魔法使いは諦めない
少年にはずっと、憧れているものがありました。
幼い頃、何度も母親から読み聞かせてもらった冒険譚に出てくる勇者――ではなく、仲間の魔法使いです。
彼の出番は微々たるものでしたが、危機に陥る勇者を魔法で助ける姿は、少年にはとても魅力的に映りました。それに、魔法を使うのになくてはならない使い魔との絆は、身体が弱く、同年代の子供となかなか打ち解けられなかった少年にとって、とてもすてきなものに思えたのです。
周りの大人は彼を否定しました。少年には、魔法使いの適性がこれっぽっちもなかったからです。しかし、少年は諦めきれませんでした。
そんな時、ある男が少年の住む村の近くに引っ越してきました。その男は少年の夢を笑わず、こう言いました。
僕は、君に似た境遇で魔法使いになった子を、一回だけ見たことがある。
君が本当に魔法使いになりたいなら、十二歳の誕生日が終わるまで、魔法使いには一切関わらないと誓いなさい。
彼らはきっと、使い魔として、君の力を欲しがるだろうから。
それから少年は、その約束をずっと守って生きてきました。
* * *
二人の間には緊張した空気が流れていた。
ヒイロは魔法石を掌の上で転がしてみる。試しに深く握りこんでみても何の反応も示さない。しばらくじっとその様子を眺め、対面に座るテトラが満足げに頷く。
「よし。大丈夫そうだね」
「ほんとに?」
信頼する師匠の言葉に、ヒイロは目を輝かせた。
――まず、魔法を使うには、君の体質を変えるところから始めないといけない。
ヒイロが夢を打ち明けたとき、テトラに最初に聞かされたことだ。
魔法を扱える者は、大きく「魔法使い」と「使い魔」の二種類に分類されている。
魔力というのは多かれ少なかれすべてのものが有しているが、異なった質の魔力をぶつけることで別の性質に変化させることができる。その結果として顕現した現象が魔法で、望んだ現象を意図して引き起こすのが魔法使いだ。有識者には使役者と呼ばれることもある。
対して使い魔は、元々持っている魔力量が極端に多い者のことを言う。魔法を使う時には、使い魔の魔力に魔法使いが手を加えるのが一般的だ。
魔法使いは元々の魔力量が少ない方が理想とされる。ヒイロに魔法使いの適性がないと判断されたのは、体内で魔力を生成する器官が異様なほどに発達していたためだ。
「魔法使いなんだから、魔力が多い方が有利なんじゃないの?」
かつてのヒイロの質問に、テトラは首を横に振った。
「例えばだけど、ヒイロは鋸で鉛筆を削れる?」
「むり」
「僕も無理だ。魔法使いは望んだ効果を引き出すために繊細な調整が必要になるから、多すぎる魔力はかえって邪魔になるんだよ。けど君の場合、魔力の生成器官を衰えさせれば、体内の魔力量を減らせる可能性がある」
「ほんとに!?」
「うん。君は元々身体が弱いみたいだから、それを補うために体内で必要以上の魔力を生成してるんだろう。身体を鍛えて、日常的に使う魔力をできるだけ減らせば無理な話じゃない」
けどね、とテトラは難しい顔で前置きした。
「使い魔の適性を持っている人は世界的にみてもすごく少ない。だから本当に魔法使いになりたいなら、魔力が少ない状態を身体に定着させるまで――十二歳の誕生日が終わるまでは、魔法使いに近づかないって約束してほしい。彼らはきっと、君を使い魔として欲しがるだろうから」
「もし、一回でも使い魔として魔法を使ったら?」
「反動で、魔力器官の働きが一層活発になる。そうしたらもう、魔法使いにはなれないって思っていいんじゃないかな」
ぼかした言い方ではあったが、そこに確信した響きがあることにヒイロは気付いていた。
それからは、テトラの家に赴くのがヒイロの日課になった。魔法石を使った魔力量の確認は時々行っていたが、まったく反応しないのは今日が初めてだ。
「今までは持つだけで赤く光ってただろ。何も起こらないってことは、君の力が落ち着いてきた証拠だよ」
「じゃあ、これで俺も魔法使いになれる?」
「まだ気が早いよ。今日が終わるまでは我慢だ」
