第七話 執行人の厄介な戦斧
ヴァルハが中々見つからない。もしかしたら他の仲間が既に見つけているのかもしれない。別の部屋の扉を開くと今度はベッドに机に衣装箪笥と普通の部屋だった。しかし、埃が積もっているので使われていないんだろう。おれは机の上に置いてある本のタイトルを見る。そこには『市井における政』とか『信用と信頼』、『よき統治とは』と書かれている。そしてその横にはその本の内容をまとめたあと自身の考えを書き記した紙が置いてある。これはセリオの部屋か。
紙に書かれた自身の考えをまとめた部分には本の内容と父親の政治を比較している箇所がいくつもある。セリオ自身もきっと父親の背中を追いかけて必死に学んでいたんだ。おれは近くにあった羽ペンを使って紙に『頑張れよ』とだけ書き残して部屋を出た。
それにしても妙だな。なんで他の部屋と違ってセリオの部屋には何も手が付けられていなかったんだろう。今考えても答えは出ないからおれは頭を切り替えてヴァルハや報罰隊を探す。すると不自然なつくりの廊下を見つけた。なんというかここから先だけ屋敷の雰囲気と違う。多分、あとから増築されたんだ。
廊下の先へと進み扉を開くと、広い場所に出てその奥には真っ黒い玉座に前かがみになって座ったデカい男がいる。あれがヴァルハに違いない。セリオから聞かされた特徴と一致している。
あのガタイのいい黒装束の奴じゃないのはちょっぴり残念だったが、親玉を止めるのが今回の目的なんだ。おれは前へと進むが、途中でその歩みを止めてしまった。奴の殺気が凄まじいからだ。あのどす黒い闇を湛えた瞳に見つめられているだけで膝が笑ってる。
この感覚は究幻迷宮で会ったモノノフと同じだ。だが、ここで怯んでいるわけにはいかない。奴との間が十歩ほどになったところで向こうから声をかけてきた。
「お前は誰だ、新しい報罰隊か?」
「そうじゃない、おれはディール。アンタらの暴走を止めに来た」
「暴走? いったい何の話だ」
とぼけているのかコイツは。それとも自身がやって来たことがすべて正しかったとでも言うのかよ。
「アンタは今、浄罪懲治で罪もない人を処刑してるんだろ。それを秩序の暴走だって言ってんだよ」
「罪がないとは……何も理解していないだな。この国の民は皆、罪を犯しているだろう。カリオルの息子から聞かなかったのか。民は罪のない者を処刑の対象として差し出している。何もしていないのにな」
「それはアンタらが月に一度罪人を差し出せって言ったからだろうが」
おれは声を荒げてヴァルハを非難する。しかし、ヴァルハは気にせずに話を続ける。
「そう、今お前が言った通りだ。俺は確かに罪人を差し出せと言った。しかし、いなければそれでよかった。それでも民は必ず一人を差し出してきた。仮に差し出さなかったとして何か罰を与えるわけではなかったのにな」
「それは……」
「民が勝手に差し出さなければ罰せられると勘違いした。そして罪の無い人間はどうやって選ばれると思う? 要らないと……嫌悪感を持たれれている者から差し出されるのだ。初めて民が罪人を差し出したときの顔を今でも覚えている。奴らは安堵したわけではない、笑っていたのだ。邪魔者を消せるいい口実が出来たとな。そもそも最初に罪人を告発したのも民からだった」
この街を法で縛り上げたから暴走したのは報罰隊だけじゃなかったんだ。それに最後に言った言葉、多分セリオの話にあった住人同士による告発が始まった件のことだろう。
「罪の無い人間に後ろ指を指し、自らは安全な場所で処刑を眺めている。これのどこが罪ではないと言える? だからこそ俺はカリオルと共に作った法で民の面を被った全ての悪魔を罰するまでこの玉座から降りるわけにはいかない」
「アンタは間違ってる! そもそもこんなことになったのは行き過ぎた法と罰が住人を恐怖で縛り上げたからだ。」
「だが、その統治こそがカリオルの求めていたものだ。そのカリオルも自らを疎むものによって晒し首になったがな。契約した俺はあの遺言に従っているにすぎない」
法という存在に囚われたセリオの父親の言葉のままに全ての罪、つまり全ての住民を滅ぼすってわけか。誰がこの街をここまで狂わせたのか、原因はきっといくつもある。しかし、現状に目を伏せて放っていては何も変わらない。変えるためのきっかけを作るんだ。
「セリオに全ての事実を伝えてから、この街を彼に返してもらうぞ」
「カリオルの息子に返した所で何ができるというんだ」
「少なくとも今のアンタよりは、マシな街にしてくれるさ」
ヴァルハは立ち上がり玉座の近くに置いてあった巨大な戦斧を手に取ると、こっちに向けてきた。戦斧はヴァルハの背丈よりも少し長く、左右で異なる形状の刃になっている。片方は半月状でよく見かける形。もう片方は三日月のように湾曲していて斧というより戟に近いか? 刃には不思議な紋様が刻まれており、柄に巻かれた黒い革は所々はがれていてボロボロ。おれも剣を取り出して構える。
「お前は不法侵入に加え、国家反逆罪、侮辱罪……数えきれないほどの罪を犯した。よって死刑に処す」
「あんだけ塀の前に石碑があったんだ。だったらアンタも一つくらいは該当してんじゃねえか?」
