第十一話 改革
セリオはヴァルハに共に法を作り直して、街を立て直すように協力を求めていた。
「私は今の法ではあなたを裁きません。法を見直し、報罰隊を解散させ、街を元に戻す。それがあなたへの罰です。そのすべてが終わった後にもしも、あなた自身が罰を受け入れるのであれば新しい法に則り、自信を裁いてください」
「俺に委ねるのか。命の行方を」
「裁くことだけを解決手段にした統治はもう終わりにしましょう」
セリオがヴァルハに手を差し伸べる。しかし、ヴァルハはその手を取らずに立ち上がる。
「俺に断る権利などないだろう。お前と契約ということで手を打つが、街の者には俺との関りがあると勘繰られたら二の舞になる。あくまでも俺を処刑したということにし、裏から動かせてもらう」
「それは仕方がないですね。では、街の人々にもその情報を流したうえでカダ王国の終わりを伝えましょう」
おれたちはヴァルハをその場に残して、屋敷の外へと向かう。おれはセリオに質問する。
「ヴァルハの処遇は分かったけど、報罰隊の連中はどうするつもりなんだ? 流石に何もしないって訳にもいかないだろ」
「彼らも確かに許されざることをしました。なので、二度と街に姿を現さないということを条件に追放という罰にします」
おれはセリオの考えがどうしても甘いと思ってしまったが、口に出すことは無かった。新しい秩序を持つ街にする。それが彼の信念なんだ。再び外に出たおれとバライバはセリオの前で最後の仕事をする。
「おれたちに出来ることはあと一つだ。そこで見とけよセリオ」
「なにをするんですか?」
おれとバライバは顔を見合わせる。バライバにも何をするか分かっているみたいで、無言で武器を取り出す。おれはグリンドで法と罰が刻まれた石碑を破壊する。バライバの方もバンカバームで石碑を次々と砕いている。そして、その行動を見つけた街の住民が次から次へと人々を呼んでは集まる。
集まった住民たちは何事かとあれやこれやと噂している。おれは魔力が切れているから、最後の一つをバライバが粉砕するのを見届けるとセリオに向けて話す。
「これでおれたちの仕事は終わりだ。あとはお前がやってくれ」
「ディールさん……分かりました」
セリオは柵の扉の外に出て群衆の前に出る。
「私はかつてこの街を統治していたカリオルの子息、セリオです。勇気ある旅人の活躍もあり、この街を支配していたヴァルハ=モーラは討たれ、報罰隊も解体されました。今ここにカダ王国は終焉を迎え、元のゴートの街に戻ることを宣言します!」
しばらくの間は住民たちも話の内容をのみこめず困惑していたが、次第に声が上がり始める。
「今……ヴァルハ様を討ったって」
「嘘でしょ……あの恐怖にもう怯えなくていいの?」
「だけど、あれは確かにセリオ様だ。俺昔見たことあるぜ」
疑惑が少しずつ確信へと変わっていくのが声色で分かる。住民の心から緊張感が薄れていくのを感じ取ったセリオが話を続ける。
「もう一度この街を作り直すことを、私が統治し進めていくことをどうか認めていただきたい。そして約束します。もう二度と恐怖が支配する政をしないことを。是非皆様、支えてください。よろしくお願いします」
セリオの宣言に街の住民からは歓喜の声があがった。刑罰という恐怖から解放された喜びを叫ぶ者にかつての名君の息子が統治者となることに期待を持つ者。なんとなく街の空気が和らいでいくのを感じた。住民たちからセリオを批判する声が上がることはなかった。カリオルと同じにならないかと不安になりそうではあるが、きっとそれよりもヴァルハがいなくなったことの喜びの方が大きいんだろう。
住民たちに新たな統治者として迎えられたセリオはその後、日が暮れるまで街の住民たちの声に耳を傾けていた。おれたちはセリオの代わりに報罰隊を連れて見せしめるように街中を歩く。ボコボコになった報罰隊を見た住民たちはようやく心の底から街が戻ることを確信して安堵の表情を見せた。その後、入り口で解放する。そして、セリオの言葉通りに二度と顔を見せないということを誓わせると奴らは地平の向こうにすぐに消えた。
