第五十五話 ド根性対決
◆◇◆
時はディール一行が扉の前で四手に分かれた後にまで遡る。
バライバはルビーで出来た扉へと突き進んでいた。扉をくぐると足を踏み入れた瞬間、息をするだけで喉が焼けるような熱気が押し寄せる。岩肌の壁や天井には無数の亀裂が走り、その隙間から赤黒い光が脈動するように漏れ出している。
「暑ッ! 何だこの部屋は、こりゃ溶岩か⁉」
床には焼けただれた岩盤が広がり、所々にひび割れた穴が開いていた。中を覗けば、不気味な紅光が奥底で渦巻き、今にも吹き出しそうな気配を孕んでいる。油断すれば、熱で膨張した岩が弾け、灼熱の爆ぜる破片が肌を切り裂くだろう。
進めば進むほど、空気が重くなり、肌を刺す熱が強くなる。やがて視界の先に巨大な影が蠢いているのが見えた――。
「あれが敵か」
眼前の敵を視認できる距離まで近づいていくと、そこには虎の毛皮を被った筋骨隆々な大男が立っていた。
「手前がなんちゃら盗賊の隊長か?」
バライバが問いかけると、虎男は肩を回しながら答える。
「その通り、俺こそがヘンベル盗賊団のタイガー隊隊長、ガオドラスだ!」
「けっ! 俺が当たりくじだったみてえだな」
「ドワーフ、次はお前の番だ!」
「そりゃそうだな。こっちも名乗らなきゃ無礼ってもんだぜ。俺はバライバ。いずれ世界に名を轟かせる芸術家だ!」
互いの名乗り合いが終わり、二人の間には妙な緊張感が走る。
「ドワーフがこんな場所へ何をしに来たんだ?」
「俺はデュラクシウムを取りに来た。それは手前らも同じなんだろう?」
「そうかそうか! では鍵の欠片も持っているのか?」
「鍵の欠片は仲間が持ってんぜ」
「では! その鍵の欠片を賭けようではないか。勝った方が鍵の欠片を総取りだ!」
「乗った!」
ガオドラスは豪快に笑っている。それは余裕からくる笑いなのか。それとも久々に楽しめそうな敵が現れたからなのか。
(なんだこの虎男は……さっさと一撃をぶち当てて倒すか)
バライバが腰にぶら下げている自身の武器、魔宝具バンカバームに手をかける。すると、ガオドラスはその巨体に見合わないスピードでバライバに向かって拳を突き出してきた。バライバは後ろに飛びのいて躱すと、バライバがいた場所は粉々に砕け、陥没している。
途轍もない破壊力にバライバは息をのんだ。
「おいおい! このでたらめな威力のパンチをくらったらぺちゃんこじゃねえか」
「今のを避けるか、運がいいなお前」
溶岩が流れているこの部屋にいるせいか、バライバの額からは汗が流れ落ちるがその汗も地面に染み込むことなくすぐに部屋の熱で蒸発する。
(こんな場所にいつまでもいたら、いくら熱さに耐性があるドワーフの俺でも脱水状態になっちまうぜ)
その後もガオドラスはその拳でバライバに次々と殴りかかり、追い詰めていく。バライバは未だ攻撃すらもさせてもらえない状況であった。
「クソッ! やってやるぜ。バンカバーム”巨槌”形態!」
バライバはバンカバームを大きなハンマーのような形状に変形させると、力の限り振り抜いてガオドラス目掛けてぶつける。すると、驚くべきことにガオドラスは回避も防御もせずに、巨大なハンマーによる一撃を胸で受けきった。
「なんだと! この虎男、まともにくらいやがった」
「くははは! この程度か、効かぬわッ!」
バライバの目から見てガオドラスが強がりとして言っているわけではないのが分かった。攻撃を受けた場所はほんのり赤くなっているだけである。
ガオドラスは不敵な笑みを浮かべながらバンカバームをその手で掴む。バライバはバンカバームにぶら下がるような状態になる。
「虎男‼ 放しやがれってんだ!」
「そうか、じゃあ言葉通りにしてやる!」
