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第五十九話 時間稼ぎ

 ◆◇◆


 場面はエルの元へと移り変わる。


 エルは四手に分かれた時、サファイアで作られた扉の先へと進んでいた。扉を通り、耳を澄ませると、水飛沫の音がする。さらに進んでいると、扉の向こう側には、滝が流れていた。大きな音を立てながら流れ落ちていく滝の下には巨大な滝壺が作られている。


 ここは究幻迷宮の水源の内の一つだった。部屋には逃げ込んだヘンベル盗賊団の団員が数人いるが、鍵の欠片を持つ隊長の姿は無い。エルは弓を構えると、矢を放ち、敵の内の一人を射抜いて倒す。


「敵襲だ! さっきの連中が追いかけて来たぞ!」

「扉の方だ。矢なんて弾いてや……ガハッ!」

 

 エルは次々と矢を放ち、部屋の中にいる敵を全て一瞬のうちに射抜いて、倒した。


「敵はこれだけ? ということは他の三人の内の誰かの所に鍵の欠片を持った敵がいるのね。扉に戻らないと」


 エルが開けたままにしておいたサファイアの扉へと戻ろうとすると、扉の向こうから誰かがやって来る。


「誰?」

「これはこれは……作戦が上手くいったな。敵を分断させて一か所に戦力を集中させる作戦がな」


 開けたままのサファイアの扉からぞろぞろとヘンベル盗賊団の団員やそれ以外のあの場で先程、徒党を組んだ連中が入ってくる。


「エルフの女一人なら、俺達だけでも何とかなりそうだぜ」

「おい! ヘンベルども、本当にこいつらも鍵の欠片を持ってんだろうな?」

「疑うのか? 当たり前じゃねえか。俺ぁこの目でばっちし見たぜ。エルフの仲間の男が守護者を倒して去っていくところをよ!」


(守護者を倒した所を見たって……恐らく、ディールのことね。それよりもあの扉を閉じないと、あの大勢の敵がこの部屋に来てしまう。急いで閉じないと)


 エルが戦う姿勢を取ると、女の盗賊が突進して、剣を適当に振り回しながら襲い掛かってくる。エルはそれを軽々と躱すと、脇腹に蹴りを食らわせて、少し後ろに下がったところを射抜いて仕留めた。


「やっぱり人を討つのはいい気がしないわね。いつまで経っても慣れそうにないわ」


 それからも次々と襲い掛かってくる盗賊たちをエルは軽やかな動きで躱しながら仕留める。


「なんだこの小娘は⁉ ありえねえ強さしてるぞ!」

「もっと囲んで逃げ場を失くせ! 動ける範囲を狭めんだ」


 はじめは統率が全く取れていなかった盗賊たちだったが、その中の一人が声を出したことで、少しずつまとまりを見せ始めた。エルは敵の作戦通りに四方八方を囲まれてしまう。これでは躱した先で攻撃を受けてしまう。しかし、エルの表情にはまだ余裕があった。


 エルはじりじりと距離を詰めてくる敵を仕留めるが次の敵が空いた穴を塞ぐように出てくるので包囲を崩すことは出来なかった。


「おい! あれだ、大盾持ってこいや。何でもいい。それさえあれば矢なんて怖くねえぞ!」


 敵は顔さえわからぬ誰かの指示通りに様々な盾を持ってきて、前に出した。エルは矢を射るが盾に刺さったり弾き飛ばされたりするだけだった。


「技なら盾ごと貫けるだろうけど、それだといくら私でも魔力以前に矢が足りないかも」

「よ~し! これなら安全に近づけるぞ。捕まえて鍵の欠片を持ってねえかひん剝いてやれ!」


 エルは攻撃を止めて、敵を十分に引きつける。機を得たエルは一気に魔法を放つ。


「”グレス・フーラン”【恵旋風】」


 エルが魔法を唱えると、彼女を包み込むように小さな風は生まれ、それはみるみるうちに大きな旋風となり、囲んでいた敵を巻き込み始める。最初は盾が上空へ持っていかれると、外側へ飛んでいく。


「ああああああ! 俺達の盾があああ」

「ちょちょ兄貴、おいらたち浮いてます!」


 次第に旋風は風力を増していき、盗賊たちも巻き上げると次々に吹き飛ばした。


「ぎぃやああああああ」


 吹き飛ばされた敵は洞窟の壁や、滝壺へと落ちて行った。旋風が止むと、周囲には壁に衝突したり、仲間同士でぶつかったりして気絶した盗賊たちの姿があった。それでも、まだまだ敵はいた。


