第10章
「ねえ、そんな顔しないで」
そう言われて、光彦は自分がひどく情けない顔をしていることに気がついた。
りんはバスタオルを身体に巻いて、部屋に入って来た。
「明るいから消しますね」
そう言って、壁の照明のスイッチに手を伸ばそうとしたが、光彦はその動きを遮るように腕を掴んで引き寄せ、抱きしめた。
久しく忘れていた熱い感情が血流とともに全身を駆け巡る。
が、その時、光彦は自分の体が反応していないことに気がついた。
愕然とした。
どういうことなのか全く分からなかった。
何?何?
頭の中で疑問符が回り続ける。
彼は狼狽えた。
こんなことは初めだった。
りんから体を離し、自分で奮い立たせようとした。しかし、ただ焦るばかりで、気持ちが空回りし続ける。
「どうしたの?」
りんは目を開けた。そして、状況を理解し、上体を起こすと、「ここに寝て」とベッドを指差した。
光彦は言われたとおりに、彼女の横に仰向けに寝る。
目を瞑り、神経を集中して、興奮を高めようとした。が、一向に好転しない。
「焦らないで。力を抜いて、リラックスして。ゆっくり深呼吸してみて」
言われた通り、深呼吸をし、力を抜いて、りんにすべてを委ねようとした。
しかし、駄目だった。
「ありがとう。もういいよ」
しばらくして、光彦はりんの肩を軽く叩いた。一緒懸命尽くしている彼女が気の毒で申し訳なく思った。
りんは動きを止め、彼を見つめた。
「ねえ、そんな顔しないで」
そう言われて、光彦は自分がひどく情けない顔をしていることに気がついた。
「……そうなんだ。そんなにひどい顔をしているのか?」
りんは黙ったままこくりと頷いた。
不甲斐なく、全身から力が抜けてしまい、叩きのめされたような惨めな気分だった。
「こういうことは久しぶりだから、感が戻らないというか、何か上手くいかなくて」
言い訳だと思いながらも、そう呟いた。何か言わずにはいられなかった。
「ええ、それもあると思います。が、お酒を飲んでいることが大きいと思います。明日、お酒を飲まずに、またしましょ?きっと上手くいきます」
「そうか……。うん、きっとそうだよな」
彼は無理矢理笑い顔を作って、自分を納得させるように呟いた。