第六十一話 白銀世界の三つ巴決戦
モノノフはおれの姿を覚えていたみたいだ。
「また会えるとは。見たところ傷だらけのようだが、この迷宮で少しは強くなったか?」
「おかげさまでな」
「この短時間で顔つきも良くなった。膝ももう笑っておらぬようだな。楽しみが一つ増えた。すぐにでもこの女を斬り、うぬの相手をしてやろう。待っておれ」
これは願ってもない話だ。おれの最初の狙いが上手くいきそう。そう思っていたのも束の間、銀騎士がおれの方を見て、声をかけてきた。
「今の蒼炎……貴様が青の魂色か」
七玹騎士にバレてるなんて……誰が告げ口したんだ? ヴァントか……いや、パーピュアか! どちらにしても、しらを切って逃げられるような局面でもないだろう。
「だったらどうすんだよ。また四年前のように殺しに来るのか?」
「そうか。貴様が……あの子の心を溶かしたのか。許すわけにはいかない。その首、陛下の御前に晒してやる!」
銀騎士はおれを睨みつけて、強烈な殺気を放っている。
「帝国最強の七玹騎士様が、たった一人の子供相手にムキになりやがって。でもよ、アンタの殺気で大事なことを思い出したよ、おれの目的はアンタらを全員殺すことだ‼」
おれが剣に手をかけると、銀騎士が何も言わず、こちらへ突っこんでくる。おれは剣を引き抜いてレイピアによる突きの攻撃を受け流す。剣がぶつかり、火花が弾け散る。敵の顔が近づいて見えたのは、銀騎士の瞳に憎悪に近い闇が宿っている。
銀騎士はすぐにこちらを向いて神速の攻撃を仕掛けてくる。おれは受け流すのに必死で他の事を考える余裕なんてどこにもない。おれは攻撃を防ぎきれず、剣が上を向き、レイピアが眼前まで迫ったところで、おれは何かに吹き飛ばされた。
助かったが、今のは……斬撃か! おれが上を見ると、モノノフが声を荒げている。
「その小童は拙者の獲物よ。手出し厳禁!」
モノノフはそう言い放つと、銀騎士に向かって刀を振り上げて斬りかかる。モノノフは少しずつ押し始めている。こんなところでおれの仇敵を討たれてたまるか! おれは片手を伸ばして、魔法を唱える。
「ふざけんな! 七玹騎士を倒すのはおれだ。おれじゃなきゃダメなんだ! ”ガンド・ゼレイム”【蒼炎連弾】」
複数の蒼炎の火球がモノノフと銀騎士に直撃する。
「何をする小童」
おれは何も言い返すことなくモノノフに斬りかかる。モノノフは刀で受け止め、反撃に出た。
「下がらぬか小童め。 【神威】」
「下がるのはアンタだ! 【鬼裂断】」
互いの強烈な一撃がぶつかり、一歩も動けない。力が入り、刃がギリギリと音を立てている。柄を持つ手まで震えてくる。あと少しで押し切れるという所で銀騎士の邪魔が入る。銀騎士がレイピアを横に薙ぎ、おれの脇腹を斬る。
おれはたまらず距離を取り、ポカラで傷口を回復する。よりによって闘技場でダガー女に斬られた場所だ。身体に巻かれている包帯が赤黒い色に染まり始めている。
銀騎士はモノノフを魔法で追いやると、今度はこっちに追撃を仕掛けてくる。
「青の魂色は、皇帝陛下の偉大な夢を打ち砕く邪悪な魂。悪逆の萌芽は今ここで排除する」
「魂の色だけで……全てを奪われ……殺されてたまるか! あんな残虐な行為、アンタらの方がよっぽど邪悪だ!」
「全てはフォルワ統一のため。そのために必要な事だ……”ソルド・フリーゼ”【氷の剣】」
「何がフォルワの統一だよ……勝手な侵略や虐殺を繰り返して、人を人とも思わないアンタらの悲願なんて、おれが国ごと燃やし尽くしてやる。 ”ソルド・ゼレイム”【蒼炎の刃】」
炎の刃と氷の剣が激突する。氷の剣は蒼炎で解けるかと思ったが、そうはならなかった。多分、解けてはいるんだろうけど魔法をかけ続けているから形状を維持できるんだ。激しい剣撃が続いていると、上空からモノノフが斬りかかって来た。
おれと銀騎士が躱すと、さっきまで立っていた足場は真っ二つに割れて、奈落の底へと墜落していく。おれはすぐに別の足場へと飛び移る。ダメだ、邪魔が入って戦いに集中できない。その後も三人が入り乱れて交戦する形となるが、おれは一撃をくらわせることが出来なかった。
