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第五十八話 友のためならば

 レイはカミオン帝国の騎士である氷葬の騎士と一対三の攻防戦を繰り広げていた。その内の二人は傷を負っていたため、さほどの脅威ではなかったが、それでも連携により攻撃の手が一切緩まない状況は着実にレイの体力を奪っていた。


 敵の氷の魔法により体温が下がっていたレイは手が震えて思わずヴェルブリンガーを地面に落としてしまった。レイはすかさず拾うが、短剣を持つ指に力が入らない。それに加えて息もきれぎれになってくる。一方で敵は傷こそ負っているが精神的にも体力的にもまだ十分に余裕がある。


 レイが体力を回復しようと離れた時、氷葬の騎士は三人で集まり、魔力を集中させる。そのせいで部屋中の気温が一気に下がる。レイは鳥肌が止まらず、歯もガチガチとし始める。


「これで葬り去る。”グラクラグ・イミルド”【銀嶺の崩落】」


 レイが上を見ると、そこにはとてつもない大きさの氷の塊があった。氷塊はまるで流体のようにうねりながら勢いよくレイ目掛けて落ちてくる。レイは走って躱そうとするが、巨大な氷塊の波は床へ衝突する前にレイのいる場所へと方向転換する。


 想定外の出来事にレイは回避を諦めて、無謀にも氷塊の波を切り裂こうとした。ヴェルブリンガーを前に突き出すと、氷塊の波を真っ二つにしていくが、レイ自身が寒さに耐えきれず氷塊の波に巻き込まれてしまう。


 氷塊の波はレイを芯から凍てつかせる。まず髪やまつ毛が凍りつき、次第に身体を自由に動かせなくなっていく。痛みの悲鳴さえもあげることができなかった。


 全ての氷塊がレイを流していき、その姿を確認することができない。


「ごめんなさい。レイさん」


「あははぁこれで終わりだねぇ」

「一人じゃこんなものよ。呆気なかったわ。アタクシは次、蒼炎の剣獄ってのと戦いたいわね。行くわよサティラ」


 勝利を確信した氷葬の騎士は主の元へ戻るべくその場を去ろうとする。しかし、その後姿を捉えている視線がまだあった。レイは氷の山の中で身動きが取れなかったが、一つの解決法を見出していた。


(こんな氷漬けにされたらどうしようも……動けない。こうなればもうあの魔法しかない。エル、ごめんね。また約束を破ることになって)


 レイは禁止されていた魔法を使おうとしていた。それは過去にレイ自身が考案したがエルにまだ身体の成長や能力が追い付いていないことを理由に止められていた魔法だった。橙の魂色魔法による身体強化はある程度の限度が存在している。つまり、無限にかけ続けるなどができない。あくまでもかけられた本人の潜在能力の余白を引きだすイメージである。


 これを無視して限界を超えるような力を引き出そうとすれば身体が保たない。しかし、レイはこの限界を超えるための魔法を編み出した。いわば自身の能力に不釣り合いな力を生み出す魔法。


 闘技場ではこの魔法を僅か数秒使用しただけで身体が耐え切れずに全身に大きなダメージを受けた。


 レイは氷の山を破壊するために全身に血液のように魔力を巡らせる。


(この程度の氷なら……はあぁぁあああ)


 ”エクシード・バースト”【極限開放】”。


 レイが魔法を唱えると、全身に力が漲っていく。身体の感覚も戻り、意識もハッキリとする。レイは全身に力を込めると魔力を開放した。


「砕け散れ! はあああああぁーっ‼」


 レイを閉じ込めていた氷の山は轟音を立てながら跡形もなく粉々に砕け散った。その音と途轍もない気配を感じた氷葬の騎士は恐る恐る振り返った。


「どういうことよ⁉ あの氷塊から抜け出したというの!」

「運がよかっただけでしょぉ。もう次はないってぇ」


「狼狽えないで。もう一度閉じ込めましょう」


 氷葬の騎士は残りの全ての魔力を費やし、先程よりも数倍の大きさと更に冷たい大氷塊を作り出した。

 

「”グラクラグ・イミルド”【銀嶺の崩落】‼」


 レイは何かを思いつき、倒れているヘンベル盗賊団の元へと走る。


「今度こそ氷漬けよ!」


 三人は大氷塊を操り、再びレイへと向ける。最初に巻き込まれた時よりも速い大氷塊の波がレイへと飛んでくる。それをレイは躱すでもなく受けきるでもなく、その大氷塊の波へと向かっていく。


「アイツ馬鹿なんじゃないのぉ? 自分から死にに行ってるよぉ」


 レイはさっきヘンベル盗賊団から取って来た金属製の盾を取り出すと力強く飛び上がった。それからレイは空中で本来は手をかける場所に足を置いて足場のようにして大氷塊の波に着地した。


「ちょっと⁉ アイツはどこに行ったの!」


 大氷塊の波に乗ったレイは時折足で氷を蹴っては加速して氷葬の騎士がいる場所へと移動していく。


 レイが大氷塊の波にいることを見破ったサティラは仲間に指示を出す。


「イゼルナ、彼は大氷塊の上に乗っています。魔法を操作して叩き潰してください!」

「えぇ! 分かったぁ」


 優雅に大氷塊の波を乗りこなすレイだったが、サティラの作戦によって大氷塊の波は形状を変えて今度は意思を持った生物のように氷塊の一部が巨大な氷柱となってレイに襲い掛かる。