「そっかあ。待ち遠しいな」
ヒイロは魔法石を机に置き、ちらりと時計を見遣った。あと七時間で魔法が使えるようになると思うと、自然に頬がゆるむ。
そわそわと落ち着かない素振りのヒイロに、テトラが苦笑する。
「言っておくけど、魔法使い向きの体質になるだけで、魔法は鍛錬しないと使えるようにならないからね」
「分かってるって。先生がまた教えてくれるんでしょ?」
「うーん、僕は使うのは専門外だからな……あ、そうだ。ヒイロ、手出して」
思い出した、というように、テトラは上着のポケットをまさぐる。
言われたままに差し出したヒイロの掌に、花をあしらった小ぶりなブローチが置かれた。
「改めて、誕生日おめでとう」
「ありがとう。でもおれ、こんなのもらってもつけないよ」
「つけろとは言ってないよ。どうせ明日から魔法の練習したい、って言うんだろうなと思ってさ」
ヒイロは小首を傾げたが、テトラの言葉の意味を理解し震える手でブローチを観察した。
使い魔がいない魔法使いは、魔力の含有量が多い物質を元手に魔法を使うこともある。物によって個体差はあるが、総じて高い魔力を有するとされている一例が宝石だ。ガラス玉だと思っていたが、確かに輝きは宝石っぽいかもしれない。だとしたら、誕生日の贈り物として気軽にもらえる範疇の値段をゆうに超えている。
ヒイロが無言でブローチを睨んでいると、テトラはこらえきれないとばかりに吹きだした。
「昔の知り合いから超安値で買い叩いたんだ。きっとヒイロが想像してる十倍は安いよ」
「それでも高いじゃん」
「こんな出費で高いって言うようじゃ、魔法使いはやっていけないな」
揶揄うように言われれば、ヒイロとしては口を噤むしかない。
「おれ、先生にもらってばっかだね」
思ってもみない言葉だったのだろう、テトラが目を瞬かせる。滅多に見ない表情がおかしくて、今度はヒイロが笑った。
魔法を使うには素質と、並大抵ではない努力が必要だ。そのせいか魔法使いの人口は少なく、魔法は未だに「戦うために使うもの」と認識されていることが多い。
昔と違って、今は魔王も人を襲う凶暴な魔物もいない。必要もないのにわざわざ適性がない魔法使いになりたがるなんて、と、大人はこぞってヒイロを否定した。
「先生だけだったんだよ、おれが魔法使いになりたいって言っても真剣に聞いてくれて、どうしたらいいのかまで考えてくれたの。おれ、先生にちょっとでも色んなもの返せるように頑張るからさ。これからも、よろしく」
急に気恥ずかしくなってきて、ヒイロは「そろそろ帰るよ」と席を立つ。
「じゃあな、先生。また明日!」
慌ただしく扉が閉まったあともしばらく固まっていたテトラは、大きく息を吐いて目頭を押さえる。
「……年を取ると、涙腺が緩んでいけないな」
* * *
誕生日くらい早く帰って来なさい。
怪しい人には近づかないようにしなさい。
どちらの言いつけを守るべきか決めかねて、ヒイロは村の入り口の様子を木陰からこっそり窺った。
固く閉ざされた門に阻まれ立ち往生しているのは、遠目から見てもいたく異質な三人組だった。
一人は、硬質な鎧を身にまとった金髪の男。たしかにこの周辺にはよく獣が出るが、その警戒にしても重装備すぎるように思える。
一人は、何やらじゃらじゃらと装飾品をつけた黒髪の女。前に街まで見に行ったサーカスに出演していた踊り子の格好に似ている。こちらは露出が多すぎて、やはり森に向いた格好ではない。
そしてもう一人は、大量の荷物を抱えた子供。どうやら他の二人の荷物持ちをさせられているようで、ヒイロから見ると旅行鞄がステップを踏んでいるように見える。
ヒイロの村は何回か野盗の被害に遭った過去があり、入村する者を厳しく管理している。いかにも怪しげなこの集団が締め出されるのも納得の結果といえるだろう。
腕組みをしながらうろうろと門の前を徘徊していた男が口を開く。
「困ったな、ここに入れてもらえないと宿のあてがないんだが……」
「ちょっと。嫌よ、こんな場所で野宿なんて。何が何でも開けさせなさいよ、勇者でしょ?」
勇者?
