第五十三話 捨てるべき感情
目の前には以前共に祭りに参加したり悪魔を倒したりした友達のサティラがいた。悪魔の牙を守っていた村で別れた時以来の久々の再開だ。
サティラはロイヤルブルーのドレスを着ている。というかどうしてここに……いろいろと聞きたいことが頭の中にどんどん湧いてくる。だけど、おれの口から出た最初の言葉は意外にも情けないものだった。
「よ……よお久しぶりだなサティラ。その、ドレス凄い似合ってる」
「素直に可愛いとか言ってくれてもいいんですよ」
「えっ⁉ あ、そ……そうだな。うん、可愛いよ凄い」
「さっきから”凄い”ばっかりで、なんだか嘘っぽい」
サティラがそう言って頬を膨らませて睨んでくるもんだからおれは焦って否定した。
「そんなことないって!」
どうしちまったんだおれは? 前みたいに上手く話せない。それになんか暑いな。この衣装のせいか?
「さっきまでピアノ弾いていたところを見てもしかしてと思って来ちゃった」
「そうだったのか。それにしてもサティラはどうしてここにいるんだ?」
「私は、目的があってここに来たの。仲間と一緒に」
そういえばあの時も仲間に事の顛末を報告するために分かれたんだよな。
「それってまた悪魔関連の話か」
「悪魔とは違うんです」
おれはもしかしてデュラクシウムか? って聞こうと思ったがどうしてか出来なかった。
「ディールはどうしてここにいるの?」
「おれはあれだ。守護者というかここの支配者に用があってな」
「それって復讐の旅に関係があるんですか?」
「いいや関係はない。友達のためだ」
おれはサティラにせがまれてその後も別れてから今日までにあったことを面白おかしく話した。ドワーフとの話やルミナシュガーを巡る戦い、究幻迷宮に入ってからのことまで。サティラは相槌をしながらずっと笑っていて、笑いすぎで涙まで流していた。
「九班て人たちは変わったドワーフの集まりなのね」
「そうなんだよ。いっつもこーんな顔して怒っている奴とかな。全員ひねくれものだったんだけど、今じゃ心を入れ直したというか何か大事なものを思い出したというか。少しだけまともになったんだ」
おれもサティラに自分の旅の話をするのは楽しかった。おれは自分自身がこっぴどく負けた話もした。
「どうしてディールはそこまで強さにこだわろうとしているの」
「そりゃあもっと強くならなきゃ仇を討てないからな」
「そこまでして倒したい人って誰なの? 前に言っていた一番憎い相手のことでしょ」
「それは……カミオン帝国の七玹騎士だ。その中の誰かがおれから全てを奪った。今のところ分かっているのはヴァントって緑野郎じゃないってことだけだな。結局アイツも倒し損ねた」
「七玹騎士……」
ダメだ。奴らの事を口にするだけで今でも怒りがこみ上げてくる。だがこの感情がおれを生かしているのもまた事実だ。サティラはおれの顔を覗き込んでから頬を両手で挟んできた。
「怖い顔してるよ。ディールには笑顔が一番」
「それはそっちもだよ。ごめん辛気臭い話しちゃってさ。もっと楽しい話にしよう」
「気にしてないよ。むしろ嬉しい。つらかった話とか苦しい話って意外と仲間には告げられないものだから」
「サティラは……特別だから」
それからはまた話を変えて会話を続けた。
「やっぱりディールは面白いね。あなたの話だったらいつまででも聞いていられる」
「そうか?」
「そうだ! 折角だから、二人で踊りましょ」
サティラはおれの返事も聞かずに手を引いて下の舞踏フロアまで連れて行く。おれは踊った事なんてないからぎこちない足取りになってしまう。
「おれ、踊るなんて初めてだから。よく分かんねえよ」
「大丈夫。私に合わせてくれればいいだけだから」
触れ合うサティラの手はほんのり冷たい。というかおれが熱いのかも。なんか心臓がバクバクする。こんなの強い敵と戦っている時以外になったことがない。だけどどこか心が落ち着いている。矛盾している気がするけどそれ以外に表せる表現がない。
踊り終わったおれたちは近くの椅子に座って休憩することにした。
「楽しかったね」
「そうだな。踊りってのも案外悪いもんじゃないな」