少しずつ、力量の差や魔力保有量の差が露呈し始めてくる。銀騎士はあれだけ高威力の魔法を連発しているのに魔力切れを起こしそうな様子はない。こっちはただでさえ魔力が多くないのに、連戦続きでまともに回復もしていない。
次第におれの攻撃は簡単に見切られ、手痛い反撃を受ける。こうなったらモノノフに下がってもらうしかない。
「おーい! モノノフ。この銀騎士との勝負はおれのものだ。アンタとはその後でいくらでも戦ってやるから邪魔をしないでくれ!」
「それはならぬ。強者との死合いこそが拙者の望み。このような機、逃すわけにはいかぬ。小童こそ下がるのだ」
簡単に聞き入れてくれると思っていたがダメだったみたいだ。どうやってあの二人を同時に相手しながら倒そう。何か策を……考えないと。おれが策を巡らせていると、銀騎士がまた巨大な魔法を放ってきた。
「”ベスティア・エイドロン”【氷召の彫獣】」
現れたのは氷塊ではなく、狼や鳥、それにあれは熊か? とにかく、動物を模したような氷の彫像が何体も現れ、意思を持っているのか、こちらへと襲い掛かってくる。
おれは氷の牙をむき出しにして噛みつきにきた狼の氷像を炎で焼き払うと、背後から飛んできた鳥の氷像を剣で叩き斬る。しかし、鳥の氷像に剣が触れた途端、鳥は形を変えてただの氷塊になり剣に重しのようにくっついた。あまりの重さにおれは剣を持つ腕を下げ、氷塊を地面につける。
その後もしつこく襲ってくる氷像を炎で解かすが一向に数が減らない。このままだとこっちの魔力がもたない。そしておれの炎を躱しきった一つの狼の氷像が足に噛みついてきた。冷たいはずなのに焼けるような痛みが襲い掛かる。
おれは悲鳴を抑え込んで氷の狼を解かす。傷口から出血こそしていないものの傷口付近が凍り付いている。立ち上がるのもやっとだってのに敵は容赦してくれない。チャンスとみたのか銀騎士は更に氷像をこちらに差し向けてくる。
おれは重たい剣を持ち上げると棍棒のように振り回して氷像を破壊する。一振りするたびに身体が持っていかれるが、こいつはなかなかの威力だ。悪くない。
熊みたいな氷像を叩き壊したところで剣の先端にくっついた氷塊も同時に壊れてくれた。もう少し昔みたいに棍棒スタイルで戦ってみたかったがそんな余裕があるわけでもない。
追撃が止んだかと思ったら銀騎士はモノノフの相手をしている。今の内に息を整えるが空気が冷たすぎるせいで肺が凍り付きそう。息を深く吸っただけで胸が痛み身体が凍える。今のままじゃ勝ち目がない。かといってここで負けを認めるほど諦めが悪いわけじゃない。
頭の中で策を考え続ける。悔しいけど今のおれの実力じゃどう考えてもアイツらを倒すことは……七玹騎士を討つことはできない。だからこそ今やれることを考えるんだ。おれは目標を改めると剣の柄を握る手に力を籠めて、足場を駆け上がる。
二人は視界の端っこでおれが動いていことに気がついているが何かをしようという気配はない。というよりは互いに余裕が無いのかも。こうなれば好都合だ。おれは更に二人よりも上に行く。それから大きい足場を発見するとその中心付近まで向かい、地面に手を付け魔法を唱える。
「”グリンド”【衝撃波】」
おれは少しずつ場所を変えながらグリンドで足場にヒビをいれていく。まさかこんな所で九班の皆と一緒に働いたことが役に立つとはな。岩の砕き方なら嫌って程教わった。これぐらいで十分かなってあたりでおれは剣の柄で地面を叩いて感触を確かめた後、慎重に歩きながら別の足場へと移った。
準備はこれでよし。下にいる二人はこっちの作戦に気がつく気配すらない。おれはもう一度グリンドで大きな足場を攻撃すると一気に崩壊し巨大な岩石流となった。落石は他の足場を巻き込んで更にその規模を広げていく。
おれはその様子を静観するわけでもなく、自らその岩石流の中に身を投じた。
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