「あと三分の一ってとこね」

「怯むな! 風がなんぼのもんだ! 突撃だ。魔法をうたせるな」


 この敵の作戦は対魔法使い、弓矢使いへの対策として間違ってはいなかった。エルは作戦に嵌まり、思わぬ苦戦を強いられることになる。


 大きな魔法を放とうと、魔力を集中させるが、邪魔が入る。エルは敵の攻撃を躱しきれず、腕に浅い切り傷が出来る。


「っ……こうも数が多いと、躱すだけで精一杯」

「やっぱり数こそ正義だぜ! そら、追いかけろ!」


 エルは複数の矢で同時に敵を三人射抜くと、背後から来た敵のみぞおち付近に強烈な蹴りを食らわせる。更に、十人ぐらいの集団が一斉に来たところに魔法を撃ちこむ。


「”フォウ・フーラン”【暴風】」


 風は集団を押し返し、全員滝壺へと落とす。水辺からあがった敵は、余程冷たかったのかその場で身体を寄せ合い温めあっている。


「兄貴! もう壊滅状態でさ」

「俺に任せろ!」


 ヘンベル盗賊団の兄貴分らしき男がようやく前線に顔を出すが、エルはすぐに狙いを定めて矢を放つ。


「あいつを倒せば……”フィビュラ・ショット”【羽の胸飾り】」


 エルが放った矢は兄貴分の左胸……心臓へと突き刺さり仰向けに倒れた。身体を深く貫いた矢の羽根は敵の胸飾りのようである。兄貴分まで失ったヘンベル盗賊団の数人は勝ちを諦め、時間を稼ぐという目的すらも忘れて、どこかへと逃げて行ってしまった。


「これで全部。急いで、他のみんなの所へ駆けつけなきゃ」


 エルは開いたままのサファイアの扉を通り、先程四人が分かれた場所まで戻ってくる。


「えっと……ディールが紫色でバライバがルビー、レイがエメラルドだったわね。まずはレイの補助魔法が必要になるはずだから、エメラルドの扉にしましょう」


 エルがエメラルドで作られた扉を開く。


「同じ場所へと繋がるといいんだけど……」


 扉の先へと進むと、エルは異様なほどの空気の冷たさを感じ取った。エルは腕をさすりながら奥へと進んで行く。辺りには解けかけの氷の破片が散乱している。


「なんなのこの部屋。薄暗くて不気味な上にありえない寒さしてるわ」


 エルが敵かいないか警戒しながら進んでいると、床に倒れている騎士を二人とレイを発見した。エルは急いでレイの元へと駆け寄り、脈を確認し生きていることを確かめると安堵する。レイは傷が多いわけではなかったが、身体が冷え切っていた。


「レイ! 目を開けなさい。なんて冷たさなの……このままじゃレイが凍死する。何か温めるもの。ディールもバサンちゃんもいないから火で温めるのは無理そうね。何か……」


 エルは上着を脱ぐと、レイに被せて少しでも暖かくなるようにする。しかし、レイの体温はそう簡単には戻らない。エルは一つだけ思い出した。別れる前に全員に渡された協力者ゴランドの部屋への鍵……ということになっている石ころの存在を。


 エルはレイの肩を持って立ち上がる。すると、レイは少しだけ意識を取り戻す。


「もしかして……エル?」

「気がついたのねレイ。この部屋で何があったの?」


 エルがそう聞くと、レイはその場に膝をついて、床を思い切り叩く。


「僕は! 僕は……取り返しのつかないことを……選択を誤ったのかもしれない。最悪な人間だ。私情でサティラを討とうとした。彼女の気持ちを知りながら」

「サティラが? どういうこと。彼女がこの場にいたの?」

「彼女は……カミオン帝国の騎士だった。あそこに倒れている二人もそうさ」


 それからレイは大粒の涙を流しながら、心の底から溢れた言葉を頭の中で並べることをせずに、エルに話した。エルはレイを抱きしめながらまとまっていない話をただ黙って伝えたいことを汲み取りながら聞いた。


「ごめんエル。こんなことを話したところで時間が戻るわけでもないのに」

「いいのよレイ。この戦いに正解なんてものはないわ。何よりディールのことを思っての事でしょ。正直に話せばディールだって分かってくれるはずだし、一緒にサティラのことをどうするかの作戦も考えられる」