サティラはどこか寂し気な表情を浮かべている。おれはその顔を見た時に胸が締め付けられる感じがした。
「あー本当に楽しかった。じゃあ……私もう仲間の所に行かないといけないから」
「せめてレイやエルに会っていけよ。あの二人もきっと喜ぶ」
「そうしたいのだけど、時間が無くて。二人にもよろしくと伝えておいて」
「そっか……また会えるよな」
「うん。あなたが願わなくてもきっとまた」
サティラが席を立ち、その場から去ろうとする。おれは何も考えずにその手を取っていた。
「お互いの目的が果たされたらさ、一緒にまた旅をしよう」
「…………はい、その時がきたら喜んで」
サティラはおれの言葉に最初はうつむいていたが今日一番の笑顔で返事をしてくれた。そうしてサティラは舞踏会を去っていた。最後に握っていたサティラの手は震えていた気がした。それに去り際、涙を浮かべていた気も……する。心配だ。
うん……今ようやく理解した。おれは……サティラのことが好きなんだ。
おれがただ立ち尽くしていると、背後からレイたちがやって来た。
「おお皆! もう十分楽しんだろ。結局鍵の欠片はここにはなかったんだ。そろそろ次に行こうぜ」
レイはなんだか楽しそうに聞いてくる。よっぽどダンスが楽しかったのか、まだテンションが高いままだ。
「ねえディール、もしかしてさっき一緒にいた人ってサティラかい?」
「ん? ああよく分かったな。そうだよ。久しぶりに会ったんだ」
「やっぱり。僕たちも会いたかったな~」
「究幻迷宮にはいるんだ。もしかしたらまたどっかでばったり会うかもな」
おれたちは着替える部屋に行くと、新しい服を貰った。こっちの方が断然動きやすい。前の服は随分ボロくなっていたから丁度良かった。これで新しい服を買うために金を使わなくても済むぞ。
「よーし! 次の扉はこれにしようぜ」
バライバが少し離れた場所にある扉を選ぼうと言って来たのでおれたちは特に議論することも無くその扉を通ることにした。さぁてそろそろ守護者と巡り合いたいところだな。
おれたちが扉を開いて奥へと進むと何やら怒号のような声が聞こえてくる。それに金属同士がぶつかり合うような音。この奥で戦闘が起きているのか!
「守護者が戦っているのかも。行きましょう!」
エルが先頭を切って前へと急ぎ足で進んで行く。ここは今までの建物のような場所とは違って洞窟みたいな場所だ。例えるならユシアがいたような場所と似ている。だが決定的に違うのはここには植物も蝶もいない。もっと無機質な場所。
開けた場所に出ると目の前は戦場と化していた。何十人という奴らが戦っている。エルは耳を澄ませて何か情報を得ようとしている。おれたちは気がつかれないように物陰へと隠れる。
「エル、何か聞こえた?」
レイがそう聞くとエルは頷いた。
「えぇかなり重要な情報がね。聞こえた感じだと一つの大きな勢力に対していくつもの小さな集まりが徒党を組んで挑んでいるって状況。その大きな勢力であるヘンベル盗賊団というのがどうやら鍵の欠片を手に入れているみたい。」
まーたヘンベル盗賊団か! そういえば最初に究幻迷宮を歩き回っている時にコング隊の遺体があったな。あいつらが鍵の欠片を手に入れていたのか。
「どうすんだディール。敵が鍵の欠片を持ってるんだったら俺達も参戦して奪っちまえば鍵の欠片が一気に増えんぞ」
「待ってよ。僕らは既に二つ持っているんだ。危険を冒したらこっちが鍵の欠片を奪われるかもしれないんだよ!」
「いや、ここでヘンベル盗賊団を叩く。そして、鍵の欠片を手に入れて、可能な限り敵の数を減らす」
おれたちはバレないように移動しながらエルの耳を頼りにヘンベル盗賊団のいる方へと近づく。それにしても凄い争いだ。次第にそれらしき奴らが見えてくる。恰好的にアイツらがヘンベル盗賊団で間違いない。ただ見たことのある顔がないからフクロウ隊やキツネ隊ではないっぽい。
おれは前に出てヘンベル盗賊団らしき奴の一人を斬り伏せる。
「鍵の欠片を持っているのはどいつだ⁉ 全員ぶっ倒すぞ、それが嫌なら今すぐ渡せ!」
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