やるべきことを終えたおれたちは宿屋ではなく、セリオの屋敷で休ませてもらうことになった。食事は当然バライバが作ってくれる。セリオを含めた五人で食事をとりながら会話をする。
「セリオさん、これからが一番大変です。頑張ってください」
「ありがとうございますレイさん。そしてみなさん。あなた方のおかげでこの街を取り戻すことが出来ました。この御恩は一生忘れることはないでしょう」
それにしても疲れ切った身体にバライバの料理はよく染み渡る。
「まあおれから言えることがあるとすれば、同じ過ちを繰り返すなってことだけだな」
「それは理解しているつもりです。ですから私が目指すのは父のような名君と呼ばれる歴史に名を残すような者ではなく、一人一人の民の心に寄り添えるような統治者を目指していこうと考えています」
「そうか、頑張れよ」
目指すべき場所がそこまで明確に見えているのなら心配することは無さそうだな。流石は名君の息子ってところか。食事を終えたおれたちはその日はゆっくりと休んで次の日を迎えた。しかし、おれは眠る前にヴァルハの元へと足を運んでいた。
ヴァルハは別の部屋で休んでいた。おれは傷の状態を確認しているヴァルハに声をかける。
「ヴァルハ、アンタに聞きたいことがあってここまで来た」
「お前は……蒼炎の」
「ディール・マルトスだ。自分を倒した相手の名前ぐらい覚えておけ」
「皮肉を……何の用だ。情けをかけられたのを嘲りに来たわけでもあるまい」
おれは別に処遇を情けだとは思ってないけど。そのことについて触れるのは止めた。
「アンタはサンアスリム圏の出なんだろ。その時に聞いたある国ってどこのことだ?」
「そんな昔話を聞きに来たのか。俺は確かに向こうの出身だ。牢獄の処刑人を解雇された後は流れるようにしてクレッセントベルトを越えて、放浪した。そして、俺がいた領土は”カミオン帝国”と呼ばれる国のもので牢獄もその国が管理している場所だ」
カミオン帝国か、何となくそんな気がしていた。
「カミオン帝国について知っていることを教えてくれ」
「すまないが俺は牢獄より外のことを知らずに育ったせいで、国の事は何も知らん。ただ一つ知っているとすれば、俺が処刑人を解雇された理由は国が新しい処刑人を寄越したからだ。それがどんな奴かも知らされずに追い出されたからな。どうしてそんなことを聞いたんだ」
「おれはカミオン帝国の七玹騎士を討つために旅をしているんだ」
「面白いことを言う奴だな。七玹騎士の名だけなら俺でも聞いたことがあるぞ。国では英雄視されているからな。なら何故お前はこんな場所にいる。討つことが目的ならサンアスリムにいなければ駄目だろう」
確かにヴァルハの言う通りだ。七玹騎士を倒すのが目的なら、大陸の反対側にいる必要性はない。
「おれは何度か奴らと戦ったことがある。その時にいつも感じるのは力が足りないってことだ。憎しみだけじゃ届かない絶対的な壁が奴らとの間には存在する。だからおれは力を手に入れるための旅をしている」
「その壁に気付いていて、なお挑むというのかお前は」
「当たり前だ。それだけがおれの明日を生きる意味だからな」
カミオン帝国について目ぼしい情報を聞くことは出来なかった。おれはヴァルハの部屋から出て行き、部屋で休むことにした。
翌日の早朝、おれたちは街の入り口までやって来てセリオに別れを告げる。
「もう行ってしまわれるのですね」
「出来ることなら街が変わる姿を見届けたかったんだけどさ、おれたちにもやるべきことがあるんだ。また会えた時は、新しい街の姿を見せてくれよ」
「はい!」
セリオと別れたおれたちは目的地であるカミラム港に向けての旅を再開した。
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