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第五十七話 歪な想い

 ◆◇◆


 場面はレイの元へと移り変わる。


 レイはエメラルドで作られた扉を通り、先へと逃げたヘンベル盗賊団を追いかけた。足を踏み入れた瞬間、冷たい風が頬をかすめる。視界に広がるのは、高くそびえ立つ巨大な柱の列。高すぎるのか暗すぎるのか、天井はその姿を見せずただ暗闇が広がっている。


 部屋の中には仄かな青白い光を放つ結晶がところどころに浮かび、部屋全体を照らしている。足元には無数のヒビが走っている。


 部屋の奥では逃げ込んだはずのヘンベル盗賊団が誰かに襲われていた。その姿は鎧甲冑に身を包んだ騎士たちである。部屋中にヘンベル盗賊団の怒号や悲鳴が響き渡るが騎士たちは一言も放つことなく、淡々と目の前の敵を斬り伏せている。


(あの背中のマントに描かれている紋章は……カミオン帝国⁉)


 レイは騎士たちがカミオン帝国の手の者であることに気がついた。幸い敵はまだレイの存在に気がついてはいない。レイは前に出ず、柱に隠れて敵の会話を盗み聞くことにする。


(敵が持っているのはレイピア? それにあの鎧は大きさ的に全員女性?)


 レイが耳をそば立てるとヘンベル盗賊団を殲滅したカミオン帝国の騎士の会話が聞こえてきた。


「ふーこれで盗賊どもは片付いたみたい。結局、こいつらも鍵を持っていなかったわ。アルジェンタ様に報告に戻りましょうか」

「それにしてもぉこのコソ泥たちは何から逃げて来たのぉ?」


 兜の中から高飛車のような声とだるそうな声が聞こえてくる。どちらも声の高さから女性であると分かった。


「敵は蒼炎の剣獄と呼んでいましたね」


 レイは蒼炎の剣獄はディールのことだろうとすぐに気がつく。しかし、それ以上に気になったのは今の声に聞き覚えがあったこと。


(今の声ってもしかして……あぁ嘘だ。そんなことって……)


 疑惑から確信に変わりつつあったレイは柱を背にその場に座り込んでしまう。


「あんたぁ心あたりあるんじゃないのぉ? ねぇサティラ?」


 ディールたちが命の危機を救い、共に笑い、戦った仲間であるはずのサティラはカミオン帝国の騎士だった。


「何のことか分からないですね。そんなことよりもアルジェンタ様の元へ戻るべきかと」

「忘れてないでしょうねサティラ。アタクシたちアルジェンタ様配下の氷葬の騎士は一蓮托生であることを。アナタが任務をしくじればどうなるのかを」

「分かっています。おしゃべりはこれぐらいにしませんか。こちらはもうすでに二人の仲間を失っているんですよ」

「仇は取るわ。あのモノノフめ!」


 サティラたちが移動を始めようとする。レイは立ち上がり、彼女たちの背後へと移動し、その内の背が低いヤギのような角の装飾が施されている兜の騎士を奇襲した。レイの武器であるヴェルブリンガーは黒く妖しい光を放ちながら騎士の鎧を布地のように切り裂いた。鎧の隙間からは鮮血が流れ出る。


「誰だ⁉」


 鳥の翼のような装飾が施された兜の騎士が気配に気づいて剣を振りぬいた。レイは当然のようにその攻撃を躱す。

 

「うぅ。痛ぁい! だれがやったのぉ」


 氷葬の騎士たちはレイの方向を向いた。レイの姿に気がついたサティラは目の前の友の姿とその友が自身の仲間を容赦なく斬りつけたことに唖然としている。


「君たちがカミオン帝国の騎士である以上は先へは行かせない」

「レイ⁉ どうしてここに」


 サティラは思わず、レイの名前を口にした。レイは内からこみ上げてくる怒りを押し殺しながら冷静さを装って返した。


「まさかサティラがカミオン帝国の騎士で僕ら……いいや、ディールの敵だったなんてね」


 レイが責めるようにそう言うと、サティラは顔を背けた。


「君は! ずっとディールを騙していたんだ‼ こうなった以上は君も含めて全員を消さないといけない」

「違うの! 私は彼の事を騙すつもりなんてなかった。確かに私が帝国の騎士であることは言えなかったけど……仕方なかったの。彼が憎んでいるのは私たちの主。だから何も言えなかった。でも、全部が嘘じゃない。私が彼を愛しているというこの気持ちだって!」


 レイから見たサティラの瞳は……涙を浮かべたその美しき瞳からは嘘を感じられなかった。しかし、レイはそれを見過ごすことなどできなかった。当然ながら彼自身にも秘めたる想いがある。


「だからと言って君を二度とディールに逢わせるわけにはいかないんだ。残念だけれど、君の想いをディールに伝えさせることは僕が許さない!」


 レイの態度には訳があった。舞踏会で二人の姿を最初に見た時、レイはほほえましい気持ちだった。親友であるディールの初めて見る表情が示すその先が人を愛していることだと分かったから。


