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第3話 災厄の森の主・3

 


 アラクネを取り囲もうとした炎の影が消える。術者であるマキナの心が折れたゆえに。


「くそっ! なんだこいつは!?」


 異変に気づいた剣士ソードマン大盾タンクが行動に移る。まずは大盾タンクが盾ごとアラクネに体当たりをし、剣士ソードマンが足を切り払う。


 呼吸を合わせた同時攻撃。これまで多くの魔物を打ち倒してきた技だ。大盾タンクに対応すれば剣士ソードマンが、剣士ソードマンに対応すれば大盾タンクが攻撃するという単純ながら防ぎがたい連携。


 アラクネは避けなかった。

 避ける必要などなかった。




       ≪完全耐性・物理攻撃≫




 マキナの鑑定眼が、そのふざけたスキルの発動を伝えてくる。


 まるで金属を斬りつけたような鈍い音。胴体への体当たりも、足への切り払いも、アラクネにダメージを与えた様子はない。


「バケモノが!」


 弓師アーチャーが神技と評すべき速さで矢をつがえ、アラクネの目に向けて放った。それと合わせて盗賊シーフがナイフを投擲する。

 しかしながら、当然、アラクネを穿つことはない。


 本来であれば魔導師マギであるマキナも攻撃に加わるべきところ。だが、攻撃魔法への完全耐性を持つ者に対して一体何ができるというのだろうか?


 剣士ソードマン大盾タンクが諦めることなくアラクネに斬りかかる。剣士ソードマンの大剣。大盾タンクの片手剣。どちらも大型の魔物を屠れるほどの切れ味を誇っている。誇っていた、はずだ。


 だというのにその剣はアラクネの外殻どころか体毛一本すら切り払うことができず。呆れたように。諦めたようにアラクネが深々とため息をついた。


「――人間、こわい」


 そこからの崩壊は一瞬だった。

 アラクネの前足、その一本がぶれた(・・・)。それが右から左への薙ぎ払いだと気づいたときには、もう、すでに剣士ソードマンの首は刎ねられていた。鈍い音を立てて首が地面に落ち、残された胴体から噴水のように血液が噴き出す。


「な!?」


 愕然とする大盾タンクの心臓をアラクネの前足が突き穿つ。構えていた大盾タンクごと、身に纏っていた鎧すらも、まるで泥団子を崩したかのような気楽さで。


 声すら上げずに大盾タンクが倒れる。


「あっ、あぁあああっ!」


 弓師アーチャーが絶叫しながら矢を放った。達人でも避けるのが難しいはずのそれをアラクネは上半身の腕で掴み、投げ返す。狙い澄ましたように――実際狙っていたのだろう。投げ返された矢は弓師アーチャーの喉を正確無比に貫いた。


 マキナにとって一瞬。一瞬と呼べる時間に仲間三人の命が奪われた。手は震え、歯はガチガチとうるさいほどに音を立てるが、そんな彼女とは対照的に盗賊シーフは諦めはしなかった。


「この――くっ!?」


 毒を塗り込んだナイフを投げようとした盗賊シーフにアラクネが右手を向けた。マキナの動体視力では何が起こったのか認識できなかったが、粘着性の糸によって近くの木の幹に拘束された盗賊シーフの姿から察するに……アラクネがひとかたまりの糸を飛ばしたのだろう。手のひらから。


 アラクネが手から糸を出すなど聞いたこともない。

 蜘蛛の魔物は胴体からしか糸を出せないはずだ。


 現実から逃れるようにマキナはそんな常識を再確認し、常識の埒外にあるアラクネがゆっくりと近づいてくる。人のような形をした顔に笑みをたたえながら。


 あぁ、きっと、死神とはこんな笑顔を浮かべているのだろう。




≪精神汚染 1d100≫



 からん、からんと。

 サイコロを投げたような音が聞こえた。こんな森の中でそんな音がするはずもないのに。


「あっ、あ、あぁあぁああぁ……」


 もはや後ずさることすらできない。

 惨めにも失禁してしまうが恥じらう余裕はない。


 白銀のアラクネがマキナに向けて手を伸ばしてきて――


「マキナ! 逃げて! あなただけでも!」


 盗賊シーフがなんとか糸の一部を解いて毒つきのナイフを投げるが、アラクネは気にも留めなかった。ついでとばかりに≪完全耐性・毒≫のスキルを発動させる。


 逃げる?

 どこに?

 どうやって?


 森はアラクネの領域だ。魔導師マギの足ではとてもじゃないが逃げ切れないし……逃げようとする意志すら湧いてこない。


 死ぬ。

 殺される。

 どうせ死ぬなら逃げる必要なんてない。どうせ殺されるなら無抵抗である方がいい。そうすれば無駄に苦しまず死ぬことができるだろう。


 マキナにとって幸いだったのは相手が明らかに『女』の魔物であり、オークやゴブリンではなかったことか。これがあの嫌悪すべき敵対亜人であったならマキナに恥辱の限りを尽くしていたはずだ。子孫繁栄のための道具にされていたはずだ。


 死ぬことも許されずに敵対亜人を増やす手助けをさせられるくらいなら、今ここで殺される方がずっといい。


 諦めの境地に達したマキナの顔を、アラクネがじぃっと見つめる。神と等しき金色の瞳で。


 いわく、その瞳は森羅万象を見通すという。

 であるならば、矮小なるマキナの心を読んだとしても何の不思議もなかった。


「……勘違いしているようだけど」


 アラクネが首をかしげる。

 今さらながら。その声は鈴を鳴らしたような美しい色をしていた。


「私は確かに上半身が女性だし、意識も女性であるつもりよ。でも、下半身は両性具有というか何というか……他の個体(アラクネ)には会ったことがないのだけど、アラクネってみんなこうなのかしらね? 男性のアラクネなんて聞いたこともないし、でもそれだと子作りできないものね?」


 マキナの仲間を殺戮したばかりとは信じられないほどにコロコロとした声。


「まぁ何が言いたいかというと……、勝手な期待で生きるのを諦めるのは良くないわよ?」


「…………」


 無意味な抵抗をしろと。無様に生き足掻けと。このアラクネはそう言っているのだろうか? 無抵抗な人間を殺しても楽しくないからと……?


 そして抵抗し、生き足掻き、それらをすべて叩き折った上で……ゴブリンやオークのようなことをしてやると?


 ――終わった。


 悲惨な未来を幻視したマキナは体中から力が抜けていくのを感じた。


 薄れ行く意識の中、


「……いきなり襲ってきたのはそっちなのに、どうしてこっちが悪役みたいになっているのかしら? 正当防衛なのに……どうしてこうなった……?」


 そんな、なんとも気の抜ける声が聞こえた気がした。




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