ガオドラスはバンカバームを小石を投げるかのように軽々と投げた。当然、バンカバームを持っているバライバも一緒に宙を飛んでいく。バライバはそのまま勢いよく地面に叩きつけられるように落ちた。地面を滑ることで皮膚が擦れて痛む。
バライバはすぐに起き上がり、ガオドラスの謎を探ろうとする。
(あいつのあの硬さは何だ? まるで地盤そのものをぶん殴ったみてえな感覚だぜ。手応えが全くねえ)
「どうしたバライバ! そのハンマーはこけおどしか?」
「言ってくれんぜこの虎男はよ!」
「ほれ、俺は動かんぞ。打ち込んでこいや!」
挑発を受けたバライバは言葉通りにバンカバームでガオドラスを叩き続ける。しかし、ガオドラスはこれだけの猛攻を受けているのにも関わらず顔色一つ変えずにこんなに暑い部屋の中でも涼しい顔をしている。
「これだけ叩いて、一歩も引かねえだと……こうなりゃぶっ飛ばすだけだ! ”ガジャラ・アゲート”【瑪天瑙眼】」
バライバはバンカバームに爆発の魔法の魔力を込めて、渾身の一撃をガオドラスに叩きつける。バンカバームがガオドラスに直撃した瞬間、バンカバームに込められた爆発の魔法が内部で炸裂し、轟音をあげながらその威力を何倍にも引き上げる。
これまで攻撃を受けてもびくともせず一歩も動かなかったガオドラスだったが、バライバの一撃を受け、ガオドラスは初めて地を擦りながら後退した。
「マジかよ。まだまだ余裕そうじゃねえか⁉」
「今のは流石に応えたが俺を倒すには至らん」
ガオドラスは完全に無傷という訳ではなく、口からは血が流れていた。外傷はなくとも内部にダメージを与えた証拠である。
ガオドラスは腰を落とし、拳を引いて構える。
「さて、今度はこちらの番かな。【還撃】」
ガオドラスが拳を突き出すと、衝撃波が地面を抉りながらバライバへと直撃する。もろに敵の技を受けたバライバは痛みのあまり声をあげる。
「がぁああああッ⁉」
想像を絶する激痛がバライバの全身を駆け巡る。バライバは倒れそうになったが、すんでのところで踏ん張る。
「おう、手前の攻撃もなかなかじゃねえかよ……ちと頭がクラクラすんぜ」
「なんと! 俺の攻撃を受けて膝をつかんとはな」
「俺はドワーフ族だ。頑丈なのは手前の専売特許じゃねえぜ」
バライバは先程の攻撃が連続で飛んでくることを警戒しながら攻撃を何度も仕掛けたが、ガオドラスがその攻撃を連続で使ってくることはなかった。その後もバライバはガオドラスの拳を受けるが何度も立ち上がり、着実にダメージを与え続けた。
(もう何発打ち込んだ? これだけ叩いても倒れねえなんて。なんつうタフさだ)
「そろそろか。もっと大きな技で行くぞ! 【大還撃】」
再びあの技が飛んでくる。バライバは躱そうとしたが範囲が広く、躱しきれずに半身にもう一度攻撃を受けてしまった。その結果、バライバは回転しながら壁へと激突した。バライバのすぐ横を溶岩が流れている。衝突の影響で溶岩が飛び散り、バライバの背中に当たった。
「ぎゃあああ! 熱い熱い!」
バライバはその場でゴロゴロと転がりながら、届かない背中に息を吹きかけて少しでも冷まそうとする。
「大丈夫か? バライバ。いくらお前が頑丈だと言えどこの俺を越えることは出来ん。なぜなら俺は自身が受けたダメージを己の力に還元することができる魔法を持っているからな! それだけではない。この三角亀の甲羅とバジュウサイの角を粉末にした薬が俺の耐久力を引き上げるのだ!」
ガオドラスの異常なまでの頑丈さの秘密が解けたバライバは流れている溶岩を眺めて、一つの作戦を思いつく。
「クソォオ! 俺の力だけじゃどうしようもねえのか……こうなりゃアレしかねえ!」
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