第八話 お姉ちゃんの誰とプールに行きたい?
「ふふん、ここに温水プールのチケットがありまーす♪」
「何よ、いきなり……」
夜中に、静子お姉ちゃんが得意げな顔をして、近くにある温水プールのチケットを二枚見せびらかす。
「バイト先の子から貰ったの。彼氏とデートするつもりで取ったけど、都合が悪くなって行けなくなったからってさ。どう、一緒に行かない、みっくん?」
「えっ? でも……」
静子お姉ちゃんと二人でプールに行くのは全然構わないのだけど、由奈お姉ちゃんと菜月お姉ちゃんは誘わなくて良いのかと視線を送ると、案の定、不満気な顔をしており、
「オホンっ! 静子ちゃーん……みっくんと、二人きりでデートしようなんて、そうはいかないんだからね」
「デートって、弟と一緒に遊びに行くのをデートって言うのかなあ……別に珍しい話でも何でもないと思うんだけど。ねー、菜月ちゃん?」
「ふん、そうね。行ってくればー。その年になって、お姉ちゃんと一緒にプールに遊びに行くなんて、絶対おかしいと思われるけど」
そんなにおかしいのかな……僕は、全然良いんだけど、菜月お姉ちゃんは恥ずかしいのだろうか。
「あら、じゃあ菜月ちゃんはパスってことで。由奈姉は、どうする?」
「私がみっくんをプールに連れていくから、静子ちゃんは、お家でゆっくりしてって良いわよー♪」
「いや、私がチケット貰ったんだし。ねえ、私と行こうよ、良いでしょう?」
「皆で行きたいなー、僕……」
どうも、由奈お姉ちゃんも静子お姉ちゃんも僕と二人きりで行きたいみたいだが、どうせならみんなで行った方が楽しいと思うんだけどなあ。
「駄目よ、ダメ。チケットは二枚しかないんだから、光毅君以外は、一人しか枠はないの」
「だったら、僕は良いよ。泳ぎはあんまり得意じゃないし」
「はあ……あんたも、わかってないわねえ」
どうしてもプールに行きたい訳でもないので、遠慮しようと思ったが、それを聞いた菜月お姉ちゃんが溜息を付いて肩を竦める。
「みっくんは、一番年下だし、男の子だから、もっとちゃんと運動して鍛えないとダメだよー。だから、みっくんは絶対に参加するの。わかった? わかったなら、由奈お姉ちゃんと一緒に行きましょうか」
「は、はうう……」
わかったようなわからないような理屈を言った由奈お姉ちゃんが、僕を後ろから抱きつき、ふくよかな胸を僕の背中に押し付けて誘ってくる。
そんなことを言われても困ってしまうのだが、僕が行きたい訳じゃないので、
「ほら、早く決めなさい。このチケット、期限が今月の末までだから、それまでに行かないと無駄になっちゃうの」
静子お姉ちゃんがチケットを僕の前に垂らして、促してきたので、困ってしまい、仕方なく、
「どうしても、僕が行かないと駄目?」
「駄目ね」
「じゃあ……お姉ちゃんたちでじゃんけんして勝った人とで……」
「あら、みっくんにしては考えたわね」
三人の内、どれか一人を選ぶなんて到底出来なかったし、選んだら選んだで、文句を言われそうな気がしたので、じゃんけんで勝ったお姉ちゃんと行くことを提案すると、由奈お姉ちゃんは乾いた顔をしてそう言い、更に僕に抱き着いて、胸を頭に押し付ける。
「でも、駄目ね、そんなの。じゃんけんで決めるなんて不公平だしー。ちゃんとみっくんに選んでほしいの、お姉ちゃんは」
「そうねー。不公平とは思わないけど、私も、出来れば三人の内のどれかを選んで欲しいなあ。大丈夫よ、別に私を選ばなくても、文句なんか言わないし。ねー、菜月ちゃん?」
「わ、私は別に……」
じゃんけんで決めてくれという提案もあっさり却下されてしまい、結局、僕が誰か一人を選ぶ羽目になってしまう。
そこまで言うなら、もう仕方なかった。
「じゃあ、静子お姉ちゃんと……チケット貰ってきてくれたし……」
「きゃーー、ありがとう♪ やっぱり、光毅君、良い子ねえ。ちゅ♡」
