第9章
りんとの同居生活が始まって、1ヶ月近く経った時、光彦の仕事で不慮の出来事が起こった。
部下の中年の女性社員が、部品の寸法を誤って下請けに発注するというとんでもないミスを犯したのである。
普段から使えない女で、飲み込みが悪く何事もすることが遅く、派遣社員の若い子の方がずっと役に立った。
しかし、正社員なので、会社としても簡単に首を切れないのだろう。
色々な部署をたらい回しにされて、光彦のところにやって来た。
光彦のいる製作部は部門ごとに分かれ、少人数のチームで活動している。
光彦は稼動部門のチームリーダーであったが、チーム全員が上司から激しく叱責されたばかりか、他の部門の人間からも散々嫌味を言われた。特にリーダーである光彦は、事の深刻さを分かっているのかと、強く非難された。
その夜、光彦は腹心の部下三人と飲みに出かけ、したたかに酔い、アパートに戻った時には零時を回っていた。
「ただいま〜!」
りんは寝ずに待っていて、泥酔していた彼をびっくりした様子で迎えた。一緒に暮らすようになって、光彦が飲んで帰ったのはこれが初めてのことだった。
「飲んでいるのですね?」
「ああ、……酔っぱらちまった」
「珍しいですね。帰りが遅いので、何かあったのかと心配していました」
「うん?心配してくれてたの?ありがとね」
光彦は靴を脱ぐと、凭れ掛かるようにりんに抱きついた。そして、手で彼女の背中を撫で回し、唇を重ねようとした。彼女は顔を背けて、それをかわしながら言った。
「やだあ、お酒くさいー、何かあったのですか?」
「馬鹿なおばさんが馬鹿なミスをして、みんなから散々怒られ、嫌味を言われたよ。あんな馬鹿なおばさんを人に押しつけといて、それなのに、それなのに、管理責任を問うとか、どう思う?やってられっかあ」
「そうなんですね。大変だったですね。さあ、部屋に入りましょうね」
りんは身体の向きを変え、光彦の脇の下に腕を回し、身体を支えた。
「抱かしてくれ」
光彦はりんに凭れて、よたよたと歩きながら言ったが、りんは黙ったままだった。
寝室に入って、ベッドに寝転んだ時、光彦はもう一度言った。今度ははっきりした口調で。
「抱いてくれてもいいと言ってただろ?今晩抱かしてくれ」
「嫌です。いつでも抱いてくれていいですが、こんな酔っ払っている時に抱かれるのは嫌です」
「毎晩毎晩、下着姿を見せられて、どれだけ我慢してきたことか、君には分からないだろう。これまでずっとずっと我慢してきた。蛇の生殺しもいいところだ。もう我慢出来ない。こういう辛い時だからこそ、お願いだから、抱かせてくれ」
りんは黙ったまま目を大きく見開いて、光彦を見つめ、それからコクリと頷いた。
「わかりました。では、シャワーを浴びて来ますので、それまで待っててください」




