第16章
旅行から帰って来てからは、休日は必ず出掛けることにした。
光彦は9時過ぎに起き、二人でランチを食べに出掛けた。
意外なことにりんは絵画や仏像を見ることが好きだったので、それから東京の美術館や博物館に行ったり、東京や神奈川の神社仏閣やパワースポットを訪れたりした。
夜はベッドでりんを腕枕しながら、二人でたわいない話をした。
光彦はもう彼女を抱こうとすることはなかった。また惨めな気持ちになることを恐れてのことだった。
しかし、体の関係をなくしたことで、逆にピュアで澄んだ豊かな時間を送れているような気がしていた。
10月に入ったある日、りんは11月20日が誕生日だと言った。
「そうなんだ。おめでとう。奮発して高級ホテルにご馳走を食べに行こうか?それともちょうど土曜だし、また旅行に行こうか?」
「ありがとうございます。でも、それよりも一つお願いしたいことがあるのですが、聞いてくれますか?」
「いいよ。なんだい?」
「……バースデープレゼントに抱いて欲しいの」
りんは少し口籠った後、恥ずかしそうに頬を赤らめて言った。
お礼でセックスをしてもいいと言い放っていた出会った頃とはだいぶ様子が違っている。それが可笑しくて彼は微笑んだ。それを同意の意味だと勘違いしたのだろう。
「ありがとう。信じられないかもしれないけど、私ずっとしていないの。ヘルスって、本番はしないのよ。本番ってわかりますよね?
……そう、最後まですることね。本番を求めてくるお客さんは多いの。特に関西はほぼ全員本番を要求して来ました。お小遣いをあげるからお願いって言う人もいっぱいいたけど、全部断ってきたの。だから、例のホストと別れてから、ずっとしていないの」
光彦はびっくりした。誰とでも寝るとは思わなかったが、そんなに身持ちが堅いとは思いもよらなかった。
「でも、最初に会った時に、セックスしてもいいと言ったじゃない」
「もう、恥ずかしいこと思い出させないでよ。この人なら、抱かれてもいいと思ったの」
「そうなんだ」
光彦は思いがけない言葉に目を見張った。
たくさんの男から言い寄られても拒否してきた女性が自分ならいいと言ってくれたことが彼の自尊心を満たし、虚栄心をくすぐる。
しかし、それに続く言葉が彼の弾んだ気分を鼻白ませた。
「それで、バイアグラとかあるじゃないですか?治療薬。あれを買って来て飲んで欲しいの」
「ああ、……あるね」
りんの思いがけない言葉に光彦に力なく頷いた。
「うん、……わかった」
ああいうED治療薬は老人が飲むものだと思っていた。まだまだ中間管理職としてチームリーダーとして毎日精力的に仕事をしている自分には縁遠いものだと思っていた。
薬に頼りたくはなかった。薬に頼ることは、男としての能力がないことを認めること、白旗を上げて降参することのように思われた。




