第22章
りんは目を見開き、一瞬、顔を歪め、動きを止めた。それから「会いに来てくださったのですね」と小声で言った。
身体の線が浮き出た薄地の白いノースリーブで超ミニのワンピースを着て、濃い化粧をしていた。
久しぶりに見るからだろうか?
普段はすっぴんだし、外食や遊びに出掛ける時も薄化粧しかしなかったので、こんなに濃く綺麗に化粧をしている姿は初めて見た。そのためだろうか?
失ったから余計に良く見えるのか?
もの凄い美人だと思った。
こんな田舎の市に、こんなモデルのような容姿をした女性は滅多にいない。それが風俗をしているのだから、人気があるのは当然だと思った。
光彦が家にいる時はりんはいつも一緒にいた。そのため寝物語で風俗の仕事の話を聞いても現実味はなく、ただの世間話を聞いているくらいの気持ちだった。
しかし、今、かろうじてパンティが隠れるほどのミニスカートの下で露わになっている白い太腿を見て、不意に彼女が男達に性的なサービスをしているイメージが脳裏に浮かんだ。
初めて現実を目の当たりにして衝撃を受けた。堪らない気持ちになり、苛立った。
「なかなか戻ってこないから会いに来た。今日はお望みどおり薬を飲んできたから、本番をさせてくれ」
「シッ」
彼女は唇に指を当てて言った。
「大きな声で本番とか言わないでよ。周りに聞かれたら誤解されるじゃない。それにこんなところで出来るわけないじゃない」
光彦は自分の言葉に棘があったことには気がつかず、彼女の馬鹿にしたような言い方に腹が立った。
「じゃあ、今晩戻って来てくれ」
「……」
「置き手紙に時々帰って来て食事を作るって書いてたじゃないか?あれは嘘なのか?」
彼女は首を振った。
「ううん、嘘じゃない。本当に帰ろうと思ってたのよ。でも、指名がいっぱい入って、時間が取れなくって。……またコンビニ弁当を食べてるの?」
それには答えずに光彦は冷ややかに言った。
「大変な人気だってな。商売繁盛、なによりだ。でも、客を見ていたら、ぱっとしない田舎のオヤジばかりだな。君が僕のことをいいと思ってくれた理由がよく分かったよ。あんな連中と比べると、外見も服装もずっと僕の方がパリっと……イタッ!」
顔に何かが当たって、床に落ちた。見ると、ティシュの箱だった。続けて、りんがミネラルウォーターのペットボトルを投げてくるのを光彦は腕で顔を覆って防いだ。りんは何かのボトルを握って、また投げようとしている。
「止めろ。いきなり何をするんだ」
「なによ。上から目線で、何をえらそうなこと言うとんのや。お客さんに差はないわよ。大統領だろうとホームレスだろうとお客さんはお客さん。大企業に勤めているかもしれないけど、それが何よ。私のことをバカにするのはいいけど、お客さんにまでそんな言い方しないでよ。
前に、ホストのどこがいいのかって、言っていたでしょ?うちの部下の方がイケメンがいるって。遊びの身体目当て以外で立派な企業の会社員が私と付き合うわけないじゃない。ホストとは日陰者同士、なんか共感するところがあるのよ。それにホストクラブに行ってチヤホヤされたら、その時だけでもお姫様になったような気がして、こういう底辺の仕事をしていることを忘れられるのよ。
小さい時から魚臭いところで育って、ラブホではザーメン臭い、キャバでは酒臭い、ヘルスではまたザーメン臭い。いつもいつも嫌な臭い中でずっと生きて来たわ。無臭の場所で生活して来た鈴木さんなんかには私の気持ちは分かりはしないわ。
私のお母さんは若い頃に車の免許は取っていたけど、車はなくてね。関西のヘルスで勤めていた時に私は中古の軽を買ったの。関西から離れる前にその車に乗って高知に帰り、そのまま車をお母さんにあげたのよ。安いボロボロの軽よ。でも、お母さんは泣いて喜んで、こんな私に対して、立派になったって手を合わせて拝んだの。その時の私の気持ちなんか、鈴木さんには一生分からないわよ。
そうそう、思い出したけど、その車、鈴木さんの会社のだったわ。さあ、お帰りください」
一気に捲し立てた後、りんは興奮で顔を紅潮させたまま、壁についている受話器形のインターフォンを取って、「お客様のお帰りです」と告げた。
それから、光彦の腕を取って引っ張った。「お帰りください。今日はありがとうございました」と言った。
「すまなかった、そんなつもりで言ったんじゃないんだ。……た、たぶん、……嫉妬だ。お客さんに対して嫉妬したんだ」と光彦は狼狽えながら言い訳をしたが、りんに押されて外に出されてしまった。
鍵のかかる音がした。
光彦は慌ててドアノブを握ったが、ノブは回らず、ドアは開かなかった。
通路は静まり返っていた。通路の両脇にはいくつもドアがあり、その内側で男女の営みが今繰り広げられているはずなのに、この静けさはなんか不思議な気がした。
光彦は小さくドアをノックして、小声で話しかけた。
「本当に悪かった。頼むから開けてくれ」
部屋の中の様子を伺ったが、物音一つしなかった。しばらくドアの外でじっと待っていたが、一向にドアが開きそうな気配はなかった。
仕方なく、一階に降りて行くと、店員が慌てて近寄って来て、「お客様、何かありましたか?」と言った。
「いや、大したことない。実は知り合いでね」
そう言うと、店員は親族と勘違いしたのか、納得したように頷いた。




