第十二話 魔物を食そう
トーゴの街を出てから二日ほど経った頃、おれたちは野宿をしていた。メシを待つまでの間、おれはレイを修行に誘う。
「レイ! 一緒に修行するぞ」
「受けて立つよ。ルールは魔法禁止でいいよね」
お互いに武器を構えてじりじりと距離を詰める。先に仕掛けたのはおれだった。横に斬ると、レイは簡単に受け流す。その後もおれが打ち込んでいくが、どれも受け流される。
「やるな」
「そっちこそまた腕を上げたみたいだね」
おれが大きく踏み込んで斬り込むとレイは華麗に左足を軸に半回転し、短剣を突き出してくる。一本取られると思ったおれはそのまま倒れ込んで横に転がって回避する。そんなおれたちの戦いの様子を他の二人が見ていた。
「また戦ってるのね、あの二人」
「ん? ホントだ。華麗に立ち回るレイに泥臭く戦うディールか。頼むから料理に土埃が入らないようにしてくれや」
「今日はどっちが勝つのかしら」
今度はレイが仕掛けに来る。おれはすぐに立ち上がると短剣の攻撃を受ける。鍔迫り合いの状態からおれが押し返し、レイが体勢を崩した所で剣を振るい首元で寸止めする。
「おれの勝ちだ」
「これで僕の十八敗目か」
「おれより勝ち越してるくせに」
今日の結果を踏まえたうえでおれはレイに対して十八勝二十五敗三分けとなった。それから続けて三本やったが、一勝二敗で終わった。修行を終えたあと、おれとレイは会話する。
「強くなっているという実感が中々湧かないね」
「ああ、だが泣き言は言ってられない。おれは七玹騎士を討つために戦ってんだ。それなのにもう三度もその機会を逃してる」
おれから全てを奪った七玹騎士。一度目は仙郷の大図書館で戦った緑騎士。あの時はあと少しって所で謎の魔法で逃げられた。二度目はエルフの里で遭遇したエルフ族とダークエルフ族を仲違いさせようとしていた黒幕の紫騎士。三度目はこの間の究幻迷宮で三つ巴の闘いになった銀騎士。どいつが仇かなんて分からないが、全員倒せば目的は必ず果たされる。
どの戦闘の時もおれ自身の力が無いせいで倒せなかった。だからこそ、おれは以前よりも修行に励んでいる。しかし、レイの言った通り強くなっているという実感が湧かない。しかも新魔法も試せないときた。戦闘に関しては相変わらず悩みが尽きない。
「次こそは必ず奴らを……」
「ディール……あのさ……言っておきたいことが……」
「手前ら食事の時間だぜ! 戻ってこい」
レイが何かを言いかけていたが、バライバに呼ばれたからおれたちは会話をやめてメシのいい匂いがする方へと歩く。何を言おうとしたが気になったがそれ以上にバライバのメシの方が大事だ。おれはウキウキしながら向かった。その日はゆっくりと休み、翌朝出発した。
地図上ではカミラム港への距離は残り三分の二までの場所まで来ていた。道中、道が途絶えて目の前には森林が現れる。普通の旅なら森林なんて歩いているだけで方向感覚を失うし、食料が枯渇する危険性があるから通ることはないんだが、おれたちには頼りがいのあるエルフ族のエルがいるおかげで森林で迷う心配は一切ない。
「さあさあ、さっさと森を抜けようぜ」
「そうだね。街道に沿わずに直進しているから想定よりも進んでいるよ。この森を抜ければ更に近道になるんじゃないかな」
レイとバライバが勇み足で森に突入している時、おれは森の木々を確認しているエルに声をかける。
「どうだエル、安全そうか?」
「木々に宿る精霊の声に耳を傾けてみたけど、どうやら目立った危険は無さそうよ。ただ、森を抜けた後が問題なのよね」
おれはその問題が気になったから森の中を歩きながらエルに聞いてみる。
「何が問題なんだ」
「この森を抜けた先はマルドゥーン寂原といって、私が調べた限りだとそこは草木は枯れ果てて生物も住まわない場所なの。一体なにがあるのか分かったもんじゃないわ」
「それは……」
「ワクワクしてるわけじゃないわよね?」
エルに心の声を見事に当てられたが、おれはそっぽを向いて当たってないふりをした。
「予め言っておくけど、危険なことに首を突っ込まないでよね!」
「もちろんですとも!」
おれは元気よく返事をした。
「丁度いいわ。マルドゥーン寂原にはどの種族も住んでいないけど、唯一クリスタル一家が住んでいるの。予言について詳しく聞くチャンスよ」
クリスタル一家……どっかで聞いたことある名前だな。どこだっけか……あ、前にエルとエルメネル女王が会話している中に出てきたな。種族間の会議で予言を与える特別な一家だ。
「予言ってあれだろ。女王が教えてくれた。もしかするとおれたちのことについてなんじゃないかって内容のだろ」
「そうよ、クリスタル一家に会えればより正確な情報を手に入れられるはず」
マルドゥーン寂原とクリスタル一家について聞いたおれはエルとの会話を終えて、森の探索に集中した。しばらく何事もなく平和に進んでいると、木々の間から魔物が現れた。
