第十三話 森の番人
目の前に現れたのは見た限りだと人間族っぽい。エルフみたく耳がとがっているわけでもないし、ドワーフみたいな髪質でもない。中性的な声をしているが、体格的に男だろう。ひょろっとした華奢な身体にさっぱりした短さの白髪。薄目からのぞいてくる黒い瞳に特徴的な頬の傷。背中には弓を背負っている。目の前の男からは敵意を感じられないが、油断してはいけない。こういう奴ほど心の奥底にとんでもなく鋭利な得物を隠している。
何者か問われたおれは慎重にならず、敢えて直球な言葉で答える。
「おれたちはこの森を抜けようとしているだけのただの旅人だ。アンタの方こそ何者だよ」
男は表情を変えることなく答える。
「ぼくはこの森の保護をしている者さ。それと、この森を抜けた先は何もないマルドゥーン寂原だけど、何の用で行くのかな?」
更なる質問に今度はエルが答えた。
「私たちはマルドゥーン寂原自体に用はないの。その先のカミラム港に用があるから、近道をしているだけ」
「カミラム港……そんな場所あったね。とはいえ、あんな場所を通ろうなんて君たちはよっぽど勇敢なのか、それともせっかちさんなのかな」
エルはクリスタル一家のことについては伏せた。確かにここで説明する必要は一切ない。
「とにかくおれたちはアンタに危害を加えるような存在じゃないってのは信じてくれよ」
「そうだね……人間にエルフにドワーフ。それだけで怪しい所だらけなんだけど……ぼく一人じゃ敵いそうにないし、なによりそこの君、ブロンドの君の瞳には邪悪が一切ない。それだけで信じるに足るからね」
男にずっと見つめられてレイは少し恥ずかしそうにしている。それから男は身体を傾けて向こうで倒れているオルドレグスを発見する。
「奥にいるのはオルドレグスだね。あいつは森を荒らしていた困りものだったから君たちが倒してくれて感謝するよ。そうだ! 森を抜けるまでぼくが監視するということにしようか」
いまいちこの男の人となりが掴めなかったが、ひとまず敵としては認識されなかったみたいで良かった。おれたちは森の保護者を名乗る男に導かれるようにして先へと進んでいた。
「その……森の保護というのは具体的に何をしているんですか?」
レイが丁寧な言葉遣いで質問をした。確かにおれも彼が何をしているのか気になっていた。
「ぼくのことはアシュオンと呼んで。それで仕事はね、主にこの森に住む動物を魔物や”密猟者”から守ること。それと、森とマルドゥーン寂原の境界線を観察して、大地が死んでいく”荒枯化”現象の理由を突き止めることだね」
密猟者に荒枯化……なるほど、おれたちはその密猟者に間違われたのか。
「最近は密猟者が急に増えてきて、撃退するのが大変になってきたんだ。全く、困ったものだね。魔物ならいくらでも狩ってもらっていいのに。仕方ないか……ここには珍しい生物が生息しているから」
「珍しいとは?」
レイは興味関心が尽きないのかまだまだ質問を続ける。
「例えば……背中に花が咲いているトクサリィに夜中に色んな模様で毛が光るヤミマリス。他にも威嚇するときに火を吐かないけれど、喉が赤く発光するニセビトカゲなんかもいるよ。みんな可愛いんだ」
「それは是非とも見てみたいです!」
あそこまでレイが興奮気味なんて珍しいな。いや……そういえば昔、レイが外の世界について話している時に、変わった生物の話をしていたような……気がする。
「普通は見せるわけにいかないんだけれど……君にならいいかな。オルドレグスを倒してくれたお礼としてね」
「ありがとうございます。みんなもいいよね? 少しだけだからさ?」
エルはやれやれといった感じだったが、渋々了承した。まあ別に動物をみるぐらいならそこまで時間がかかるわけでもないだろうし、何よりも案内してくれる人間がいるのは助かる。エルがこっそり話をしてきた。
「あのアシュオンとかいう男。信用できるかしら?」
「少なくとも敵じゃないと思うけど」
「仲間がいる場所に連れていかれるって可能性もあるでしょ」
