第六十五話 花柄の手拭い
次の目的地を龍族のいる場所へと定めたおれたちは出発するために荷物をまとめて街の入り口まで来ていた。
「そろそろ出発するか」
「バライバは薄情ね。一緒に旅した仲間との別れだって言うのに見送りにも来ないなんて」
「ホントは寂しすぎて泣いてんのかもな」
「僕はもう泣きそうだよ……」
レイがうるうるとしている。そりゃおれだってバライバと別れるのはつらいけどさ。アイツにはアイツの仕事があるだろうし。今何をしてるんだろ?
◆◇◆
ディールたちが出発しようとしている間、バライバは族長に引き留められていた。
「バライバよ、お前はどうするんだ?」
「どうって……いつも通りに作品を創るだけだぜ」
「嘘をつけ。本当はディール殿たちについていきたいのだろう?」
図星だったバライバは顔を背けて、腰元のハンマーをいじくる。
「でもよ」
「バライバ、父親のことならこれまで通り俺達に任せてくれればいい。これはお前に与えられた役割だと思っている」
「ドゴ……」
未だに決意が定まらないバライバを見かねてバルキスが職人として認められた証である、名を与えることにした。
「バライバよ、今ここにドワーフのしきたりに従いお前に名を授ける。今日この瞬間からお前はバライバ・トルマリンと名乗るのだ」
「なっ⁉ 俺を認めてくれるのか!」
「お前の腕自体は昔から疑いようのないものだった。しかし、心が未熟だった。それももう今となっては昔の事よ。ディール殿との旅を経てお前は職人と肩を並べても遜色ない心と誇りを手に入れた。ここからは族長命令じゃ。ディール殿をそばで支え、盟約を果たす手助けをせよ」
「ということはまさか彼女もことも」
「それは……また別の機会じゃ」
バライバは最後の族長の言葉を聞く前に喜びを爆発させてその場を飛び跳ねながら工房を後にした。すぐにバライバは自身の家に戻る。しかし、家の中に父の姿はなかった。 バライバは焦って外に飛び出すと追いかけてきていたドゴとぶつかった。
「親父はどこに行ったんだ?」
「ああお前の親父なら今の時間は作業場で包装の仕事をしているはずだ」
「親父がか? いったいいつから」
「言ってなかったか? 四日に一回のペースで働いとるぞ。何もさせないことがやさしさじゃない。出来ることを探してやることも大事なことだ。それに動くことは健康にもいいからな」
父の安否を確認したあと、バライバは自身の机の上の物を整理して、持っていくものを選んでいた。その荷物の中には様々ながらの手拭いが多くあった。その後、バライバは自身の工房へと向かい、そこでもいくつかの魔宝具と荷物を袋に入れた。
準備が完了したバライバは次に父の元へと向かう。父はバライバの母が眠る墓の前にいた。そこでバライバは父に旅立つことを伝える。
「親父……俺! 旅に出ることになった。いつ帰れるのかも分かんねえし命の保証もねえんだけどよ。でも……それでも俺はアイツらの旅の果てを近くで見届けてえんだ。あの危なっかしいバカのよ」
「そうか」
「止めねえのか」
「お前は俺のせいで何年も立ち止まったままだった。そろそろ突き進むときが来たんだ」
バライバの父はとても優しい表情でバライバを見つめている。
「俺は今でも人間が大ッ嫌いだ。けどよ、どうもアイツらのことは嫌いになれねえんだ。他人のために命懸けるのとか、絶対にくじけねえところとかよ。アイツは俺が知ってる人間と違う。とんでもなくデカい何かに巻き込まれてる。俺はそれを助けてえ。だからよ……行ってくるぜ」
「おう。お前はどこにいても俺たちにとって自慢の息子だ。バライバ……無茶してこい!」
「分かってるぜ。ドワーフ族は頑丈だからこそ無茶してなんぼだ!」
二人は固く握手をして、互いの肩をしばらく抱き合った。それからバライバはナボム鋼を砕き、その粉を墓に振りまき母に挨拶をする。
「お袋もあの世でびっくりしてるかもな。俺が人間と旅に出るなんて知ったらよ……必ずまたここに帰ってくるから……待っててくれ」
バライバは下唇を噛み、決して涙を流さずに笑顔で父の元を離れる。そして、その足でバライバは仲間の元へと歩いていく。道中、街の景色を眺めながら昔の事を思いだす。師匠と共に魔宝具の実験をしたことや母の店の手伝いをしていたこと。たくさんの思い出がバライバを引き留めようとするが、旅立つという気持ちに変化はなかった。
◆◇◆