眉をひそめたあと、ヒイロは思わず耳を塞いだ。突然、雷が落ちたような重低音が辺りに響いたからだ。
しかし今日は雲一つない晴天で、薄暗くなり始めた空には星も見え始めている。
「何の音だった、」
音をした方を振り返ったところで、ヒイロは言葉を失った。
地面に亀裂が走り、割れ目から炎が噴き出している。突如現れた炎の川は、今までヒイロが辿ってきた帰り道にまっすぐ続いているようだった。
ヒイロの顔から一瞬にして血の気が引く。
「行くぞマリエル! ここで俺らが活躍したら、今晩の野宿は免れるかもしれない!」
「あ、ちょっと、待ってよハロルド!」
我先にと飛び出した男――ハロルドに続いて、ヒイロもテトラの家の方角へと駆け出していた。
* * *
ヒイロ、またドラゴンの絵をかいてるの?
うん。おれ、魔法使いの次にドラゴンがすき!
相変わらず、勇者には憧れないのねぇ。変わった子だわ。
ドラゴンはね、すごいんだよ! すごくつよい炎の魔法を使うんだ!
知ってるわ。鱗がとても硬くて、氷の魔法じゃないと倒せないのよね。
そうだよ。一回でいいから見てみたいなぁ。
難しいかもしれないわね。ドラゴンは、もう絶滅したって聞いてるから……。
「……嘘だろ」
立ち止まったハロルドがうわごとのように零す。
彼の隣に並び立ったヒイロも、目の前の信じられない光景に呆然としていた。
テトラの家は村から少し離れていて、開けた場所に一軒だけぽつんと建っている。
どうしてこんな場所を選んだのかと聞いたら、彼は自分の庭で薬草を育てたかったのだと笑った。テトラが元薬師だということは、自分のことを話したがらない彼が唯一自ら打ち明けたことだ。荒れ放題だった広い庭にヒイロとテトラで手を加え、今や立派な薬草園が出来上がっていた。そのはずだった。
庭の真ん中に、見たこともない大穴が空いている。村の方まで伸びていた亀裂はその穴が原因のようで、薬草園はおろかレンガ造りの家すらもはや瓦礫も同然だった。
この状況を作り出したと思われるそれは、鋭利な爪を地面に突き立てて咆哮する。
「ドラゴン……」
幼い頃に一目見たいと熱望していたはずのそれは、想像の何倍も大きく、そして悍ましい姿をしていた。
目を逸らした先に見えたものに、再びヒイロは凍り付く。
外壁に飛び散った赤色と、陰から覗く見覚えのある靴。
「先生!」
「あっ、おい小僧!」
呼び止めるハロルドの声は耳に届かなかった。
瓦礫の裏側に回り込んで、ヒイロは息を呑む。痛々しい火傷と裂傷が、テトラの身体を赤く染め上げていた。意識はないながらも息はしているようだが、この様子ではあまり長く保たないと見ただけでわかる。
何か使えるものはないかと辺りを見渡したヒイロは、ぞくりとした寒気に襲われた。
ドラゴンの双眸が、ヒイロの方をじっと見据えている。
どうしようもなく足が竦んだ。目の端でドラゴンが前足を振りかぶったのが見えても、指一本動かすことができない。
咄嗟に目を瞑ったヒイロに届いたのは、凄まじい衝撃――ではなく、何か固いものがぶつかりあうような甲高い音だった。
おそるおそる目を開けると、ヒイロを庇うように立ったハロルドがドラゴンの爪を押しとどめていた。剣が軋むような音を立て、ハロルドが舌打ちする。
「え、なんで」
「うるさい、今必死だから話しかけるな!」
「やっぱりお前はいいやつだな。女さえ絡まなければ」
場違いとも思える涼やかな声は、ヒイロの背後から聞こえた。
一陣の風が吹いて、ハロルドの剣がドラゴンの爪を押し返す。ドラゴンが後ろによろめき、ハロルドもバランスを崩してその場に倒れ込んだ。
ヒイロは声のした方を振り返る。
立っていたのは銀髪の少女だった。年齢はヒイロと同じか、少し上くらいだろうか。服装からして、先程村の入り口で大荷物を抱えていたのは彼女らしい。今の彼女は荷物の代わりに、踊り子風の女性が付けていた大量の装飾品を両手いっぱいに抱えていた。
「遅いぞ、カンナ!」
「やかましい。お前がなりふり構わずこっちに向かってる間、こっちは火の後始末をしてきたんだ」
カンナと呼ばれた少女は、状況を飲み込めないヒイロを軽く押しのけた。テトラを一瞥し「ひどいな」と顔をしかめる。