「そう……だね…………」


 エルは再びレイの肩を持って立ち上がると、すぐにでもゴランドの部屋へと連れて行くために入って来た扉とは異なる扉に石ころを当てて部屋を繋げた。扉を通ると、質素なゴランドの部屋へと辿り着く。ゴランドは突然現れた客人に驚くがそれがレイだと気がつくと、すぐにもう片方の肩を持って、自身の寝床へと運ぶのを手伝ってくれた。


「いやあ驚きやしたぜ。レイのお兄さんが怪我だらけに加えて、死体みたいな冷たさで。川遊びしてたわけじゃなさそうだ」


 レイは寝床で毛布をグルグル巻きにされている。


「ありがとうゴランド。助かったわ」

「感謝には及びませんぜエルのお姉さん。レイのお兄さんのこたあワッシに任せて、ディールのお兄さんの場所に行ってやって下せえ」

「そうさせてもらうわ。レイの事を頼んだわよ」


 エルはレイの事をゴランドに任せて、扉から戻ろうとしたその時、向こう側から血塗れのバライバがやって来た。バライバは部屋に入るなり、その場に倒れる。


「ちょっと⁉ バライバ、どうしたのその怪我は」

「あんまし大きい声を出すな。傷に響く。それよりもほれ、取って来たぞ。鍵の欠片をよ」


 バライバは手を開くと、そこには鍵の欠片があった。エルはそれを取ると、ゴランドと一緒に可能な限りの怪我の治療をする。しかし、ろくな設備も闘技場でもらった薬もない状況では尽くせる手には限りがあった。


「どうしよう。こんなに酷い怪我」

「そうだ! ワッシに名案がありやす。究幻迷宮の治療院に行きやしょう。二人ともこのままだとお花畑の向こう側に行っちまいやすよ」

「……時間が無いわ。そうしましょう」


 エルはディールのことが心配であったが、この状況に限っては二人の治療を優先すべきだと判断した。エルはレイの肩を、ゴランドはバライバを半分引きずるような形で背中に背負い部屋を出て行く。


「治療院への鍵はないの?」

「ワッシは病知らずだったもんで。持ってないんでやす」

「じゃあどうするのよ⁉ このまま治療院に繋がるまで移動するつもり?」

「そいつぁちげえでやす。誰かから鍵を譲ってもらいやす。急ぎやしょう」


 エルたちは、中規模の市場へと出てきた。ゴランドは一旦、バライバを寝かせると、手当たり次第に鍵を譲ってもらえないかの交渉をしている。彼の頑張りのおかげか、ものの数分で治療院への鍵を手に入れてきた。


「ちょいとばかし高くつきやしたが、鍵はここに!」


 ゴランドの手の平には小さな鉄板がのせられていた。これこそが治療院へと繋がる鍵である。エルとゴランドは急いで、怪我をした二人を連れて、治療院へと入る。治療院の中は薬品特有の独特の匂いがする。


 治療院の薬師は白髪交じりの男で重傷な二人を見ると、すぐにベッドで寝かせるように指示を出した。


「なにをやらかしたのかね。やんちゃという言葉では済まされないが」

「激闘の末ってやつでさあ」

「まあ理由はどうであれ、急いで治療をしなければな」


 薬師は棚からいろいろな薬を取り出すと、レイには赤色の謎の液体を飲ませてからバライバの怪我に薬を塗ったり、別の色の液体を飲ませ始めた。その様子をエルは心配そうに見つめている。


「本当に大丈夫なんでしょうね」

「何を言いやすか⁉ ここの治療院は評判イイんですぜ。素人は黙って見守りましょう」

「私、行かないと」

「ディールのお兄さんの所にですかい?……分かりやした。お二人はワッシが見ておきやす。エルのお姉さんはディールのお兄さんの所へ行ってあげて下せえ」

「頼んだわよ」


 エルは治療院を飛び出すと、ディールのいる場所へと向かうべく、部屋を移動する。しかし、それをよしとしない男が一人いた。


「はぁ……今いい所なんだから、エルフのお嬢ちゃんが出てくる幕じゃないって。彼女には悪いけど、ディール・マルトスの元へは繋げないよ」


 究幻迷宮の支配者の手によって、エルは何度も部屋を移動するが、一向に宝石の扉へと辿り着けなかった。


「分かってはいたけど、このままじゃディールも危険かも。どうすればあの部屋まで戻れるの?」


 エルが迷宮内を彷徨っている間、ディールは壮絶な戦いへと巻き込まれていた。


 ◆◇◆

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