せめてバライバに別れの挨拶をしていこうと思いこっちから出向こうとしたら、向こう側からバライバがやって来た。
「バライバ!」
「俺もよ、ついていくことにしたぜ。なんせ手前らには栄養満点でボリュームたっぷりのメシが作れて腕っぷしもある奴が必要だろ?」
「おお!」
おれは嬉しさのあまりレイと一緒にバライバと肩を組んで横に揺れた。これで頼もしい仲間が一人増えた! ただ、エルが改めてバライバにその覚悟を問う。
「この旅はただのお遊びじゃないのよ。途轍もない敵と戦うことになるかもしれない」
「そんなもんいくらでもかかってこい! 俺は誇り高きドワーフ族、バライバ・トルマリンとしてどんな敵にも立ち向かい、手前らの目の前にある障害をぶっ壊してやるぜ‼」
「ま、聞くまでもなかったわね」
バライバも来たことで今度こそ出発しようと思っていたら、バライバはまだ寄る場所があると言ったのでおれたちはついていった。そして、ついたのは誰かの工房だった。外にはどっかで見覚えのある布が干してあった。
「ヴェスリーンいるか?」
バライバが工房に向かって誰かの名前を呼んだ。すると扉の向こうから色んな色で汚れたエプロンを着た可愛らしい感じのスラッとした髪の長い女性のドワーフが出てきた。なんか花みたいな香りがする。
「どうしたのバライバ? あっ! 後ろの人達はもしかして」
「ついこないだ話した人たちだぜ」
「バライバがお世話になってます」
「あっ……どうも」
おれたちは揃って頭を下げて挨拶した。この人は誰なんだ?
「紹介するぜ、この娘はヴェスリーン。バルキス族長の孫娘にして、俺の将来の嫁さんだ」
「ええええええ‼」
おれたちは全員驚きのあまり開いた口がしばらく閉じなかった。
「でもおじいちゃんはまだ認めてくれて無いから、仮のままだけどね」
「だが、俺は名を貰ったから結婚もいずれ認めてくれるはずだぜ」
「そうだったんだ! おめでとう! 最近おじいちゃんが元気になったのはそのおかげだったんだ!」
元気になったきっかけは多分違うだろうけど……なんか二人を見ているとこっちまで微笑んでしまう。それぐらいなんていうのかな……とってもいい感じだ。二人がしばらくこっちを無視して談笑している。
「まさかバライバに結婚相手がいるなんて」
「ドワーフの年齢からしたらおかしな話ではないでしょうね」
一通り話し終えたのかバライバは咳ばらいをしてから本題に入った。空気が変わったのを感じたのかヴェスリーンも真剣な表情になっている。
「という訳でだ……ヴェスリーン。俺はコイツらと一緒に旅に出ることにした。何年かかるか分からねえけどさ、必ずお前の所に帰ってくる。約束する」
「信じてるからね」
「おう。そうだ! 新しいのあるか?」
「待ってて、取って来るから」
そう言ってヴェスリーンは工房の中へと入っていき何かを取って来た。その手に握られているのはバライバの工房でも見た布だ。
「帰ってきたときに持ってきたのは汚れが落ちなかったから。はいどうぞ」
「ありがとな。この柄もいいぜ」
バライバが布を手に取って広げる。そこには青い花の柄が入っていた。そうかここは染色の工房だったのか。そしてその染料に花を使っているからほのかに香りが漂って来たんだ。バライバは今頭に巻いている手拭いを外して、新しいのを巻いた。
「似合ってるよ」
「なんか照れるな」
バライバはヴェスリーンに褒められて顔を赤くしている。
「行ってらっしゃい」
「行ってくるぜ」
おれたちの所へと戻って来たバライバに質問する。
「もういいのか?」
「大丈夫だ。出発しようぜ」
ヴェスリーンとの別れを済ませたバライバと一緒に再び街の入り口へとやって来た。
「えっと……次の目的地は龍族に会いに行くことだよね」
レイが確認する。
「そうだな。ここからだとどう行けばいいんだ? というかどこにいるんだ?」
「私も龍族には滅多に会わないけれど、どこにいるかは知ってるわ。龍族の治める国”ドラゼリオス”があるのは遥か北東の煉陽火山の一帯」
「まーた長い旅になりそうだな。よし、出発だ!」
おれたちは今回の旅でバライバという新しい仲間を迎えて、龍の火種を手に入れるための旅に出た。この旅の先が七玹騎士を討つ力へと繋がっていることを信じて。
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