「ハロルド、人命優先だ。今のお前には軽く身体強化をかけてある。しばらくあのデカブツを引きつけてろ」
「わかった。ところでマリエルは?」
「……遅れて来るんじゃないか? ドラゴンと互角に戦うところを見せれば、きっとお前の株も上がるぞ」
「よっしゃあ!」
意気揚々と駆け出していくハロルドの背中を見送りながら、カンナは単純だな、と呆れまじりにため息をついた。
テトラの側にしゃがみ込み傷の状態を確認する彼女に、ヒイロは慌てて問いかける。
「あんた医者? おれに何か手伝えることある?」
「医者ではない。もっといいものだ、この状況においてはな」
カンナは両手で杯の形をつくり、その中に装飾品を満たしてテトラの上に翳した。
手のすきまから零れ落ちた光の粒が、テトラの身体を包んでいく。光がすっかり収まる頃には、彼の身体は何事もなかったかのように元通りになっていた。か細く、不規則だった呼吸も落ち着いている。
――魔法だ。
幻想的な光景に見とれていたヒイロは、カンナの舌打ちではっと我に返った。彼女の手中の装飾品が先程までの輝きと色を失い、灰になって飛ばされていく。
「使い切ったか。補充するには時間がないな」
ドラゴンと応戦するハロルドを見遣り、カンナは冷静に呟く。
ハロルドの動きが落ちてきていた。先程のカンナの言葉から察するに、身体強化の魔法が解けかけているのだろう。彼が倒れるのも時間の問題だが、間違いなく次の矛先となるヒイロたちに、ドラゴンに対抗する術は何もない。
ヒイロは、テトラからもらったブローチをポケットの中で握りしめた。
「なあ。これ、使えないか?」
「ん?」
ブローチを差し出すと、カンナは少し感心したように目を眇める。
「お前、魔法についての知識があるんだな」
「そういうのいいから。どうだ、使えそうか?」
「……いや。なかなかいいもののようだが、少ないな。あいつにとどめを刺すには足りない」
ヒイロは、安堵すると同時に強く唇を噛んだ。これで足りないとなれば、次の手はおのずと決まっている。
けど、なんでよりにもよって今日なんだ。どうして。
「じゃあ、おれは?」
やっとのことで口に出した声は、ひどく掠れていた。
カンナは言葉の意味を測りかねているようだったが、やがてその意味を理解したのか、ヒイロを睨むように見つめる。
「意味をわかって言ってるのか? さっきのを見ただろ、最悪お前もああなるぞ」
「おれ、元々魔力を作る器官がすごい発達してるみたいなんだ。けど、魔法使いになりたかったから、それを抑えてて」
「……なるほど」
カンナは重々しく頷く。
「お前はそれでいいのか?」
「いい。先生も、先生を助けてくれたあんたたちも、死なせたくないんだ」
「そうか」
カンナはゆっくりと立ち上がる。目線の高さは、ヒイロとだいたい同じくらいだ。
「お前、名前は?」
「ヒイロ」
「ヒイロ。お前の誠意に敬意を表して、とっておきの魔法を見せてやる」
カンナは握手を求めるようにヒイロに手を差し出す。
手を握り返すとくらりと眩暈がした。脱力感もつかの間、ヒイロの心臓が大きく跳ねる。体内で急激に熱が廻りはじめるこの感覚を、ヒイロは今でもよく覚えていた。
繋いだ手に熱が集まり始め、カンナはゆっくりとドラゴンの足元を指さす。
「よく見てろ」
地面から突き出した幾本もの氷が、槍となってドラゴンの身体を貫いた。
流れでる溶岩のような血は、地面に滴り落ちる前に凍りつく。叫び声をあげてもがくドラゴンは表皮を覆い始めた氷になすすべなく、あっという間に氷の結晶の中に閉じ込められた。
「仕上げだ」
言葉と同時に、音を立ててそれにひびが入る。カンナが指をつい、と上に向けると、氷の塊はドラゴンごと砕け散った。
呆気にとられるヒイロをよそに、カンナは上機嫌に微笑む。
月明かりに反射して散る氷の粒は、涙が出るくらい綺麗だった。
* * *
今日の終わりに向けて進む時計の針を、ヒイロは半ば絶望した気持ちで眺めていた。
「ずいぶん沈んだ顔だな、ヒイロ」
「カンナ……は、機嫌がよさそうだな」
「ああ。おかげさまで、久しぶりに魔法を思い切り使えた」
