第五十二話 Shall We Dance?
おれたちは闘技場で手痛い敗北を喫したあと、次の場所へ鍵の欠片を求めるべく新しい扉へとやってきた。かなりの大怪我ではあったが、貰った薬のおかげか痛みは最初に比べると随分引いた。
皆が遅れて扉までやって来た。
「遅かったじゃないか」
「ごめんね。少し会話していたら遅れてしまったよ」
「ゆっくりしている暇なんてないんだ。さあ、ここの扉を通ろう」
獅子の顔に丸い輪っかの取っ手がついている木製の大きな扉を開く。つながった部屋へと入ると、そこにはまるで別世界のような光景が広がっていた。天井は星空を閉じ込めたかのように、輝く魔法のような光がゆっくりと流れている。細やかな装飾が施された大きなシャンデリアは、ふわりと宙に浮かび、まるで会場全体を包み込むようにたゆたっていた。
ここはいったいどこだ? おれが首をかしげているとエルが喋った。
「ここはまるで舞踏会みたいね。以前、お母様に連れられて王族の一人としてこういった場に参加したことがあるの」
「僕も小さい頃、王都にいた時に何度か参加したことがあるよ。大人は踊っていたけれど僕は小さかったから踊れなくて暇だったな~」
そうか、ここは舞踏会をやっているのか。だからあちこちで高そうで綺麗なドレスやプールポワンにマントを羽織っている人がいるんだ。
壁際にはクリスタルでできた大きな柱がそびえている。床は漆黒のオニキスでできており、舞踏会の参加者が踊るたびに魔法の輝きが波紋のように広がる。踊る者たちの足元には、魔法で作られたであろう光を宿した蝶がふわりと舞っている。
ホールの中央には広々とした踊るためのフロアがあり、貴族の真似事のような格好した者から、さらにはエルフやドワーフ、その他の種族たちが、華麗な衣装を身にまといながら優雅に踊る。
二階には豪華な饗宴の場が広がり、宙に浮かぶ金銀のトレイが、ワインや料理を運んでいる。これまた美味そうなメシの匂いが漂ってくる。
ル・セレーヌの時もそうだったけど、こんなボロボロの服じゃまるで場違いだな。追い出されなきゃいいけど。というかこんな場所に鍵の欠片なんてあるのか? とっとと探してなければ移動するか。おれたちには踊り惚けている暇なんてないんだ。
「エルフ族の王女、エルリシアン様とその従者の皆さまでございますね」
いきなり横からタキシード姿の男が出てきた。低い物腰で悪い奴ではなさそう。しかし、バライバは言い方が気に入らなかったのか少し怒っている。
「なッ⁉ 俺達がエルの従者だと? 違えわこの野郎!」
「ちょちょっと⁉ バライバ、こんな所で暴れたらよくないよ」
レイがバライバを抑えている。タキシード男はその様子を気にすることもなくエルと話を続けようとしている。
「どうして私がエルフの王族だと分かったのかしら? お母様ならまだしも私の事を知っているなんて」
「ご謙遜をなさらないでくださいませ。エルフ族の王女、エルリシアン様と言えば数百年に一人の魔導の天才と称されているお方。この究幻迷宮内であれば貴方様を知っている者は少なからずおります。その情報がマスターまで届けられたまでの事でございます」
「ふ~んそういうことね」
エルは褒められたからか自慢げに微笑んでいる。
「鍵を集めている途中ではありますが、お疲れでしょう。ここで一度ゆっくり休まれてはいかかですか。料理もありますよ。代わりに条件として、ドレスコードをお願いします。こちらの方に衣服の替えがございますのでどうぞ」
他のタキシード男が出てきて、おれたちは言われるがまま移動させられて、エルとは別の場所へ連れていかれた。なんでこんな場所で着替えなきゃならないんだ。
おれたちは小さい子供みたくタキシード男たちに半ば強引に着替えさせられている。着替えが終わると鏡の前へ連れていかれた。他の参加者のような貴族の服装になっている。青色の衣装か、思ったよりも悪くはないが、動きづらくてかなわない。これじゃまともに戦えないぞ。
この服が窮屈と感じるのはバライバも同じみたいだ。
「だぁッ! 何だこの服は⁉ 特にここの袖がよー破っちまったら駄目か」
「駄目に決まっているじゃないかバライバ。せめて袖をまくるぐらいにしておいたら」
着替えたおれたちはエルと合流した。エルは煌びやかな薄緑のドレスを着ていた。この状態だけで見ればどの参加者よりも綺麗な恰好をしているし似合ってもいる。いつもよりも大人っぽい雰囲気だ。そんな姿を見たレイはエルを褒めちぎっている。なんだかこの感じさっきも見た気がするのは気のせいか?
「エル⁉ 凄い似合っているよ。そういえばこういった衣装を着たのを見るのはエルフの里を出る前のパーティーの時以来だね。あの時も良かったけれどこっちもいいね」
「ありがとうレイ。相変わらずの誉め上手ね」
「それでは心ゆくまでごゆっくりどうぞ」
タキシード男はそう言い残すとどこかへと移動した。おれたちは一旦鍵の欠片があるかどうかを探すために手分けすることにした。
おれは踊っている人以外に声をかけて、鍵の欠片や守護者について知っているかどうか聞いて回ったが有力な情報を得ることはできなかった。
どうしたもんかな。おれはとりあえず肉を食いながら考えてみることにする。横ではバサンが野菜を食べていた。
「バサンは偉いな~野菜も食うなんて」
「ピッピ♪」
おっ! これ美味いぞ。レイにも食わせてやるか。あれ? そういえばレイたちはどこにいるんだ? こうも広いと探すのに苦労するな。えーっと……あ、いた。あそこにいるのはレイとエルだ。というか二人で一緒に踊っている。それにしてもあの二人がこんなに綺麗な場所で踊り、綺麗な衣装に身を包んでいると絵になる、それになーんかいい雰囲気だな。よし! ちょっとだけおれも混じるとするか。
おれは手すりを滑りながら下の階へと移動して、ピアノを弾いている奴の肩をポンッと叩く。
「ちょっとおれに交代してくれないか」
「えっ?」
おれは椅子に座って深呼吸してから鍵盤に指を置く。昔、弾いたことのある曲を奏でる。優しい音の流れは会場を包み込んでいき、踊る者達もそれに合わせて優雅に踊っている。さっきまでが少しゆったりとした寂しげな曲だったからおれは明るく心が弾むような曲調の音を弾く。
ピアノを弾くなんていつぶりだろうか。ダマヤの村でピアノがやたらと上手い爺さんがいたからその人に教えてもらっていたのを思い出した。懐かしいな。その爺さんの家に遊びに行ってはしょっちゅうピアノを弾かせてもらっていた。だけど、あの爺さんは寿命で亡くなってから弾くこともなくなったんだよな。ロオの街のシスターの教会ではオルガンがあったけど、ぶっ壊れていたから使えなかった。だからピアノ自体に触れるなんてもう十年ぶりとかになるか。
少しずつ気分も乗って来た。二人はおれのことに気が付いているかは分からないが、楽しそうに踊っている。
満足するまで弾いたおれはさっきの奏者に席を返した。いや~楽しかった。また二階に行って、別の肉料理を食うとするか。
おれは再びいろんな料理を食べつくす。確かにこういう場所に演劇場や闘技場、レストランがあるここは楽園と言っても過言ではないな。
おれが暇を持て余していると誰かに後ろから肩をポンポンと叩かれた。
「ん、誰だ? バライバか?」
振り返ると見覚えのある人がそこにいた。
「ディール、お久しぶりです」
「お前は……サティラか⁉」
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