表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蝶が舞う  作者: 御通由人
5/33

第5章

光彦のアパートにはダイニングキッチン以外にはリビングルームと寝室しかない。

 寝室のベッドで寝るように勧めたが、彼女は固持し「廊下でいいです」と、とんでもないことを言うので、リビングルームで寝るように言って、彼は寝室で寝ることにした。

 しかし、りんの白い下半身と黒いパンティ、黄色い蝶の入れ墨が目蓋の裏に浮かんで、なかなか寝つけられない。

 雑念を払うかのように何度も寝返りを打ち、うつ伏せになって身を固くしているうちに、いつのまにか眠ってしまったのだろう……気がつくと、朝になっていた。

 

 何か物音がするので、もそもそとベッドから出て音のする方に行くと、キッチンでりんが朝ご飯を作っていた。

 テーブルの上に卵焼き、野菜サラダ、ウインナー、鮭フレークが置かれた皿が並べられていた。

「うん?朝ご飯を作ってくれたの?」

「あ、おはようございます。もう食べますか?」

「そんなことしなくていいのに」

「ほんのお礼です。一宿一飯の恩というじゃないですか」

「一宿一飯の恩義というのは、泊めて貰って、その上ご飯も貰ってということなので、本来は僕が作らなければいけないのだけどな」

「そんな、そんな。とんでもないです。……差し出がましいことをしたなら、謝ります」

「いや、ありがたいよ。こういうご飯を食べたかったんだ」

「ホントですか?よかったです。では、すぐに食べますか?」

「じゃあ、すぐに戻るから」

 歯を磨き、着替えて、戻って来ると、ご飯と味噌汁が茶碗と椀によそわれていた。

「昨日鈴木さんが行ったコンビニにさっき行って来たのですが、生鮭は売っていなくて、鮭フレークになってしまいました。ごめんなさい。スーパーを教えてくれたら、明日はもっと上手く作りますね」

 明日の朝もいるつもりかと、驚きが一瞬頭をよぎったけれど、それより食欲が勝っていて光彦は卵焼きに飛びついた。

 旨い。なかなか良い味付けと焼き具合だ。

 光彦が味噌汁をひと口飲んだ時、りんが心配そうに言った。

「薄くないですか? 鈴木さん、名古屋に住んでいるって言ったでしょ。名古屋は味が濃いんですよね?」

「うん、味が濃いというか、甘辛いものが多いかな。でも、薄くない。美味しいよ。親の出身が四国だから、母親の味噌汁の味に似ていて、なんか懐かしいな」

「えっ、四国なんですか?どこですか?」

「香川」

「そうなんですか。私は高知です」

 そう言えば、昨夜りんが酔っ払いに絡まれた時に関西弁を喋っていたことを思い出した。

「そうなんだ。奇遇だね、…って言うこともないか。同じ県じゃないし、だいぶ離れているし」

「ええ、でも、同じ四国ということで、なんか親しみを感じます」

 そう言って、顔に皺を寄せて微笑んだ。

「あ、さっきから、君は全然食べないね」

「なんか鈴木さんの食べっぷりを見ているのが楽しくて。……味はどうですか?」

「うん、どれも旨い。料理は得意だと言ってただけのことはある」

「ほんとですか?やったあー!」

 そう叫んで、万歳しながら、大仰に喜ぶ。  

 光彦はこれだけ感情を露わにして喜ぶ人をこれまで見たことがなかった。

 彼はどちらかというと感情の起伏が少なく、気持ちを顔に出さない方だ。

 こういう風に自分の気持ちを素直に出して喜べるのは、とても素敵で素晴らしいことのように思えた。

 

 食事が終わって、お茶を飲んでいた時、りんはぽつりと言った。

「鈴木さんって、何も聞かないんですね?昨夜……タトゥーを見たでしょ。タトゥーのことを何も言わない人ってのは珍しい……」

  光彦も当然気にはなっていた。

 しかし、彼は他人に対して遠慮がちなところがある。プライベートなことをずけずけと聞くのは、土足で人の心にずかずかと入るような気がして、気になっても口には出ない性質であった。まして、見ず知らずの若い女性に無遠慮に聞けはしない。

「色々事情があるのかなと思って。……そんなこと聞くのは悪いし」

「……そうなんですね」

 一瞬、口籠った後、「実は私、風俗をしてるんです」りんはあっけらかんと言った。

  光彦は声が出なかった。風俗をしていたという内容もそうだが、昨日の「セックス」とか「風俗」という普段耳にすることのない刺激の強い言葉を聞くと、ドキッとして萎縮して言葉が出なくなる。

 黙ったまま彼女を見つめた。

「軽蔑しますか?」

「いや、そういうことはないけど。びっくりした」

 彼女は優しく微笑んだ。

「お客さんには、どうしてタトゥーをしているのかといつも聞かれます」

「そうなんだ。お客さんだから遠慮がないのかな」

「鈴木さんは遠慮してるのですか?」

「もちろん。君みたいな若い女の子にずけずけと聞けないよ」

「そうなんですか。こんな私に。……紳士なんですね。私、男の人の欲望剥き出しのところばかり見てきているので、私に気を遣ってくれるなんて、あんまりされたことなくて、びっくりです」

 

 それから、今日はこれから前に勤めていた店の同僚から聞いた店に行き、入店の手続きをし、今後は寮に入るつもりだ。が、今晩と明朝のご飯を作りたいので、もう一泊だけさせて欲しいと言った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