「魔物さんのご登場だぜ。手前ら気をつけな」
先頭にいたバライバが武器を構えて魔物の襲撃を知らせる。おれたちも武器を構える。おれは魔物を観察し、種類を特定する。あのうねるような曲線を描いた一本角に丸太みたいな脚の四足歩行。ゴツゴツとした筋肉質で黒色の肌。あれはオルドレグスだな。
「ディール、いつもの説明お願い」
「あれはオルドレグスって魔物で簡潔に言えばと――っても危険な魔獣だ。あの角で突き刺しに来るから気をつけろ。それと前脚をあげて潰しにも来るぞ。おれが正面で引きつける。他の三人で側面から攻撃だ」
おれが戦闘を開始して指示を出すと、皆は作戦通りに魔物の側面をとるように移動した。おれは他の皆に注目がいかないように出来る限り挑発して引きつける。
「こっちだ怪物。かかってこい!」
「グルォオオオオオオオ‼」
魔物はこっちに向かって突進してくる。思っていたよりも足が速い。おれは角の部分に剣をぶつけて止めようとするが、とんでもない力のせいですぐに後ろに吹っ飛ぶ。立ち上がろうとしたが、既に魔物が近くまで来ていたのでおれは身を屈めて魔物の股をすり抜けた。その時、腹の部分を斬りつけてから離れる。
傷つけられたことに腹を立てた魔物は明らかにおれのことしか視界に入っていない。隙だらけになった魔物に向かって皆が攻撃を仕掛ける。
「”ブルームンアロー”【花月矢】」
エルの放った二本の矢は弧を描いてからオルドレグスの脇腹に突き刺さる。ダメージは確実に与えたが、オルドレグスの皮膚は厚い。多分内臓までは届いていない。
「エイリレ流剣術 【剛の構え・猛禽爪】」
「”闘槌”形態 ”ガジャラ・クォーツ”【尖突石英打】」
レイとバライバが同時に技を放つ。レイの斬撃はオルドレグスの左前脚と左後脚を傷つけて右側に大きく傾く。そこをバライバの技がオルドレグスの脳天に直撃する。完全に絶命したオルドレグスはその場に大きな唸り声をあげながら倒れた。
エルは膝に付いた土を払いながら危険が去ったことを安堵する。
「危なげなくって感じね」
「そうだな。あっ、バライバさオルドレグスって食えるのか?」
おれはバライバにこれが食べられるかどうか聞いた。なんせ魔物図鑑には調理方法は当然ながら食べられるかどうかも載っていないからだ。
「俺に聞かれても困るぜ。店で買える牛や豚とも違うし野生で仕留める獣とも違うしよ。可食部はあるだろうが、魔物を調理ってやったことねえぜ」
「試してみよう。捌いてみてくれ」
こんなデカいのを持ち上げることができないから心臓付近に傷をつけてある程度血抜きをしながらおれは皮を剥いで、バライバが食べられそうな部分を切り取る。その様子を見ていたエルが喋る。
「ちょっと! 本気で食べる気なの⁉ 私は流石にパスよ」
「僕もちょっと……」
二人は乗り気じゃなかったが、これだけの量の食料があれば当分、食事に金がかからなくなる。切り取った肉は近くに清流が無かったから魔法の調合瓶で回収しておいた水を使って、魔物特有の紫色の血を洗い流す。
臭みは新鮮な状態でもかなり鼻に来る。バライバがとりあえず焼いてステーキにしてみたものを食してみる。味は……悪くはないが美味くもない。噛んでから喉を通ると、口の中には何とも言えない苦みっぽいのが残る。
「どうだい?」
レイが感想を求めてきたのでおれとバライバは素直に応える。
「う、美味くはない」
「ハッキリ言ってこれはマズいな。俺の手にも負えねえ。食材は無駄にしないのが俺の信条だが、コイツはどうしようもねえ。つか食材とは言えねえな」
「干し肉ならどうだ?」
「新鮮な状態でこの臭みだからな……臭みをしっかり抜いたうえで塩漬けなら……」
おれとバライバは結構な量の肉を干し肉へと加工する準備をする。ハーブで臭みを抜いたあと、塩漬けにした魔物肉を小一時間放置する。その後は塩の中から取り出して日の当たる場所に干す。
ただ干すだけじゃ時間がかかるから、エルの風の魔法で乾燥を早める。
「私の魔法がまさか料理に使われるなんて……」
エルはずっと文句を言っていたから、おれとバライバはこれ以上機嫌を損ねないように気をつけた。魔法のおかげで完全に乾燥しきって干し肉へと変化したものを食べてみる。
臭みはさっきよりも無くなったし、味も塩に漬けていたからか気にならない。これなら食べられそう。
「よーしこれならいけるぞ。しかし、もう塩があんまし残ってねえから作れるのは今漬けてある分だけだな。あとは時間で腐っちまうからよ」
おれとバライバはエルの力を借りながら残りの分を全て干し肉に加工して当面の食料とした。
全ての作業を終えたおれはオルドレグスが大地に還ることを祈ってから出発しようとした。しかし、おれたちの目の前に別の人間が現れる。
「森の生物が騒がしいからここまで来たけど……君たちは何者だい?」
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