第八話 似た者同士
スカイグランプリレースが終了したその日の夜。皆が寝静まった頃におれは相変わらずあの日の悪夢を見てしまいすっかり目が覚めてしまった。顔中に流れる冷や汗を服の袖で拭うと風を浴びるために外に出た。宿屋の近くのベンチに座って空を眺めていると宿屋からサティラが出てきておれの隣に座る。
「ディールさん、眠れないんですか?」
「さん付けはよしてくれ、ディールでいいよ。ちょっとだけ嫌な夢を見ちまってな」
「それって自分にとって忘れられないものですか?」
「そうだよ、もう4年近く同じ夢を見ている気がする。多分、復讐を果たさないとこの夢は終わらないだろうな」
「そうなんですね。そういえば気になったんですけどディールは家族とかいるんですか?レイさんやエルさんは明らかに兄弟のようには見えないですし」
サティラの問いにおれは答えるべきか戸惑ってしまった。
「家族は……父さんと母さんがいて、下に妹が一人いたよ。今はいないけどね、おれがこの世で一番嫌いな奴らに殺されたから」
「……すいません。私、嫌な事聞いちゃいましたよね。でも、私にもいましたよ。妹が一人だけ。親の事は物心ついた時にはいなかったので覚えていません」
「じゃあ二人だけで暮らしていたのか?」
「いいえ、育ての親のような人がいたんです。そこまで不自由な生活じゃなかったんですけど、妹は流行り病にかかって亡くなりました」
どこか境遇が似ているサティラにおれは同情した。サティラは話をしてつらい記憶が蘇ってしまったのか涙を流している。そのままサティラはおれの肩に頭を乗せた。おれはサティラに出来るだけ優しく語り掛ける。
「心の傷ってのは一生塞ぐことはできないし、一度空いた穴は埋めることはできない。なのに人って意外と生きていけるんだよな。明日を生きる理由さえあれば。それがたとえ他人に褒められないようなことだったとしても」
「つまり”復讐”がディールの明日を生きる理由ってことですね。だとしたら私は何にしたらいいんでしょうか」
「焦って考えなくてもいいんだ。今そうやって理由を探していること自体が明日を生きる理由になるだろ」
「ふふ、そうですね。考えておきます」
話したいことを話してスッキリしたのか眠気がやってきた。おれは宿の部屋に戻る前にサティラの頬を伝っていた涙を指でそっと拭うと肩にポンと手を置いて話す。
「明日も早いんだからそろそろ眠らないと。知ってるか? エルフは朝が凄い早いんだよ。このままだとろくに眠れずにエルが起こしに来ちまう」
「分かりました。じゃあ急いで寝ましょう」
おれたちはそのまま部屋に戻ってぐっすりと眠ることが出来た。
夜が明けて日が上りかけの時間にエルがいつも通り起こしに来た。
「ほらー三人とも起きなさい。出発するわよ」
おれとサティラはすんなり起きるがレイはいつも通り眠ったままだ。その様子を見たエルがレイから布団を無理矢理引き剝がそうとする。
「あと10分だけ、いや5分だけでもいいから眠らせてよ~」
「わがまま言わないで。私たちの旅はゆっくりしていいようなものでもないのよ」
格闘の末、レイは寝ぼけたままでおれたちは宿屋で朝食をとることにした。食事をしている所を見たサティラが話す。
「そういえばレイさんとエルさんは食べ方がとても丁寧ですね」
「そりゃあ二人とも育ちがいいお坊ちゃまとお嬢さまだからな」
おれがそう答えるとエルが目を細めながら返す。
「あなたの食べ方が雑なだけでしょ」
「悪かったな。これが庶民様の食い方なんだよ」
おれはそう言ってパンに噛り付きムシャムシャ食べる。それを尻目に三人はパンをちぎって丁寧に食べていた。
「ふふ、ディールはやっぱり面白いですね」
「面白いか?」
サティラがおれにさんをつけずに話していたのを聞いてレイとエルは目を丸くして互いに顔を見合わせた。食事を終えたおれたちは荷物をまとめてこの街に来た時とは反対側の門へと歩き出した。
「サティラはこの後どうするんだ?」
「実はこの先にあるミシズの村に用があるんです。とある人物からのお願いで調べてほしいことがあるらしくてそれの調査に行くんです」
エルは少しだけ考えた後に口を開いた。
「ミシズの村なら私たちの目的地の道中にあるからそこまで一緒について行ってあげるわよ。一人じゃ危ないだろうし。あなたが良ければだけど」
「それは願ってもない申し出です。是非ご一緒させてください」
街を出てミシズ村までの道中、魔物や野盗に運よく遭遇せずに済んだ。目的地のミシズ村に到着して入り口で別れようとした時にレイが村の中が騒がしいことに気付いた。
「なんだか村が騒がしいんだけど何かあったのかな?」
「祭りじゃないだろうしなー、ちょっとだけ聞いてみるか」
おれたちはサティラとの別れを一旦やめて村の中に入ってみることにした。するとおれたちの姿を確認した村人らしき人たちが血相を変えてこちらに走ってきた。
