第八話 壁とトカゲ
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ディールがヴァルハを探索している間、一階の探索を担当していたレイとエルは報罰隊がいる部屋に辿り着いていた。かつての客間を報罰隊の幹部である例のディールとエルを一瞬で制したガタイのいい大男と処刑を取り仕切っていたしわがれた声の小さい男が自身の部屋として改装して使用していた。
壁には様々な処刑の瞬間を切り取った絵が飾られている。どれも人々が苦悶の表情をしており、すぐにでも悲鳴が聞こえてきそうな程、現実味を帯びている。断頭台に磔、火あぶりとその絵の種類は多岐にわたっている。中にいる敵よりもその絵が目に入ったレイは思わず言葉を漏らした。
「なんて胸糞悪い趣味の絵なんだ」
この時、レイの心の内に一つの疑惑が浮かんだ。もしかして奴らは処刑そのものを楽しんでいるのではないか、と。彼は勇んで前に出ると法罰隊に向かって話す。
「君たちが報罰隊だね。悪いことは言わない。すぐに降参して裁きを受けるんだ」
「なんだこのクソガキは? いや……あのエルフの女は見覚えあるぞ。今朝処刑を邪魔しようとしてた奴らだ」
ソファに座っていた小柄な方の男が杖を支えにして立ち上がるとレイたちの方を向いて返答する。
「降参? 裁き? 何の事かな? 我々は報罰隊であり、そんな冗談を言われる覚えなどないが」
「よくもまあそんな嘘を平然とつけるわね。あなた達がやってきたことはセリオから聞いてもう知ってるんだから。これ以上の暴挙はやめてもらうわよ」
「それは困りますな。あんなにも興奮を感じられる娯楽は他にないのだからな! 命が無様に散っていく姿こそが至高であり我が喜びである!」
小柄な男が笑っていると、それにつられるように大柄な男も話し出した。
「俺はヴァルハ様の強さに惹かれたからここにいる。あの人は最高だ。人を斬るのになんの躊躇いもねえし、あの狂いっぷりや画期的な処刑は誰にも真似できやしねえよ」
この一言にレイの疑惑が確信へと変わった。怒りを抑えられないレイは黒剣ヴェルブリンガーを取り出すと自身に加速の魔法をかけて飛び出す。高速の突きは小柄な男を狙っていたが、大柄な男に止められてしまった。
「いきなり串刺しにしようだなんて、クソガキよぉお前は興ってのが何も分かってねえな。これだから素人はダメなんだよなあ」
「なっ……止められた。しかも、素手で」
驚異的な切れ味を誇るヴェルブリンガーを大柄な男は手袋をしてはいるが、それでも血の一滴すら流すことなく刃を握って、レイの攻撃の勢いを完全に殺していた。レイはヴェルブリンガーを引き抜こうとしているがどれだけ力を入れても男の手から離れず、もう片方の手による殴打を受けて吹っ飛ばされてしまった。
エルはすぐに弓に矢をつがえて狙いをつけるが既に大柄な男はそこにはおらず、背後にいた。エルは振り返り受け身の構えを取るが、強烈な蹴りの前にレイと同様に吹っ飛ばされてしまう。しかし、エルは空中で矢を放つと矢は唸りをあげて大柄な男へ飛んでいく。
直撃すると思われたが、離れた場所にいた小柄な男の方が障壁を張って矢を防いだ。
「甘いぞお若いの。この魔導士カルゼと屈強な蜥蜴竜族のグレンダルという法罰隊の双璧を成す我々に勝てるはずあるまい」
「蜥蜴竜族だって……」
レイは立ち上がり大柄なグレンダルと呼ばれた男を見つめる。
(蜥蜴竜族は確かに頑丈な特性を持っているけれど、ここまで頑丈なのは珍しい。ヴェルブリンガーの一撃を容易に受け止めるなんて)
グレンダルはレイの視線に気がつくと身に纏っていたローブのフードを取り、その素顔を見せる。そこには蜥蜴竜族の特徴である頑強な鱗と口元には青白く長い舌と鋭く尖った牙がある。しかし、驚くべきはそこではなく彼の頭頂部であった。
「トサカつきね……」
エルが呟いた”トサカつき”というのは一部の蜥蜴竜族が生まれた時に稀についている部位で、これを持つ者は全ての能力に置いて他の蜥蜴竜族を圧倒する。生まれながらにしての強者であり、支配者であるという証である。
「やっぱり面を隠してると前が見えづらくてかなわねえ。おいジジイ、お前もフード取ったらどうなんだ?」
「これ……やめんかトカゲ男!」
無理矢理グレンダルがカルゼのフードをはぎ取るとそこには声のイメージ通りの老爺の姿があった。肌は土気色で耳はエルフほどではないが少し尖っていて、額の横に目立つ皺が何本か入っている。頭髪はないが白い眉毛はとても長く垂れ下がってふさふさしている。
「さ、気を取り直して刑の執行と行こうぜ」
「くれぐれも殺すな。よいな、トカゲ男よ」
「痛めつけて罪を浄化させてやらねえといけねえからな」
レイは右前方にいるエルに向かって協力を仰ぐ。
「エル! ここは連携しなきゃ勝てないよ。サポートをお願い」
「任せなさい。それと蜥蜴竜族は当然として、もうひとりの方の魔法にも気を付けて。何が飛んでくるか分からないわよ」
「分かったよ。次こそ……”マハティア”【筋力強化】!」
レイは次に自身の力を上昇させることに魔力を割いてグレンダルに向かって攻撃を仕掛けた。下からの斬り上げを丸太のような腕で防がれると、すぐに剣を戻して刺突へと切り替える。しかし、これも手の平で簡単に止められてしまう。極めつけにはエルによる援護攻撃がすべてカルゼによって防がれてしまっていた。
「こいつは……ハハハ! おもしれえ、橙の魂色魔法かよ」
(このままじゃ埒が明かないよ。まずはあの魔導士から倒すべきなんだけれど、グレンダルのせいで近づけない。どうすれば……こういう時、ディールだったら……)
「考え事してる場合か?」
グレンダルの蹴りをくらう直前にディフア【身体硬化】の魔法をかけていたおかげでレイはダメージを最小限に抑えることが出来た。レイは一呼吸おいて周囲の状況を確認して作戦を考えながらエルの元へ下がって合流する。
「どうしよう僕の攻撃が効かないよ」
「魔力が不安定になっているせいでいつもより能力の上り幅が小さいのかも」
(いや、感覚的にいつもと一緒だから……問題は僕の実力にあるんだ。この戦いの中で成長しないと彼らには勝てない!)
