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魂色ファンタジア~語られざる異端者の冒険譚~  作者: ガホウ
~呪われし骸と真の炎~
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第五話 革命

 応接室の黄金に縁どられた両開きの扉が使用人の手によって静かに開く。応接室の中は緋色の絨毯が長く伸び、足音すらも優しく吸い込んでいく。壁にはゴートの街を治めてきた歴代の領主の肖像画が飾られており、歴史と誇りを物語っている。天井には真鍮製のシャンデリアがあり、その灯火は宝石を思わせる琥珀色。


 家具は上質な木製でひじ掛け椅子やソファには丁寧に領主の家の紋章が刺繍されており、権威を漂わせる。中央の円卓には銀細工の茶器と、美しい花が活けられた花瓶が置いてあり、領主の趣味や好みをさりげなく演出していた。


 そんな気品あふれる部屋の中に一人場違いともいえる人物が座っていた。先程、セリオが遭遇した男である。カリオルはその男と話していたが、家族が来たことに気がつくと、自身の家族を男に紹介した。


「今やって来たのがワタシの家族だ。こちらが妻のカリナで、そしてこっちが息子のセリオ。二人に紹介するのはこれが初めてだったかな? あちらの人はこの度、街にやって来てくれた”処刑人”のヴァルハ君だ」

「初めまして。ヴァルハ=モーラと申します。雇っていただき誠に光栄です」

 

 そのヴァルハという男は処刑人として紹介された。意味の分からなかったセリオは父に質問を投げかける。


「処刑人を招くとはどういうことですか父上⁉」

「まあ落ち着けセリオよ。ワタシは気がついたのだ。本当に街に必要だったものがな」


 カリオルはセリオの肩に手を置き、今までに見せたことが無いほどの満面の笑みで答えた。


「この街に必要だったのは”秩序”だ! そしてそれを守るための”法と罰”を定めねばならん」

「秩序……」

「そうだ! そして今からこのヴァルハと共に法と罰を決めていく。これでこのゴートの街はもっと良くなるぞ!」


 それからカリオルはヴァルハと執務室に閉じこもると、一節という長い期間を経てついにゴートの街における法律とそれを破った際の罰則が決められた。思いつく限りの罪に対する罰則を刻んだ石碑を一つずつ屋敷の前に配置して、住民に新たな法と罰による秩序の訪れを知らせた。


 石碑の内容の一部にはこう記されていた。


『第七条:窃盗に関する規定 他人の財物を故意に盗んだ者は、その被害額に応じて身体刑に処す。初犯の場合、鞭打ちの刑。再犯は、指の切断の刑』

『第十二条:殺人に関する規定 故意に他者の命を奪った者は、動機および状況に関わらず拘束し、裁定の後、斬首による死刑が科される。なお、正当防衛が認められる場合はこの限りではない』


 住民はこの内容に対し、肯定的な者もいれば否定的な者もいた。肯定的な者はこれで罪を犯す者が減ることや街の安全がより確証されたと喜び、否定的な者は罰が重いことを不安視していた。この新たな街の掟が決められてから数節は何事もなく平穏な日々が続いていた。しかし、ある日事件が起こる。


 それは酒場で酔った男たちが喧嘩沙汰を起こしたというものであった。これがこの街で初めての刑の執行となった。法に当てはめると、今回の場合は両者ともに街中引きずり回しの刑である。


 男たちは二人とも馬が牽引する荷車に括り付けられると日暮れが来るまでの間、街の中を住民たちに見せつけるように引きずられた。刑を終えた二人はどちらも顔が腫れ、話す気力すらも失っていた。


 そして刑を見ていた住民たちとセリオはその様子を目の当たりにして恐怖心が芽生え、罪を犯さぬようにと心に刻んだ。それでも外から来た盗賊やほんの一瞬の感情が引き起こす事件のせいで刑の執行は絶えなかった。


 事件が起こるたびにその場を圧倒的な強さで鎮めるヴァルハを見ていた一部の者が刑の刺激にあてられたのか、罪を犯す者が許せなくなったのか、その心の内は分からないが次第にヴァルハの下について証拠集めや裁定等の手助けをするようになった。