「君たち! この村の倉庫にあった両手に乗るぐらいの大きさの動物の牙のようなものを盗んでないか」
「何だよそんなもの知らないって、それにおれたちは今ここに来たばっかりだぞ」
「そうか……すまないね。もしも見つけたら絶対に傷をつけないようにしてここに持ってきてくれないか」
「あったらな」
おれたちは何が何だかよく分からなかった。
「いったい何だったんだ? 牙がどうとか言ってたけど」
「村のお守りとして祀っていたとかかな?」
「私もよく分からないわね」
ふとサティラの方を見てみると、いつもの柔らかい表情とは違って眉をひそめてどこか険しい表情をしていた。
「どうしたんだサティラ?」
「もしかすると想像しうる限りの最悪の状況になっているかもしれませんね。私が事前に得ていた情報が正しければ、手遅れになる前に何とかしないと」
おれが詳しく聞こうとする前にサティラはさっきとは別の村人の所に向かい、話しを聞きに行った。おれたちは話が終わるまで待つことにした。サティラが会話を終えてこちらに戻ってくる。
「みなさん、私はもう少しだけこの村に用があって長引きそうなのでここでお別れです。これま……」
「待ってくれよ、ここまで来てあっさりと『ハイ、お別れです』なんてダメだぞ。目的ってこの村の騒ぎと関係があるんだろ、手伝うぜ」
おれがそう言うとサティラは申し訳なさそうにして断ろうとする。
「でも、これ以上は流石にお願いできません。それにみなさんも大事な目的があるじゃないですか」
「僕たちの目的も大事だけどさ、友達や村の人が困っているのを放っておくなんてできないよ。二人も同じでしょ」
レイがそう言っておれとエルを見る。おれたちは軽く頷いた。
「そういう訳だからさ話してくれないか、この村で起きていることとサティラの目的を」
「みなさんはフォルワ大陸一のお節介焼きですね。分かりました、話しましょう」
サティラがゆっくりとミシズ村での目的について話してくれた。
「私がここに来た理由が先程の会話に出てきた”牙”です。正確には”悪魔の牙”ですね。このフォルワには精霊と対を成す存在として悪魔がいるのはご存じですか?」
おれは悪魔なんて想像上の怪物だと思っていたが言ったら三人に笑われそうなので黙っていることにした。代わりにレイが話す。
「実際に見たことは無いけどやっぱりいるんだね。話だけなら聞いたことがあるよ、今では精霊が召喚術の主流になっているけれど昔は悪魔も使役の対象だったって」
「そうです。そして、その二つの種で決定的に違ったのが個体数でした。精霊は先日のお祭りで見たように何種類もいるんですけど悪魔は現在確認されている数だけで言うと二種類のみです」
サティラの発言した二種類という言葉におれは驚いた。だって精霊はあんなにいたのに悪魔はたったの二種類だって言うのか! おれは思わずサティラに質問した。
「二種類しかいないってどういうことなんだ?」
「過去の戦争の記録や伝承では必ず同じ名前の悪魔が記されていました。それゆえに悪魔は現在二種類のみとされています。片方の悪魔は”冥王アウロデュ”もう片方の悪魔が”獄帝ゼ・ロルテ”。たった二匹で国一つ簡単に滅ぼせるとされています。しかし、この二匹は精霊との戦いに敗れて消滅しました。そして、その消滅の瞬間に悪魔の身体の一部が世界各地に飛び散ったとされています」
「それがまさか牙ってことか」
おれがそう聞くとサティラは頷いた。
「歴史上では悪魔が消滅してしばらくの間は悪魔がこの世に召喚されることはありませんでした。ですがとある集団がここ数年、各地に散らばった悪魔の身体を回収しようとしているんです。その者たちの狙いを探るのが私の目的でした。そして、ここに悪魔の牙があるという情報を得ていたのでその謎の集団を待ち伏せできると思っていたんですが一足遅かったみたいです」
悪魔がどうとかよく分からないけどこのまま放っておくのは確かに危なさそうだし何よりもサティラを一人でそんな危なっかしい悪魔の身体を集めるような変な集団の調査になんて行かせられない。
「なら今すぐそいつらを探し出そう。その牙ってのはいつ盗まれたんだ?」
「さっき聞いた話によると今日の朝にはまだあったそうです」
「だったら牙泥棒はそう遠くには行ってないはずだ。急いで見つけよう」
おれとエルはそれぞれ精霊を召喚した。
「バサン、でっかい牙を盗んだ奴らを空から探してみてくれ」
「ピピ!」
「メゼルもバサンと一緒にお願いね」
バサンとメゼルはそれぞれ別々の方向に飛んで行った。
「おれたちも探しに行こう」
おれたちは悪魔の牙を盗んだ奴らを探すために村を飛び出した。
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