「ああ、もう! いちいち、ちゅーしたりしないの、静子お姉ちゃんも!」
チケットを貰ってきた静子お姉ちゃんと一緒に行くことに決めると、静子お姉ちゃんは満面の笑みで僕に抱き着き、頬にキスをする。
「ぶうう……し、仕方ないわね。でも、今度、お姉ちゃんと一緒に行こうね。約束よ」
「うん」
由奈お姉ちゃんも不満そうな顔をしていたが、僕の手を握ってそう言ってくれたので、即座に頷く。
そうだ。別にプールに行くのはこれっきりじゃないのだから、由奈お姉ちゃんや菜月お姉ちゃんとは日を改めて行けば良いんだと言い聞かせていた。
そして翌週の日曜日――
「お待たせー、光毅君」
「あ……静子お姉ちゃん」
約束通り、静子お姉ちゃんと二人で温水プールに行き、プールサイドで一足先に待っていると、ワンピースのビキニに着替えた静子お姉ちゃんが僕の元に駆け寄ってきた。
「ごめんね、遅くなっちゃって」
「ううん。静子お姉ちゃん、その水着……」
「どう、似合う?」
「うん」
水色を基調としたワンピースの水着で、静子お姉ちゃんに良く似合っており、僕から見てもとても可愛らしく見えて眩しかった。
「じゃあ、軽く準備運動した後、泳ごうか。光毅君は、泳ぎは得意だっけ?」
「あんまり……」
泳ぎは二十五メートルを何とか泳げるくらいだったので、正直、得意と言える程じゃない。
「そっか。私、小学生のころ、スイミングスクールに通っていたから、一通りは泳げるよ。だから、今日は光毅君に手取り足取り、泳ぎの特訓をしてあげるね」
「お、お願いします……」
そう言えば、静子お姉ちゃんは泳ぎはかなり得意だったって聞いたな。
学年が違うので、泳いでいる所は見た事ないけど、ついでだし、教えて貰うかな。
「まずはバタ足ねー。ほら、お姉ちゃんの手を握って」
「う、うん」
プールに入るとさっそく、静子お姉ちゃんが僕にバタ足を教え、お姉ちゃんの手を握って、ゆっくりとバタ足を進める。
何だか恥ずかしい……この年になってお姉ちゃんに泳ぎを教えて貰うって、ちょっと情けない気もしちゃう。
「うん、上手いよ。なんだ、光毅君、結構、泳げるじゃない」
「まだバタ足をちょっとやっただけだよ」
「それでも、思ったより、筋が良いよ。へへ、クロールとか出来る? なら、競争しようか」
「え、ちょっとっ!」
静子お姉ちゃんはそう言うと、潜ってさっそうとプールサイドの端までクロールで泳ぎ始める。
うわああ……やっぱり、早いな静子お姉ちゃん……それにフォームも綺麗だし、本当に泳ぎが得意なんだ。
「ぷはあっ! ほら、こっち来て、光毅君も」
「ま、待ってよー」
静子お姉ちゃんが手を振って僕を招いたので、慌ててクロールで泳いでお姉ちゃんの元へ向かう。
久しぶりのクロールだったので、思うように進めなかったが、何とか辿り着き、
「はい、到着ー♪ へへ、よく出来ました」
「う、うん。ちょっと恥ずかしいよー」
僕が到着するや、静子お姉ちゃんは笑顔で僕に抱き着き、頭を撫でてくる。
皆が見ている前で恥ずかしい……クラスの子に見られたら、絶対に変に思われてしまうので、周囲に知りあいがいないか確認したが、誰もいなかったので一先ず安堵する。
でも、悪い気はしないかな……。
「キイイ、静子ちゃんってば、みっくんとあんなにイチャついて……」
「本当、恥ずかしいわよね、静子お姉ちゃんも……」
由奈お姉ちゃんと一緒に静子お姉ちゃんとみっくんの様子をこっそり後を付いて行ったが、静子お姉ちゃんがみっくんにプールで抱き着いてる所を見ると、由奈お姉ちゃんは悔しそうに歯ぎしりしながら、その様子を物陰から見つめる。
まさか、私たちが付いてきているとは思ってないだろうに、あんなにイチャついて。
でも、あんまりイチャついていると、邪魔してやるんだから覚悟しなさいよね、二人とも。