 しかし、彼女が敵であるということが分かった以上、レイの心にはとある不安が生まれた。復讐心を糧として生きてきたディールがサティラの想いを知り、そのためだけに決意が揺らいでしまい剣を収めてしまうのではないかと。


 レイはディールに旅を続けてもらわなければならない複雑な感情を抱いていた。親友として共に彼の仇を討ちたい。エイリレ王国の貴族として、敵対するカミオン帝国を討ち、手柄をあげたい。魂色の謎を知りたい者として、青の魂色の秘密を知りたい。


 どれもディールの復讐心失くしては遂げられないものばかり。だからこそ、レイは敵であるサティラの想いをディールに届くことを阻止したかった。


「どうして君は……よりによってカミオン帝国の騎士なんだ……君ならディールの力になってくれると思っていたのに」


「ちょっとサティラ! どういうことなの? アナタの任務は青の魂色を持つ男を消すことでしょう」

「もしかしてぇ裏切りなのぉ?」


 サティラは仲間であるはずの二人からレイピアを突き付けられている。サティラは突き付けられているレイピアを掴むと首元からどかした。


「任務失敗の処罰ならいくらでも私が受けます。すべては私の責任だから。ですが、今は……目の前の敵を倒すべきです」

「勘違いしないでよサティラ。こうなった以上アタクシたちも責任の一端を負わされるのは目に見えているわ。こうなったら多くの敵を討って少しでも功績をあげるのよ!」


 サティラの目からは涙が引き、レイを敵として討つ覚悟を決めた。一方でレイ自身も既に敵を倒すための算段を立てていた。


(敵は三人。まずは手負いのあのヤギ兜から倒すべきかな)


「敵は一人なんだから、距離を取っていつも通り魂色魔法で行くわよ!」

「そうはさせない!」


 レイが一気に距離を詰める。レイは目の前のヤギの兜の騎士に攻撃を仕掛けるが、それを読んでいたサティラが魔法を唱える。


「”フリーゼ・ランパード”【結晶氷壁】」


 銀の魂色魔法でレイとヤギ兜の騎士の間に巨大な氷の壁が現れてレイの攻撃は氷の壁に傷をつけただけだった。


「エリューシア、彼は橙の魂色魔法を使います。しかし、今はまだ身体強化の術しか使えないはずです。さっきのような加速による急接近さえ気を付けてください。イゼルナは傷口を抑えて止血を」


(こちらの手の内が知られているのは、かなり不利。けれど、僕の身体強化魔法は未だに進化し続けているんだ。警戒が薄い今こそが好機。魔法で防がれるよりも早く倒してみせる)


「所詮は魂色頼りの見かけ倒しでしょう? アタクシの剣で串刺しにしてやるわ‼ ”ソルド・フリーゼ”【氷の剣】」


 エリューシアと呼ばれた翼の兜の騎士が魔法を唱えると、レイピアに氷が纏わり氷の剣に変わった。氷のレイピアは先端の刺突部分以外にも氷によって尖った部分があり、刺し貫かれた時の痛みは何倍にも膨れ上がっている。


 レイは敵の神速の剣技を柔の構えの速さで受けきっている。剣がぶつかるだけで氷の破片が飛び散り、冷たい。また、剣を通して伝わる冷たさがレイの体温を次第に奪っていく。レイは更に手数を増やして、体温を出来る限り維持しようとする。


「駄目だ! この氷の剣と打ち合うだけで、身体が冷たくなっていく。ということは手は一つ……」


 レイはエリューシアと一旦距離を置いてから構えを変える。

 

 ”エイリレ流剣術 【剛の構え・盾砕き】”。


 足に力を込めて地面を蹴り、一気に踏み出す。エリューシアは防御しようとしたが、渾身の一撃は敵の氷の剣を打ち砕いた。レイは追撃の手を止めず、更に技を繰り出す。


 ”エイリレ流剣術 【剛の構え・猛禽爪】”。


 レイが短剣を力の限り振り抜くとエリューシアの身体に怪物に引っかかれたような三本の傷が出来て、そこから血が噴き出す。エリューシアはあまりの痛みに悶絶しながらその場に崩れかけたが、そこへサティラが援護にやって来て、エリューシアを支えながら後ろへと下がる。レイは更に攻撃を仕掛けたが、サティラが魔法で近づけさせないようにする。


 ”フォウ・フリーゼ”【大凍結】。


 いくつもの氷の刃がレイ目掛けて飛んでいく。レイはそれらを躱しているが、氷の刃の一つが弾き切れずに太ももへと突き刺さる。突き刺さった氷の刃を引き抜こうと掴んだ瞬間、皮膚が切れて血が滴り落ちる。そして、その血液すらも一瞬で凍って地面に落ち、砕ける。それでもレイは痛みに耐えながら氷の刃を引き抜いた。


「ぐっ……ああああぁッ!」


 レイは引き抜いた氷の刃を投げ捨てる。両者の怒りに満ちた視線がぶつかり合う。レイは凍える身体をさすりながら、必殺の一撃を叩き込むための機を見極めようとしていた。

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