 この者たちが現在の黒装束の者達であり、街では”報罰隊”と呼ばれている。それからまた違う日にこの街を変えるきっかけとなる事件が起きる。内容は殺人、容疑者は二人いた。お互いがお互いを犯人だと叫び、どちらが犯人であるという証拠も証言もなかったため、どうなるかと思われていたが、領主が早々に決断を下した。それは、両者を斬首にするというものだった。


 この決定にセリオは異を唱えるが、聞き入れてもらえなかった。


「父上! それでは罪なき者のどちらかを裁くことになるのですよ!」

「黙れセリオ! そんなことはもはやどうでもいいのだ。今は少しでも早く大罪人を断罪し民を安心させねばならぬのだ」


 話が通じないと考えたセリオは次に処刑人であるヴァルハに物申した。


「ヴァルハさん、あなたはこの決定には賛成しませんよね?」


 しかし、ヴァルハからは無慈悲な返答しか返ってこなかった。


「俺はあくまで処刑人で雇われている身だ。雇い主……そして、法に従うのが俺の仕事」

「法に則り、裁くと言うのならあなたは間違っている。そんな法はどこにも存在しない」

「知らないのか? 既にカリオル殿がその件に合わせた法を刻んだ石碑を運んで行ったが」

「そんな⁉」


 セリオがすぐに屋敷の外にある石碑を確認するとカリオルが石碑の設置を丁度終わらせたところだった。セリオは父に声をかけるが無視をされてしまい、説得の時間もないままその後すぐに両者の処刑が行われた。


 この瞬間、罪を犯していなくても裁かれる可能性があるという恐怖が住民たちを狂わせていくことになった。両者がどちらも斬首になって以来、住民による事件の告発が起きた。


 内容は女が男に襲われたというもの。至って気になる部分は無い事件かと思われていたが、セリオはその男が斬首になる前、大粒の涙を浮かべて真剣な表情で無実を訴えている様子が頭に残った。


 刑の執行後、セリオはヴァルハや報罰隊にその事件についての説明を求めたが何の回答も帰ってこなかったため、彼に真相を知ることは出来なかった。しかし、街には明らかな変化が起きていた。


 その事件を皮切りに、住民による告発が増え、ほぼ毎日のように刑が執行されるようになった。街のどこかでは必ず誰かの悲鳴が聞こえ、美しく整備されていたはずの道は赤黒い染みが残り、人々は次第に家屋の中から姿を出さないようになっていった。以前のような人々の笑顔が飛び交う活気にあふれていたゴートの街の姿は見る影も失った。


 民による告発が増え、この事態を重くみたカリオルは次々に新しい法と罰を考えて、次第に罰の重さも苛烈さを増していった。住民の半分以上が何らかの刑に処された頃、カリオル自身が賄賂を受け取り、特定の店を優遇したり、税を街のためではなく私腹を肥やすためだけに使ったなどの疑惑が持たれ、法罰隊による審議が行われた。


 結果は有罪であり、セリオは父が最期に処刑を素直に受け入れている衝撃的な姿を目撃した。カリオルは処刑の間際、一人息子であるセリオではなく巨大な戦斧を持ったヴァルハに対して遺言を残した。


「これも報いか……ヴァルハよ、ワタシはワタシ自身が犯した罪を認め、罰を受け入れる。だからこそワタシの代わりにこの街から全ての罪を滅ぼすのだ!」

「かしこまりました」


「父上ぇぇっ!!」


 セリオの叫びも空しくヴァルハが振り下ろした戦斧によって、かつて名君と称えられたカリオルは自らが定めた法によって裁かれ、悪の象徴として屋敷前に晒し首となった。その後、日を置かずにセリオの母であるカリナも事件に関与していたとして父の横に苦悶の表情を残した頭部のみが晒された。


 一瞬のうちに両親を失ったセリオは耐え切れずに法罰隊に支配された屋敷を飛び出すも、外に出るなり犯罪者の子供として石を投げられた。しかし、帰る場所も街を出る勇気もないセリオは処刑されて誰も住んでいない空き家を隠れ家として暮らすようになった。


 それから街の支配者を失った住民たちはこれまでたくさんの悪を討ったヴァルハを畏怖の念を込め、王として持ち上げる。ヴァルハはこれを受け入れ、法と罰が全てを支配する現在のカダ王国を作り上げた。


 ◆◇◆

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