第十話 敗者に待つもの
レイが倒れている所にエルがやって来て傷薬を渡す。
「勝ったみたいね」
「奇跡だよ、こっちはもうぼろぼろさ」
レイが身体に傷薬を塗っている間、エルは倒れた二人を別の部屋で見つけた拘束具で捕まえる。そして、レイはディールを探しに行こうとした時、二階から笑い声が聞こえてくる。
「ガッハッハッハ! 出て来い報罰隊! 次はどいつだ?」
レイが見上げるとバライバが十人ほどの報罰隊を魔宝具のロープで縛り上げて引きずりながら歩いていた。そんなバライバから逃げるように報罰隊が階段を転がりながら降りていき、倒れているカルゼとグレンダルの姿を見た報罰隊は余計に身の危険を感じて一目散に逃げていく。
「はは……流石はバライバだね」
レイが呟くとバライバは階下の仲間の姿に気がついて階段を下りる。当然、引きずられている報罰隊は頭をそこら中にぶつけているが気絶しているので問題は無かった。
「手前らその様子を見るに、随分と苦戦したみてえだな。俺の方はこの通り”大漁”だぜ」
「こっちは少ないけれど、”大物”に間違いないよ」
エルとバライバがこの後の動きについて話し合う。
「他に報罰隊がいないか探す必要があるわね」
「あと親玉だな。俺達が見つけてないっつーことは……」
「ディールが見つけた可能性が高いわね。私たちはここで見張っておくからバライバは探しに行って」
エルに命令されたバライバはロープで捕まえた報罰隊を引き渡してからもう一度二階へと上がっていく。バライバは先程とは反対側を探索する。
◆◇◆
おれは未だにヴァルハの強さを前に苦戦を強いられていた。特にあの戦斧が厄介だ。半月型の方で力押ししてくると思えば器用に三日月型の方に変えて絡め手を使ってくる。まるで別人、二人の人間を同時に相手してるみたいな感覚。
これはもう、魔力全開で飛ばすしかないな。心配事はこの屋敷を破壊しないかってところ。おれはヴァルハに斬りかかる。戦斧で防がれしまうが、おれは構わず攻撃を続けていき、しばらく激しい剣の打ち合いが続く。おれは一歩下がってからもう一度踏み込んで剣を振るう。力いっぱいの一撃がぶつかり合い、鍔迫り合いになる。
「アンタは一度も! あの狂った制度をやめようとは思わなかったのか!」
「俺は生まれた頃より人を処刑することしか学ばなかった。サンアスリムで最大規模の牢獄で処刑人の子として生まれたからだ。罰がどれほど心と身体に与える傷が深いかを俺はこの身を持って知っている! だからこそ人を罰する以外の方法を俺は知らん」
コイツもおれと同じサンアスリムの生まれなのか。それに牢獄の生まれって……一体どこの出身なんだ? 今の話からしてヴァルハにとって人を処刑することに躊躇いがないのは善を守り悪を裁くわけでも、支配するためのものでもなく、ただ日常の中の行動の一つに過ぎなかったからだ。その存在が常に身近にあるとそれが自身にとっての当たり前になる。おれもそうだ、旅に出たあの日から戦いがおれにとっての日常になっている。
おれは後ろに飛びのいて一撃を躱すと魔法を唱える。
「”フォウ・ゼレイム”【蒼炎柱】」
蒼い火柱が床から発生してヴァルハを包み込む。おれは更に魔力をかけ続けて炎の威力をあげる。
「ぐっ……なんという熱だ……だが、火あぶりなど……慣れたものだ」
ヴァルハは蒼炎の柱を振り払った。
「鞭に水、絞首、爪、電撃、針……牢獄での暮らしはまさに地獄だった。だが、俺はあの日々のおかげで処刑人として最高の存在になれた」
「そこまで言うなら一生牢獄で処刑人やってればよかっただろ」
「お役御免になった俺に戻る場所などない」
おれの炎じゃぬるいってか? とんでもない奴だ。でも、奴の皮膚には確かに火傷がある。完全に効いていないわけじゃない。耐えているだけだ。おれは左腕に蒼炎を纏わせながら、もう一度攻撃を仕掛ける。
三日月型の方で剣をまた引っかけられるが、二度も同じ手にかかってたまるかよ。おれはわざと引っ張られてヴァルハの懐に入り込む。こんだけ近づけばデカい戦斧じゃ小回りが利かないだろ。左腕を引いてから思い切り殴り鳩尾を狙う。
「【蒼覇拳・怒火】」
おれの拳はヴァルハの腹部に直撃する。もろにダメージを貰ったはずのヴァルハは後退りをすることなく、おれは頭に肘鉄をくらう。視界が歪むけど関係ない。剣に魔力を流して魔法を放つ。
「まだだ、【大火輪】‼」
斬り上げると同時に発生した蒼炎の輪が回転しながらヴァルハの身体を攻撃する。これで倒せたかと思ったがヴァルハは蒼炎の輪に攻撃されているのにも関わらず、戦斧を振り下ろしてきた。おれは躱すことが出来ずに剣で受けるが、力が桁違いだ。おれは膝をついて抑えきれない戦斧の刃が肩に食い込む。灼けるような痛みが肩に走る。
魔法を使って脱出しようにも両手が塞がれてたら魔法が使えない。こうなったら……グリンドだ。おれは剣の力を僅かに緩めて身体を後ろに倒す。戦斧の刃が肩から胸までを斬ったが、おれは足からグリンドを放って無理矢理その場から離れる。
