第29章
ゴールデンウィークに高校時代の恩師が東京に来るので、関東にいる同級生が集まって先生を囲んで夕食を食べることになった。それで、鈴木も来ないかと誘いのメールが友人から送られてきた。
特に用事もなく、暇を持て余していた光彦はすぐに承諾した。
先生は東京のホテルに泊まっていて、男子五人と女子二人の同級生が集まり、ホテルのレストランで夕食を食べた。
メールをくれた友人と会うのも数年ぶりだったが、高校卒業以来初めて会った同級生もいた。
昔話に花を咲かせ、時間はあっと言う間に過ぎ、食事の後もさらにホテルのバーで飲むことになった。
しかし、光彦と同様に近県から来ている同級生が三人いたし、明日仕事がある人もいた。
それで、名残り惜しかったが、 22時を回った時には解散することになった。
そのホテルからアパートに帰るにはJRを乗り継いで東京の南の街に行き、それから徒歩で私鉄の駅まで行き、乗り換えなければならない。
光彦はJRの改札を出ると、夜の街をゆっくりと歩いた。
酔いで火照った身体に夜風は心地よく、鼻歌交じりの気分で、ぶらぶらと歩いていった。途中にドラッグストアがあり、何気なくその店の方を見た。
と、その時、彼は驚きのあまり立ち尽くした。
ドラッグストアの店先にりんがいた。信じられなかった。
酔いのせいだと思った。これまでもりんだと思ってよく見ると他人の空似だったことが何度もあった。
それで、目を凝らして見たが、今度は間違いなかった。髪は長くて真っ黒になっていたが、紛うことなく、りんであった。
光彦は全身が痺れるような感覚になり、息苦しいほどに鼓動が高なった。彼女を見つめながら、夢遊病者のようにふらふらと近づいていった。
「りん?」
光彦が声をかけると、店先の品物を見ていた彼女は身体をビクッと震わせ、恐る恐るという感じで顔を向けた。そして、彼に気がつくと、目を大きく見開き、顔をこわばらせた。
「りん、りんだよね?」
再び声を掛けると、突然彼女は身を翻して、逃げるように走り出した。
光彦は驚き、慌てて追いかける。
「待って。待ってくれ」
りんは大通りから路地に入った。続いて光彦も路地に入る。
「待ってくれ。話したいことがある。家内とは離婚した。話を聞いてくれ」
大声で叫ぶと、りんは立ち止まった。そして、彼の方を振り返った。
が、光彦が近づいていくと、また彼女は駆け出した。
アルコールが入っているためか、歳のせいか、息が切れてもう走れない。彼は追いかけるのを止めて、立ち止まった。
「明日の朝、いつもの公園で待っている。来てくれ」
そう叫んだ。
「来てください。お願いだ」
しゃがれた声で再び叫んだ。
が、りんの姿は暗闇の中に消えてしまった。
彼は私鉄の駅へと背を丸めてとぼとぼと歩いていった。




