで下がっているはずだ。
今度はおれの番だ。両手を前に出して集中する。魔法にサティラを守るという強い想いをのせて唱える。
「あの日に誓った復讐を果たすまで倒れるわけにはいかねえんだよ。過去が……恐れが消せないのなら、おれはそれすらも抱えて生きてやる。これがおれの炎だ! ”フォウ・フレイム”【炎柱】」
おれが魔法を唱えると悪魔の足元から蒼炎の柱が勢いよく立ち昇り悪魔を燃やし始める。
「ナンだ此ノ熱は‼ 苦シイ苦シイクルシイクルシイクルシイィィッ‼ ワレノ身体ガ割レテイク。オノレェッ牙ダケデハ足リヌカ」
蒼炎の柱が消えると悪魔も完全に灰になって消滅していた。おれたちの勝ちみたいだ。獄冥会の男は呆気にとられている。
「これはいったいどういうことなのだ。なぜ我らが神が破れる。完全体ではないからか?」
「獄冥会、あなたを去る人物の元に連行します。おとなしくついてきてください」
「ここまでだというのか……グ、ガァァッ‼」
サティラが元牙持ちを捕えようとしたら奴は突然、頭を抱えて苦しみ叫びだした。おれは痛みを押し殺してサティラを元牙持ちから引き剥がす。
「コイツ、なんか様子が変だ。気を付けろ」
「そうみたいですね」
ようやく元牙持ちが落ち着くとまるで何かに取り憑かれたかのようにうわの空で独り言をつぶやいている。
「フヒヒ、そういうことでございますか。我らが神よ」
「おいおい、自分たちの神様がやられたからって頭が狂っちまったのか?」
「馬鹿を申すなこの大馬鹿共め‼ 我らが神はここにおられる」
そう言って元牙持ちは満面の笑みを浮かべながら頭をトントンと叩いた。どうやら本格的におかしくなっちまったみたいだ。
「なるほど、『牙の一本程度さしたる問題ではない』と。では、引き続き完全復活に向けて生贄と御身体の一部を回収いたします」
「逃がしません」
「我には今、神の力の一部が宿っている!」
サティラが剣で元牙持ちを攻撃しようとしたが風になびく布のようにぬらっと躱す。元牙持ちはローブの内側から儀式のときと同じような黒煙を出してこちらが見失っている間にどこかへと消えてしまった。
「あと少しだったのに」
「サティラ……さっきの氷魔法ってもしかして」
「そういえば言ってませんでしたね。私の魂色は”銀”です。それよりもディールのあの蒼い炎は」
「聞いたことないかもしれないけど、おれの魂色は”青”なんだ」
「…………そうなんですね」
「信じるのか?」
おれがそう聞くとサティラはゆっくりと頷いた。その時、彼女が服のすそを強く掴んでいるのに気づいた。その後は痕跡が残っていないか調べたが何も見つからず、獄冥会を倒したレイたちと合流した。おれが悪魔と戦ったことを伝えるとレイは驚きながらおれの身体の周りを回りながら怪我をしていないか確認してくる。
「大きい傷は無さそうだね。それにしても凄いね! 悪魔を倒しちゃうなんて」
「いや、おれだけの力じゃないさ。サティラの魔法とアドバイスのおかげだ」
サティラは恥ずかしそうにうつむいている。今度はエルが恐る恐るおれに質問する。
「さっきの話だと悪魔を倒したときに魔法を使ったって聞いたけど、もしかしてサティラに魂色のこと教えた?」
「ああ、話したぞ」
エルは呆れ顔でこちらに近づいてきて耳元で小声で続ける。
「彼女の素性が分からない以上はあなたの魂色の事とミレニアムの事は誰にも話すべきじゃないわ」
「サティラを疑っているのか?」
「別にそういう訳じゃないけど」
そりゃおれだってサティラについて知らない事ばっかりだ。だけど、今日まで一緒にいて悪魔とも戦って悪い奴じゃないってのは分かる。
おれたちは逃げた獄冥会を諦めてミシズの村に報告に戻った。
「悪い、牙は取り戻せなかった。というより、悪魔になって壊れたというか消えたというか」
「そうでしたか。わざわざ伝えにきてくれてありがとうございます」
「それと質問があるんだけど、悪魔狩りってなんだ?」
「それはわたし達のご先祖様です。かつては対悪魔用の魔法を研究して使用していたのですが、悪魔を倒したことで不必要と判断され、今となっては覚えている者はもうおりません」
「じゃあ、英雄アステルについて何か知っていることは無いか」
「それは……存じ上げませんね。力になれず申し訳ないです」
その日はもう日が沈みかけていたのでミシズの村に泊めてもらうことになった。結局、獄冥会やヘンベル盗賊団という新しい因縁を作ってしまい、ただただ敵を増やしただけな気がした。
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