第六話 助けを求めるなら
「以上がこの街を変えた三つの事件と革命でした。結局、あの日女性が襲われたという事件が本当の事だったのか。父上と母上が税を横領していたのか。今となっては真相は闇の中です」
「そういう訳だったのか」
おれは頭の中で今聞いた話を整理してから質問をした。
「この街で起こった事件は何となく理解したよ。だが、おれが気になってるのは昨日の夜、襲撃された時に街の住人が言っていた”粛清される”という言葉だ。あれにはどんな意味があるんだ?」
「それ僕たちも聞いたよ」
セリオはおれの質問に答えた。
「それは恐らく一年ほど前から始まった”浄罪懲治”という制度ですね」
名前を聞いただけじゃ内容を予想することは出来なかった。
「内容は一節ごとに誰でもいいから罪人を報罰隊に差し出して処刑するというものです」
おれは今の言葉を聞いて今朝の出来事が頭の中でつながった。
「まさか、今朝の処刑も」
「そうです。あれは浄罪懲治による犠牲者」
今の会話を聞いていたエルが疑問を投げかける。
「ちょっと待ちなさよ! その制度は罪人を差し出すものなんでしょ? だったらあの人は有罪だったの?」
「それは違います。恐らく彼の言っていた言葉を聞いていた限り、あれは冤罪でしょう。最初に説明した罪人を差し出すというのは建前で実際には誰かを定期的に処刑することで民たちに罪を犯してはならないという意識と逆らってはならないという恐怖を植え付けるために行われているのです。そして、今回はあのエルフの男性でしたが、いつもはここに訪れる旅人が標的にされて処刑の対象にされています」
「だから俺達が襲われたってわけだ」
バライバは昨夜の襲撃の理由が理解できてスッキリしたみたいだ。それにしても浄罪懲治か。人を支配するために何の罪もない命を奪うって……おれの頭の中を故郷での惨劇がよぎった。
「街の人々は逃げ出さないのかい?」
レイがセリオに質問をしてセリオがそれに答えた。
「それは不可能ですね。街には報罰隊がいますから。常に彼らが街の監視をしています。それをかいくぐって私は旅の人を逃がしているのですが……さあ、もう昔話はこれぐらいにしましょう。出口まで案内します。ついてきてください」
セリオが扉から外に出て行こうとしたがおれたちは黙りこくったまま考え込んでいた。その様子を見たセリオが不思議がる。
「どうしたんですかみなさん。急がないとまた街の人々や報罰隊に目をつけられてしまいますよ」
おれから見てこの街は狂ってるとしか思えない。しかし、圧倒的な力を前に抗えない苦しみも知っているし住民の間に猜疑心が芽生えるなんてもってのほかのはずだ。おれが訪れてきた街や村はどこもそんなことなかった。ロオの街を除いてにはなるけど。
おれたちは顔を見合わせて頷いた。どうやら皆考えていることは一緒みたいだ。
「よし! 行くか。セリオ、案内してくれ」
「分かりました」
「ただし、街の入り口じゃない。ヴァルハとかいう裸の王様がいる屋敷にだ!」
おれが立ち上がりながらそう言うとセリオは目を丸くする。
「話を聞いていたんですか⁉ この街はもう変えられないんです。それにさっきみたく倒されて今度こそ処刑されてしまいますよ!」
「まだ何もしてないのに変えられないって決めつけんなよ。もしも、住民がこのイカれた暮らしを望んでいるならおれは手を出さないさ。でもな、おれが会った住民は皆何かに怯えていた。おれに謝りながら凶器を突き立ててきた。だからこそおれはそれを見過ごして先になんて進めない。誰かが助けを願うならおれは力を貸す。セリオ、アンタはどうしたいんだ?」
「私は……私はこの街を元の姿に戻したい! しかし、街の人々がそれを望んでいるか……」
セリオ自身は街を戻したいんだろうけど、住民を束ねていた家にいたからこそどうしても住民のことやその安全が気になってるんだ。だから自分の願いを表に出せないでいる。きっと心の中じゃどうしたいか決まってんのに。
悩んでいるセリオの背中を押したのはレイだった。
「あなたは父君の近くで民が幸福に過ごす姿も報罰隊の下で民が虐げられていた姿も見てきたはずです。民が今、何を求めているのか……それがあなたには分かるはずです。セリオさん」