「私があの魔導士から守りつつ、障壁を破ってみせるからレイはあの蜥蜴竜族を倒すことに集中しなさい。勝つのよ、ここで!」
エルはレイの背中に手を置いて檄を飛ばす。レイは再びエルに背中を預けた状態で魂色魔法を駆使してグレンダルに挑む。しばらくの間、格闘が続くものの頑強な蜥蜴竜族の皮膚に傷をつけることが出来ないでいた。
一方のエルは何度も矢や魔法による援護を続けている。
「なんなのあの魔法障壁は! あの位置から見えていないはずなのに正確な位置に障壁を張ってくる。しかも、あそこまで正確かつ狭く張られるとその分破るのにも力が必要」
「儂がこれまでの人生で磨いてきた障壁だ。そう易々とは破れんよ」
この多対多という状況はエルにとっては戦いづらいものだった。矢による攻撃は正確無比を謳っているだけあり、問題はない。しかし風の魂色魔法は性質上、広範囲で雑把なためレイに当てずに魔法を放つことが難しかった。
「次こそは突き破ってやる。”ニガジュラス・アロー”【黒幻樹の剛矢】」
最大威力で放たれた魔力を籠めた矢はグレンダルの頭に向かって飛んでいくが当然、魔法障壁がそれを阻もうとする。矢は障壁にぶつかりその場で停止。結果的に破ることは出来なかったがヒビをいれることに成功した。
「ヒビをいれるとはな。今のは流石に焦ったぞ」
「あの技でも駄目だって言うの⁉」
行き詰っていたエルの脳内にかつて仙郷の大図書館で入手した魔法に関する本に書いてあった一節が流れる。『基礎的な理論の上で構築された戦闘のための魔法は実に強力である。しかし、イメージが魔法を構成するうえでの重要な要素の一つである以上、実戦という極限の状況下において適応するために生まれた魔法は時に、計算を越える力を発揮することがある。数々の失敗が積み重なったものの上にあるのが”魔法”であるが、奇跡が重なり合って生まれたものもまた”魔法”である』
本に書いてあった内容がエルに覚悟を決めさせる。
「魔術の天才って呼ばれたこの私が失敗を恐れて試さないなんて……愚かよね」
エルは再び弓の弦に矢をつがえると思い切り引く。
「矢の正確さと風の威力を合わせれば……あとは障壁を貫くイメージ! ”オーラヴェイン”【風裂矢】」
「させぬぞ。プロシルド【防護壁】+ミスティック・ヴェール【幻霞の帳】」
放たれた矢の周りには風が纏われどこまでも加速をつづけていく。障壁に当たった瞬間、止まったと思われたがカルゼの魔法障壁は粉々に砕かれる。速度と威力が多少落ちてしまったものの、見事グレンダルの左肩に突き刺さる。
「痛っえーな! よくも傷をつけてくれやがったな‼」
グレンダルは悪態をつきながら肩に刺さった矢を無理矢理引き抜く。傷口からは血が流れている。二人は初めてグレンダルに明確なダメージを与えることに成功する。激昂したグレンダルはレイの頭を掴むと壁に押し付ける。エルはすぐにもう一度矢をつがえるが、カルゼが前に出てきて障壁をエルの真上に出現させる。
「まさか!」
「儂の魔法障壁は攻撃にも転じることができるぞ!」
エルは上から潰すようにして落ちて来た魔法障壁を後ろに飛びのいて回避する。しかし、周囲には他にもいくつも魔法障壁が出現していた。レイを助けることが出来ずにエルは回避に専念することを余儀なくされた。
「ほらほらどうだ! この痛みこそが俺を悦ばせてくれるぜ!」
「ぐっ……うわあああああっ‼」
頭を掴まれた状態のレイはそのまま壁を削るように引きずられて、最後には布切れのように一階のホールまで投げ飛ばされてしまう。エルと引き離されてしまったレイはよろめきながら立ち上がり目の前の敵を見据える。
「俺は強くてお前は弱い。だから弱い者は強いものにおとなしく虐げられていりゃいいんだよ! 街の奴らみてぇによ」
「ただ……力でねじ伏せるだけが強さじゃない。本当の強さは僕の大切な親友が持っているようなどんな絶望にも決して諦めることのない心だ!」
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