「くだらないことを」
おれは一気に距離を詰めてヴァルハに斬りかかる。ヴァルハは半月型の方の刃でおれの攻撃をいなすとその勢いのまま柄をクルッと回転させ三日月型の方で薙ぎ払って来た。おれは大きくジャンプして躱すが空中だと身動きがとれない。
ヴァルハは軽々と返す刃で攻撃する。おれは剣で受けると吹っ飛んだが、怪我もなく無事に着地した。しかし、すぐにヴァルハ突っ込んできて戦斧を振り下ろす。後ろに飛びのいて躱すと、さっきまでいた場所には亀裂が入っていた。
今度はこっちが足元を狙って攻撃すると、柄で止められる。次にその柄の頭を突き出してきたが、咄嗟に左手を床についてしゃがみ、勢いをつけて身体を浮かせるようにして蹴ると奴の脇腹に直撃する。ヴァルハが一瞬よろけたのでおれはすぐに立ち上がりもう一度斬りかかる。戦斧がぶつかると衝撃が腕にまで伝わって痺れる。力が桁違いだ。
力で押し切られてしまい、腕に小さな切り傷ができる。少し触れただけなのにあの戦斧は切れ味抜群みたいだ。おれは一度距離を取ると、戦斧の違和感に気がついた。あの戦斧はさっきおれを斬りつけた時に血がついたはずなのにどこにもついていない。どういうことだ? 奴が振り払ったわけでもないし。
「この斧はただの斧ではない。人の命を喰らう”魂喰の斧”。血を飲めば刃は鋭く、骨を砕けばより頑丈に、魂を奪えば持ち主に力を与える。お前の実力では俺には及ばん」
これまでさんざん処刑して命を奪ってきたからその斧が無敵だとでもいうのか? そんなもんに負けるわけにはいかない。おれがしかけるとヴァルハは構えを変えた。斧を持つにしては妙な構えだがおれはそのまま斬りつける。すると、ヴァルハが三日月型の方で刃と柄の間に剣をひっかけてきた。おれは剣を引っ張られてそのまま手を放してしまった。追撃を逃れるために下がるが、聖剣ミレニアムは奴よりも後ろの方に落ちている。このままじゃ戦えない。
ヴァルハはおれが剣を持っていないのを好機と見たのか一気に攻勢に出てくる。こっちは躱すので精一杯だ。なんとかして剣を取りに行きたいけど、ヴァルハは簡単に拾いに行かせてはくれない。
「こうなったら魔法で戦うしかないな ”ゼレイム”【蒼炎球】」
蒼い炎の塊はヴァルハ目掛けて飛んでいくが、ヴァルハはそれを戦斧で払った。ゼレイムの威力がいつもより弱い。
「蒼い炎か……この程度ではまるで子供騙しだな」
「言ってくれるぜ」
元からの魔力の量とか強さがおれは比較的少なくて弱いってエルが言っていた。順番で言えばバライバが一番下で次におれ、そして少し差がついてレイで更に大差をつけてエルという順番らしい。だから魔法の威力がエルたちと比べると弱い。ここまで敵に力があると簡単な魔法じゃ歯がたたない。
おれは右の手の人差し指と中指を伸ばし、左手は右手を包むようにして構える。伸ばした指先から蒼炎が出てくる。そのまま曲線を描くようにして手を動かして蒼炎を伸ばす。
「”ゼレイム・セルペント”【縛炎】」
細く伸びた蒼炎はスルスルと伸びてヴァルハの元へ飛んでいく。ヴァルハは躱そうと横に飛びのいたが蒼炎は追従してヴァルハの右腕に巻き付く。
「捕まえた!」
「こんな細い炎で俺を捕らえられると本気で思っているのか」
そう言ってヴァルハは炎の紐をちぎろうとしたが、そう簡単には切れない。それもそのはずイメージは魔力で熱を抑えてその分を耐久性に注いでいるからな。魔力が弱いなら器用さで補う。これがおれの魔法だ。だけど、この魔法はやっぱり使いづらい。
おれは腕を引いて引っ張るような動きを取る。そこから伸ばした指に親指を引っかけてデコピンをすると指先から離れた炎がヴァルハの元へと飛んでいき破裂した。攻撃を受けたヴァルハは初めてよろける。
「これは……」
「今だ!」
おれは奴がよろけている隙に剣を拾いに全力で走る。剣の柄を握ったタイミングでおぞましい殺気を背中で感じ取り前方に回転して回避する。ようやく手元に剣が帰ってきた。これで戦える。
さっきの魔法の仕組みは簡単。デコピンで弾いた炎の塊は導火線のように伸びた炎の紐を辿り、その魔力を吸収することでより強い炎になる。そうして魔力をふんだんに溜め込んだ炎は最後に強烈な威力で破裂して縛った相手を攻撃する。魔法が安定していない今の状態で成功するか心配だったが、うまくいったみたいで良かった。だが、まだ敵を倒したわけじゃない。
「”ガンド・ゼレイム”【蒼炎連弾】」
いくつもの蒼炎を放ってヴァルハに攻撃するが、ヴァルハは戦斧を回転させてすべて防いでいる。蒼炎の威力にばらつきもあるしなによりも反動がキツイ。これもダメだ。いたずらに魔力を消費してるだけになってしまう。
やっぱり厄介なのはあの戦斧だよな。あれを見ているだけで、不用意に近づけなくなっている。
「さっきまでの威勢はどこに行ったんだ?」
「アンタを倒す方法を考えてんだ。負けそうだから黙ってるってわけじゃねえぞ!」
どうすれば奴に勝てる? 何かいい策を考えないと……このままじゃ力負けして分が悪くなるのはこっちだ。
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