第4章
素性の知れない他人を家に入れるのは抵抗があった。
しかし、気楽な単身生活、貴重品は札入れに中にあるカード類だけで、盗られて困るようなものは部屋には置いていない。
また、こんな遅い時間に途方に暮れている若い女の子を追い返すわけにはいかない。それになぜか彼女は信用してもいいような気がした。
リビングに座ると、女はこの町に来たのは初めてだと言った。
友達に聞いた店で働きに来たのだけど、どこにあるのかよく分からなかった。
仕方なくどこか安いホテルに泊まろうと思っていたところ、光彦に出会い、一人暮らしだと知り、泊めて貰おうと思った。ホテル代も浮くし安心なので、と言った。
「安心」そう言われて、光彦は面食らった。
苦笑しながら、「ホテルに一人で泊まるより、僕と一緒に泊まる方が安心って……」
「私、人を見る目はあるのです。この人なら大丈夫だろうと思って」
なんか人畜無害のように思われていることに、もう一度苦笑いを浮かべる。
「僕も男だから、君が寝ている時に襲うかもしれないけど」
「私とセックスしたいということですか?そしたら、してもいいです。泊めて貰うお礼です」
光夫は発言の内容にも驚いたが、セックスという刺激的な言葉が若い女性の口から出たことにどきりとした。狼狽えて、慌てて否定する。
「いや、本気でそう言ったわけじゃない。ただ、君があまりに無防備なので……」
「私を助けてくれたじゃないですか。あの時、この人は紳士だなあ、頼りになるなあ、信頼出来る人だなあ、て思ったんです」
「それは買い被りだと思うけど。……そう言って貰えるのは喜んでもいいのかな?」
光彦は首を傾げた。
「もちろんです」
彼女がシャワーを浴びてもいいかと言うので、「出たら、声を掛けてくれ」と言って、光彦はダイニングキッチンに入り、ドアを閉めて、テーブルでビールを飲み始めた。
ビールを飲みながら、仕事の書類に目を通そうとしたが、今、すぐそこで若い女性が裸になってシャワーを浴びていると思うと、落ち着かない。頭が働かなくて書類の内容など全く入って来ない。
仕方なく書類を閉じて、スマホでネットニュースをなんとなく読んでいると、ドアが開いた。
Tシャツとショートパンツ姿の彼女が入って来た。
頬をほんのりと赤く上気させ、ショートヘアーで化粧気のない端正な顔は少年のようにも見える。
しかし、ショートパンツの下の白い太腿とTシャツの下の豊かな胸の膨らみが大人の女性の性を感じさせた。
「ああ、さっぱりしたあ。お先、ありがとうございます。水を貰ってもいいですか?」
「うん、いいけど。よかったら、ビールを飲みますか?」
「え!いいんですか?」
「うん、もちろん」
「本当ですかあ?やったあ!」
彼女は顔をくしゃくしゃにし、両手を突き上げて万歳をした。
「嬉しいー!めっちゃめっちゃ嬉しいです。私、お酒大好きなんです」
そのあまりに大袈裟な喜びように、光彦は思わず苦笑した。
「いいよ。どうぞ」
そう言って、コップを出して、ビールを注ぐ。
彼女は一口飲んで、「美味しい。とっても美味しい」
目を細めて顔にしわを寄せて笑った。
その無邪気な子供のような笑みに光彦もなんか嬉しくなって、つい微笑む。
「ねえ、なんと呼んだらいいのか分からないので、名前を教えて頂けますか?」
「鈴木、鈴木光彦です。君は?」
「私は林千佳です。林なので、みんなは、りんと呼んでいます」
「じゃあ、りんさん」
「りんでいいです。りんさんって、なんか薬品みたいで変だし、語呂が悪くて言いにくいでしょ」
「はは、そうだね。でも呼び捨てはしにくいので、りんちゃんと言うよ」
「分かりました。光彦さん」
「やめてくれよ。鈴木でいいよ」
そう言うと、りんはまた目を細めて、笑った。顔をくしゃくしゃにして、幸せそうな顔をする。
少しきつめの顔なので、笑った時の崩れた顔とギャップがあり、それが余計に愛らしく見せる。
このまま彼女と話していたいという気持ちもあったが、Tシャツの下にブラジャーはつけていないようである。気になって仕方なく、目のやり場に困る。感情を抑え平静でいることが辛くなって、立ち上がった。
「じゃあ、僕も風呂に入ってきます。ビールも全部飲んでいいし、おつまみも全部食べてくれていいです。お腹が空いていたら、冷蔵庫の中のものはなんでも食べてくれたらいいです。ろくなものは入っていないけど」
風呂に入ると、冷たい水のシャワーを全身に浴びた。熱く火照りそうな身体と心を洗い流したかった。
それから、髪を洗い、身体を洗い始めた時、扉が開いた。
びっくりして振り返ると、りんが入って来た。
「な、なんですか?」
光彦は狼狽し、股間を手で隠す。
「お背中を流しに来ました」
彼女は平然とした口調で言う。
「いや、そんなことしなくていいよ」
「お礼です。そのくらいさせてください」
そう言った後、悪戯をする子供のような笑みを浮かべ、「恥ずかしいですか?」と言った。
「恥ずかしいに決まっているだろ」
「そうなのですね。でも、気にしなくても大丈夫です。私は気にしないので」
「気にするよ」
そう言うと、彼女は何も答えずに嬉しそうに笑いながら、しゃがんだ。
両手で石鹸を泡だて、光彦の背中を円を描くように撫でてゆく。手が触れた時はビクッとしたが、優しく撫でられるうちに、彼女の手の温もりと感触がえも言われぬ快感を覚えさせた。
しばらく撫でた後、りんはシャワーを取って、ゆっくりと泡を流してゆく。
それから、「濡れるなあ」と呟くと、立ち上がって、ショートパンツを脱いだ。
「おい、おい」
「大丈夫です。気にしないでください」
そう言いながら、黒のパンティになり、左手にシャワーを持ち、右手で丹念に背中を流してゆく。
しばらくして、「はい、終わりました」
光彦の背中をポンと手で叩いた。
「ありがとう」
光彦は振り返って、そう言った時、リンの小さな黒のパンティの上、臍の右下辺りに、蝶の入れ墨があるのに気がついた。
5センチくらいの紋黄蝶の入れ墨だった。