吹っ飛んだおれは無様にも魔法の反動で足を痛める。これは完全に捻ったな。立ち上がるが、右足がどうしても痛む。正直、立っているだけで精一杯。だが、ヴァルハも無傷じゃなかった。胸には大きい抉れるような傷に火傷、腹にはおれの拳の痕が残っている。
へへ……残っている魔力量的によくてあと一発ってところか。大事にしないとな……。おれは上を向いてからヴァルハを見据える。次で決まる……これまでの闘いの記憶がおれにそう予感させる。
「もうこれ以上はない。だからこそ最大の一撃を叩き込んでやる! ”ソルド・ゼレイム”【蒼炎の刃】」
「俺とお前、どちらの信念が上回るか。受けて立とう!」
おれは痛む足で跳び上がり渾身の力をこめて斬りかかる。
「【鬼裂断】‼」
蒼炎を纏った剣が戦斧と衝突する。刃の金属同士がギリギリとぶつかる音、炎が燃える音、心臓の音。色んな音が混じっている。手が震えて来た。でも、剣から手を放すわけにはいかない。
「だあああああああッ!」
ヴァルハの戦斧が砕けて、剣がヴァルハの身体を肩から腰まで縦に大きく斬った。おれが着地すると、ヴァルハは数歩下がった後に言葉を残す。
「まさか俺が敗れるとは……刑を執行していないというのに」
そう言ったヴァルハはその場にうつ伏せで倒れた。
「おれはアンタを裁かない。裁くのはセリオの仕事だ」
奴を倒したおれは剣を鞘に戻してからヴァルハに近づいて脈を確認する。どうやらヴァルハはまだ生きているみたいだ。良かった、これで倒れられたらこっちが困る。
「アンタにはまだやってもらうことがあるからな」
バライバが扉を開いてやって来た。
「こいつがヴァルハって奴か。親玉は手前が倒したみてえだな」
「ああ、悪いけど肩貸してくれないか? 疲れちゃってさ」
「構わねえが、この後はどうするよ?」
「セリオにまずは報告だ。その後は……」
街を支配していたヴァルハと報罰隊を全て倒したおれたちは屋敷前のセリオと合流することになった。レイもエルも傷だらけだ。相当強い奴がいたに違いない。
「皆、大丈夫か?」
「無傷ってわけじゃないけれど、大丈夫だよ。そっちも勝ったんだね」
おれはリベンジしようと思っていたデカい奴の事を思い出した。
「そういえばあのデカい黒装束の奴はどこだ!」
「もしかしてあの蜥蜴竜族のことかな? それだったら僕が倒したよ」
レイが代わりに倒してくれたんならいいか。それからおれとバライバでセリオの元へ向かう。柵の前にいたセリオがこっちに気がついて走ってくる。
「ディールさん。その傷は……」
「気にするな、それよりもお前にはやるべきことがあるはずだ。奴らなら中にいる」
おれたちはセリオをヴァルハが倒れている場所まで連れて行く。屋敷の中を歩いているセリオは久しぶりに訪れた家の変貌ぶりと経過した時の流れを全身で受け止めて涙を流している。
「やっと帰ってこれたんですね。私の住んでいた家に」
「久しぶりの家はどうだ?」
「おかえりという声が聞こえないだけで……こんなにも……」
そこから先は何も言わないままおれたちはヴァルハがいる場所へと到着する。ヴァルハは既に目覚めていてその場に座り込んでいた。バライバはセリオの前に出て、腰の武器に手をかける。
「まだやる気か?」
「大丈夫だよバライバ。二人を話し合わせてやってくれ」
「マジかよ、おい……」
セリオは一歩ずつ確実にヴァルハに近づいていく。身体が震えているのが見える。あの一歩は相当な勇気がないと踏み出せない。あいつは凄い。ヴァルハの近くまでいったセリオに奴は声をかける。
「カリオルの息子か。俺を処刑するがいい。まだ全ての罪人に罰を下したわけではないが、もういい」
「ヴァルハさん。まずはあの日の真実を教えてください。包み隠さず全てを」
「いいだろう敗者はただ語るのみ」
ヴァルハはセリオに何があったかを全て話した。父親は税を横領していたわけではなく、屋敷の使用人が小さな恨みや行き過ぎた法に嫌気がさしてでっちあげた事件だったということ。男と女の事件も結局は冤罪だったということ。そして、浄罪懲治の真実も伝えていた。
「そんな……邪魔だと思った人間を差し出していた」
「その通りだ。俺はその時点で全ての者を裁かなくてはならなかった」
「それはきっと違います。誰しもが心の内に様々な感情を抱えています。その中で膨れ上がった恐怖が人々をそう変えてしまったんだと思います。だから、私は街の人々をこの恐怖から解放したい」
セリオの言葉にヴァルハは何かを考えている様子だった。
「お前の父親が求めた秩序を崩壊させてどうするというんだ」
「私は……新しい秩序をつくります。父上とは違う……人々を縛り付けるものではない新しい秩序を」
「俺はどうでもいいが、同じ轍を踏むようにしか見えんがな」
「だからこそ、私はあなたに協力を求めます。共に法を作ってください」
セリオの言葉におれたちもヴァルハも衝撃を受けた。父親と同じようにしてどうするつもりなんだ。
「私は法について詳しいわけではありません。あなたと共に見極めようと思います」
「何を言っているのか分かっているのか」
ヴァルハの語気が強まる。
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