カンナがぐるぐると肩を回す。
まだ目を覚まさないテトラを置いて家に帰るのも憚られ、ヒイロはぼんやりと時間を潰している最中だった。本来であればハロルドと協力してヒイロの家に運びこみたかったのだが、カンナが「思い切り」魔法を使った結果、彼も四散した流れ弾に当たって目を回している。
「……お前には話しておくべきだと思ってな。アレのことを」
ドラゴンのことを言っているのだろう。少し迷う素振りを見せたあと、カンナはヒイロの隣に腰をおろした。
「お前、あの村の入り口で、私たちのことを見ていたよな」
「気付いてたのか」
「ああ。警戒するのも無理はないし声は掛けなかったがな。あの女がハロルドのことを勇者と称したのも聞いていただろう」
「……そういえば」
その後のことが衝撃的すぎて忘れていたが、そんなことも言っていた気がする。
「今よりずっと昔、魔王と呼ばれる存在がいた。魔物を生み出し、人々を陥れ、世界を混沌に導く存在――それを倒したのが勇者と、彼が率いる仲間たちとされている。だが、実際のところ、魔王は倒されていない。勇者によって長い間封印をされていただけだ。そして魔王の封印は、今解けかけている」
「じゃああの人は、自称勇者の痛い人じゃなくて、甦った魔王を倒そうとしてる本物の勇者ってことか?」
「理解が早いな、その通りだ。私たちは、あいつをサポートするために集められたお仲間ってところだな」
痛い人間なのは否定しないが、とカンナは肩をすくめる。
「それで、ここからが本題なんだが――ヒイロ、私と一緒に旅をしないか?」
「……それは、おれを使い魔として欲しい、ってことか?」
「まあ、もちろんそれもある」
だけどな、とカンナはヒイロをまっすぐに見据えた。
「今回ドラゴンを退けられたのは、何よりもヒイロが私に魔力をくれたからだ。お前は私たちを助けたと思っているかもしれないが、実際のところ助けられたのは私たちだ。お前の夢を潰してしまったことに、多少なりとも罪悪感を覚えてもいる。ハロルドの馬鹿があの女に贈った宝石が少しでも私の元に渡っていれば、お前に力を借りなくてもアレを倒せたかもしれない」
「そんなこと言ったって、今更どうしようもないだろ」
「それがそうでもない」
表情を暗くするヒイロに相反して、カンナはにやりと笑った。
「魔王は世にも珍妙な術を使うと専らの評判だ。聞いた話によると、奴は使い魔の魔力を抑える術を使って、魔法使いを無力化することができるらしい。あくまで噂だが、今まで数々の冒険者が魔王の前に敗れてきたことを考えると、信じてみる価値はあると思わないか?」
ずるい言い方をする。
歯噛みしつつも、ヒイロは頬に笑みが浮かぶのを感じていた。なけなしの可能性に賭けて進むのには慣れている。
――まだ、おれ、諦めなくてもいいんだ。
「おれ、マリエルさん、だっけ? あの人とうまくやっていける自信ないんだけど」
「大丈夫だ、あいつならドラゴンを見た瞬間真っ先に逃げた。元々勇者の財力が目当ての女だったからな」
「大丈夫って言っていいのか、それは」
「かえって良かったんじゃないか。ハロルドは基本的にはいいやつだが、好みの女が絡むと途端にポンコツになるからな。私も晴れて荷物持ち解任だ」
「もしかしてあれ、全部あの人への貢物だったのか?」
「まあな」
昔から女を見る目がないんだ、とカンナは鼻を鳴らす。
「聞きたいことはそれだけか?」
「……カンナは、おれが使い魔じゃなくなっても困らないのか?」
言わんとしていることを察したのか、カンナは安心しろ、と伸びをしてから立ち上がった。
「私が魔王を倒したいのは、奴に掛けられた懸賞金が欲しいからだ。それを使えば、ヒイロに頼らなくたって魔力の元手には困らない」
ヒイロは思わず笑う。世界のためだとか大義名分を掲げられるより、余程彼女らしい理由だと思った。
差し出された手を握り返し、手を引かれたヒイロは立ち上がる。
十二歳の誕生日。
少年は希望を失い、代わりに新たな希望を得た。
(終)
ここまで読んでいただきありがとうございました。
この作品はSSの会メンバーの作品になります。
作者:杣江