「街の人々は……あの日からずっと苦しんでいます。近くで見て来た私には分かるんです。時折、私を見つめる人々の瞳が助けを求めているのを。私はどうすることもできないと気がつかないふりをしてきました。みなさん、どうかこの街を取り戻すのに力をお貸しください」
セリオは頭を下げてようやくおれたちに本音を打ち明けてくれた。おれたちは当然その願いを聞き入れる。
「任せとけセリオ。それにあの黒装束の奴らには絶対に負けねえ」
「私も同族が処刑されて黙っているなんてできないわ。ディール、レイ、バライバ。これは命令、報罰隊を倒しに行くわよ!」
エルもやる気に満ちている。
「しゃーねーな。いっちょやってやるか! 俺だって胸糞悪いのは御免だからよ」
おれたちはセリオ案内の元、街を狂わせた原因の一つである報罰隊がいるというかつてセリオが住んでいた屋敷まで向かった。道中、エルが衝撃的なことを口走った。
「レイとディール、この戦いは魔法を解禁していいわ。でも、不安定な魔法は自身に跳ね返る危険性があるのも忘れないで」
おれとレイはただ分かったとしか言いようが無かった。そして、歩いていると最初に来た時と同じように窓からこちらを住人がずっと覗いてくる。気味が悪いくらいに。あの目はロオの街にいた時の事を思い出す。あの街も孤児院の区から一歩でも出れば狩るか狩られるか、騙すか騙されるかだった。
広い街の中を何事もなく突き進んでいると、セリオの話に出て来た屋敷の前に到着する。そこには数えるのが億劫になるほどの罰則が刻まれた石碑が置かれ、屋敷を囲う塀を更に囲っている。そして、塀の門へ続く道の両端には街灯のように置かれた晒し首があり、右手前には今朝処刑されたエルフの男の首もあった。
おれとレイは首の前まで行くと、何も言わずに胸の前で十字を切った。これはシスターがやっていたことの真似事だ。シスター曰くこれには幾つか意味があるけど、その中の一つに死者を悼む意味もある。犠牲になった住民一人一人に祈りを捧げ終えたおれはセリオに頼みごとする。
「案内はここまででいい。セリオ、お前は戦えないんだ。だからお前はここの人達を弔って待っててくれ」
「分かりました。私は私に出来ることをします。だから……報罰隊はお願いします。法に囚われた彼らを止めてください!」
セリオに託されたおれたちは屋敷へと向かう。おれは塀の門にかけられている鍵を叩き斬ると無理矢理屋敷の敷地内へと入っていく。敷地内の植物は長年手入れされていなかったのか枯れ果てている。
屋敷の扉には当然鍵がかかっている。ノックしたって誰かが開けてくれるわけでもないし、そもそも話し合いで済む相手じゃない。扉をいつもみたいにグリンドで破壊してこじ開ける。中に侵入するとレイが一言。
「なんだかいつもこんな感じだよね」
「扉を普通に開くより吹っ飛ばす方が多いかもな」
屋敷内の大まかな構造はセリオに聞いておいたがどこに目的のヴァルハがいるかは分からない。おれたちは手分けしてヴァルハを探すことにした。レイとエルは一階の探索でおれとバライバは入って正面の階段を上がった二階を探索する。
「バライバは右側の部屋を探してくれ。おれはこっちを探す」
「おう。だがよ、そのヴァルハって野郎を見つけてどうすんだ?」
黒装束の奴らはぶっ飛ばすとして、ヴァルハが実際にどんな人物なのかはセリオの視点からしか語られていないからどんな奴なのかもよく分からない。会ったらなんて言えばいいんだろうか。今すぐに法を変えろって言うか? それとも王様なんてやめてセリオに統治者としての場所を返せって頼むか? なんだかどれも違う気がする。
「ヴァルハにはセリオに会ってもらって自身がやってきたことを振り返ってもらう。奴らの暴走を止めるのはおれたちだけど、裁くのはおれたちじゃない。街の人間がやるべきだ」
「なるほどな。ようし、それで行くか」
おれは一つずつ扉を開いて中を確認する。処刑のための道具が置いてある物置部屋に大量の紙が置いてある部屋。気になったおれはその中の一つを手に取る。そこには処刑された人間とその処刑方法、何の罪を犯したかが書かれていた。見た感じ他の紙も同じような内容だ。この中に真実が書かれた紙は何枚あるんだろうな。
紙を机の上に戻したあと、別の部屋の探索に移る。
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