 レイは巨大な氷柱を軽やかな身のこなしで躱していく。すると、次は複数の氷柱が同時に向かってくる。レイはヴェルブリンガーを構えると技を放つ。


「その程度の氷柱で今の僕を止めることは出来ない。”エイリレ流剣術 【柔の構え・翡翠円舞】”」


 目にも留まらぬ神速の剣技で目の前を覆っていた巨大な氷柱は全て鮮やかに細かく切り刻まれた。そして、ついにレイは大氷塊を完全に乗り切った。眼下には三人の氷葬の騎士の姿が見える。


 レイは乗っていた盾を蹴り落とす。敵はまだレイを見失っていて上空にいることに気がついていない。レイは近くの柱を滑るようにして降りていく。狙いはただ一人、サティラだった。しかし、ここまでの魔法の使用によってレイは闘技場の時のように耳や鼻から血を流す。更に、彼の瞳や口からも血が流れ始める。


「ひいいいぃっ⁉ 上から来てるよぉ」


 イゼルナがレイに気付いた。しかし、レイの瞳は既にサティラを捉えている。レイは限界などとうに越え、命の危険が迫っているがそんなことお構いなしに再び技を放つために更に魔力を開放し続ける。


「僕は……親友のためなら、例え誰かから悪魔と罵られようと、どれだけの犠牲を払おうと……陰から邪魔者を消してやる‼ ”エイリレ流剣術奥義 【飛燕躍桜】”!!!」


 レイのヴェルブリンガーの剣先がサティラへと向かっていく。サティラが死を覚悟したその時、彼女の目の前にイゼルナが飛び出した。レイの全てを懸けた一撃は彼女をかばったイゼルナの身体を鎧ごと斬り裂いた。


 これまでの怪我と違い、明らかな致命傷を受けたイゼルナからは多量の鮮血が噴き出す。レイは諦めずにサティラを攻撃しようとするが、身体が言うことを聞かず立ち上がることすら出来ない。


 サティラは何が起きたのか理解できず、その場に呆然と立ち尽くす。

 

「イゼルナ⁉」

「あぁ……なにやってるんだろぉうちぃ」


 イゼルナはその言葉を最期に絶命した。エリューシアはその場で泣き崩れるサティラを無理矢理起こすとその場を逃げようとする。


「サティラ! ここは退きましょう」

「なんで⁉ 私は今ここでレイを……イゼルナの仇を討つ!」

「無理よ! アイツはもう立ち上がってる。逃げるしかないわ」


 サティラは先程まで力を使い果たして倒れていたはずのレイが立ち上がっていることに衝撃を受けた。


「なんておぞましいまでの執念なの」

「次は……か、確実に仕留めて……ぐっ……かはっ」


 レイは血塗れになりながらも立ち上がり、その剣先をサティラへと向けている。エリューシアはサティラと共に仲間の亡骸を置き去りにしてその場から逃げる。しかし、レイはまだ諦めていなかった。次の一撃のために利き腕に力を溜める。


「逃げるな……これで終わりにしてやる……”マハティオン”【筋力強化・大】」


 レイは逃げようとするサティラに狙いを定めて大きく腕を振りかぶり、ヴェルブリンガーを力の限り投げた。ヴェルブリンガーは音を立て、空気を切り裂きながらサティラへと向かっていく。その刃に気がついたエリューシアはイゼルナのようにサティラを突き飛ばして身代わりになった。


 エリューシアはヴェルブリンガーに身体を貫かれ、致命傷を負った。彼女はそのままその場に倒れ込む。サティラは急いで駆け寄り、彼女の身体を抱きかかえる。


「何で私なんてかばったの⁉」

「うるさいな……アタクシはアナタの姉貴分だから」


 血に塗れた手でサティラの鎧にしがみつきながらエリューシアは答える。


「……それにねアタクシはアナタがあの青の魂色持ちと会ってから明るくなったのがほんのちょっとだけ嬉しかったんだよ。あの鉄仮面と呼ばれてたアナタがね……ほら……アタクシたちは幼いころから任務ばかりで年相応のことをしてこなかったから」

「そんな……私は」

「せめてアナタだけでも……自分に正直に……幸せに……生き……て」

「エリューシア! ダメ、目を開けて! ああ……どうしてこんな」


 サティラは光を失ったエリューシアの瞼をそっと閉じると、レイピアを手にレイへと近づいていく。


「なんであなたがこんなことを……レイ」


 レイピアをレイの喉元に突きつける。レイピアを握る手が震える。サティラの目の前には戦友を二人も討った仇がいる。しかし、その仇は愛する人の無二の親友であった。力が入り、レイの喉元から血が滲む。とどめを刺そうとすると脳裏にレイの事を話すディールの顔がよぎる。


 結局、サティラはレイを殺すことが出来ず、大粒の涙を流しながらその場から去った。


「アルジェンタ様に報告と撤退を進言しないと……それに、私はどうすればいいの……今この場で国を捨てることなんて」


 サティラには全てを捨てることが出来なかった。実は、彼女の妹は生きていた。あの時はディールの同情を買うために嘘をついていたのだ。現在、妹は帝国の人質として管理されている。それは他の仲間の家族も同じであった。そして、任務を失敗すれば騎士である彼女たちが罰則を受けるだけではなく、その人質にまで罰が下る。つまり彼女が逃げれば、逃亡罪として全ての人質と仲間が処刑されてしまうのであった。


 サティラには全てを捨て去り、その業を背負う程の勇気はなく、決断ができなかった。


 結果的にこの部屋でのレイ対氷葬の騎士による戦いはレイが氷葬の騎士を二人討つことで勝ちという形で幕を下ろした。


 ◆◇◆

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