「そこまで警戒しなくてもいいと思う。いざとなったら戦えばいいだけだし」
前を歩いているアシュオンにバライバがさっき作った干し肉を食べさせようとしている。アシュオンは困って愛想笑いしていた。
「そういえばエルは荒枯化って具体的にどんなものか知ってるのか?」
「以前ペンタゴンワッフルで議題に上がったことがあるわ。千年以上前から少しずつ広がっている現象で、大地から植物が消え、やがて生物も住まわない環境になること。現地を見たことが無いから詳しいことは知らないけど、解決方法が見つからないから誰も手をつけようとしなくなった問題よ」
「そんな問題放置していいのかよ」
「いいわけないでしょ。多分みんな自分たちの種族の事で頭がいっぱいなんだと思うわ」
そんな問題をアシュオンが一人でどうにかしようっていうのか? 立派なもんだな。また、前を歩いているレイたちの会話が聞こえてくる。
「アシュオンさんは一人でこの森を守っているんですか?」
「うーん……一人ではないかな。仲良くなった動物が森の巡回を手伝ってくれたり、異変を教えてくれたりするんだ」
それからしばらくの間はアシュオンについていき、珍しい動物を何匹か見せてもらうことになった。どの動物もこれまで見たことがないものばかりだった。こんなに変な動物を見るのはホラ牛を見た時以来かもしれない。
トクサリィは四足歩行の鹿っぽい生き物で水たまりに尻尾をつけて水を吸い上げていき、背中に咲いている赤い花から水を吹き出している。あれにどんな意味があるのかレイが聞いていたが、あの行動に特に意味は無いみたい。 フウクビネという動物は目の上に立派な眉毛のような模様があって、鳴き声が鈴の音みたいだ。そして、フウクビネが群れでいると誰かが鳴いた瞬間、一気に合唱が始まって心地よい。
珍しい動物を見ている間のレイの顔は旅に出る前に見た、夢を……外の世界を語るときのワクワクや希望に満ちた表情だった。あの顔を見たのはいつぶりだろう……エルフの里を訪れた時か? どちらにしても最近は何か使命感のようなものにばかり背中をつつかれて前ばかりを見ていたから純粋に横を向けばすぐに見つけられるような旅の景色を楽しむのを忘れていた気がする。
ツアーが終わると、アシュオンは寂しげな表情をしながら話し出した。
「本当は君たちみたいな人ばかりなら楽なのに……密猟者は高く売れるからという理由だけで勝手に連れていったり、命を奪って素材となる部分だけを剥ぎとって捨てる。ぼくにはそれが許せない」
そう語ったアシュオンは最後に静かな怒りを湛えていた。おれたちはその後にお礼を言って、別れようとしたが、アシュオンの元に白い小鳥が飛んできて、彼が指を差し出すと止まり木代わりにして着地して何やら鳴いている。
なんて言っているか分からなかったが、アシュオンの表情は次第に険しくなっていく。
「困ったことになりました。どうやらここから南の方角に密猟者が現れたようです。ぼくはそいつらを追い払わなければなりません。みなさんとはここでお別れということで……」
「いえ、僕たちもお手伝いします。僕だって密猟者のしていることを見過ごせませんし」
レイのほかに反対する人はいなかった。アシュオンは小鳥に導かれるまま、森の中を突き進んでいく。その速さはエルフ族に比肩するほどだった。あの速度についていけるのはおれたちの中だとエルしかいない。
おれたちは見失わないようにするだけで精一杯だった。それにしてもなんであんなに針を縫うように移動できるんだ? こっちは全速力で走りながら木にぶつからないようにしている。バライバなんかは時々、木に衝突していた。
ようやく密猟者と思われる奴らの姿が見えてきた。おれたちは木々の間に隠れて様子を窺う。
「彼らが密猟者です。また懲りずにあれだけの数を率いてやって来るなんて」
アシュオン曰く、奴らが密猟者で間違いないみたいだ。密猟者たちのあの格好はどっかで見覚えがあるような……。
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