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第1話 災厄の森の主



「いい依頼を見つけた。アラクネが高く売れるらしい」


 パーティリーダーのそんな発言をきっかけとして、彼ら≪暁の閃光≫は城塞都市から少し離れた場所にある『災厄の森』へと足を踏み入れた。


 災厄の森には危険な魔物が蔓延っており、素人冒険者が立ち入ったらまず生きて帰れない危険地帯だ。


 しかし、冒険者パーティとしての≪暁の閃光≫はBランクであるし、危険度Cでしかないアラクネは問題なく狩れるはずだった。


 鬱蒼とした森の中を盗賊シーフを先頭にして、大盾タンク剣士ソードマン魔導師マギ弓師アーチャーの順で進んでいく。


 普通ならば回復専門の神官も同行させるのがスタンダードなパーティ構成であるが、≪暁の閃光≫においては魔導師マギが回復役も担っていた。冒険者になる神官の数が足りないという理由があるし、戦闘ができない人間をパーティに入れたくないという考えもあった。


 神官の回復魔法が必要になるような高難易度の依頼は受けない。稼ぎは少なくとも堅実に。それが≪暁の閃光≫の基本方針であった。


 だからこそ、彼らにとって普段より少し難易度が高い『災厄の森』へ分け入ったのは珍しい蛮勇と言えた。

 けれども問題は無いはずだった。普段よりは危険度が高いがBランクパーティならば苦戦する可能性は低い場所なのだから。


 ……その『蛮勇』が命取りになるとも知らずに彼らは森を進む。


 森特有の高い湿度から来る不快感から逃れるようにパーティリーダーである剣士ソードマンが意識して明るめの声を上げた。


「逃げ帰ってきた冒険者によると、森の奥には『白変種(アルビノ)』のアラクネがいたらしい」


「ほぅ、ただのアラクネでさえ珍しいのに、白いのか。そりゃあ高く売れそうだな」


 普通アラクネは『敵対亜人』として討伐される他、薬の材料として使われるのだが、もしかしたら鑑賞目的の亜人奴隷として欲されているのかもしれない。貴族の考えは理解しがたいが、そういう趣味を持つ人間が意外といることは周知の事実だ。


「ギルドマスター(ギルマス)に確認したら、生け捕りで、傷がなければ金貨100枚はいくそうだ。死体でも金貨20枚」


「ひゅぅ、そいつぁ豪勢だねぇ」


 先頭を歩いていた盗賊シーフの女が口笛を吹く。どうやら周囲に危険な魔物はいないようだ。

 魔物は人間よりも生存本能に優れているので、自分より明らかに格上の存在が徒党を組んでいれば襲いかかってくることは滅多にない。


 金貨100枚といえば庶民ではまずお目にかかれないほどの大金だ。パーティメンバー5人で分けたとしても数年は遊んで暮らせるだろう。

 その金を元手にして、いつ死ぬか分からない冒険者などさっさと引退するのも一つの道だ。


「一人金貨20枚か。資金としては十分だな。うまくいったら食堂でも始めるか」


 大盾タンクがその隆々とした肉体に似合わぬ夢を語った。彼は大柄な肉体によって誤解されがちだが意外と料理が巧みなのだ。野営時の食事も、彼が当番の日はパーティの雰囲気が明らかに良くなるほどに。


「いいねぇ。私も何か店でも始めるか~」


 盗賊シーフの女がポニーテールで纏めた茶髪を揺らしながら軽い声を出す。


「俺も引退して農地でも買うかな」


 黒髪の剣士ソードマンはパーティーリーダーらしからぬスローライフ希望者らしい。


「田舎でのんびり暮らすのも悪くない、か」


 普段は物静かな男である弓師アーチャーのエルフが少しだけ頬を緩めた。エルフは基本的に森暮らしのはずなのだが、田舎暮らしとはまた違うらしい。


「私、ギルドの職員にならないかって誘われているんですよね。みんなが辞めるなら受けようかなぁ」


 金髪の魔導師マギが少し恥ずかしそうに頬を掻く。


 ……それぞれに『夢』を語る彼らは気づくべきであった。いくら魔物の生存本能が優れていようとも。いくら彼らが実力あるBランクパーティであろうとも。それを気にする必要の無い存在――格上の魔物であれば襲いかかってくるはずなのに、森に入ってから一度も襲撃がないというのは明らかに異常な事態であると。


 獲物となる人間の隙をうかがっている。わけではない。そうであれば盗賊シーフが気づくはずだ。

 運良く魔物の生息地を避けている。わけでもない。魔物の鼻であれば遠く離れた場所にいる人間の臭いくらい嗅ぎ分けるだろう。


 では、なぜか。なぜ魔物は襲いかかってこないのか。


 可能性があるとすれば、一つ。


 もはや、この森に住んでいた強力な魔物はそのことごとくが(・・・・・・・・)打ち倒されてしまった(・・・・・・・・・)。そんな、本来ならばありえない可能性が、一つ。


「お、そろそろ白いアラクネの目撃地点だな」


 剣士ソードマンが準備運動とばかりに肩を回した。盗賊シーフが立ち止まり改めて周囲の気配を確認する。その合間に他のメンバーはそれぞれの装備を確認していった。


 幸いなことに(・・・・・・)。森に入ってからここまで戦闘は一度もない。当然ながらポーションの量は潤沢。魔力も充分。これなら余裕を持って魔法を使えますねと考えた魔導師マギの女は……思い至った。背筋に冷たい汗が流れた。


 魔物が蔓延る森に分け入り、今の今まで、一度も魔物に遭遇しないということなど……あり得るのだろうかと。


「り、リーダー……」


 魔導師マギが疑問を口にしかけたが、そんな彼女の言葉を盗賊シーフが遮った。



「――いたよ」



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本日あと何話か投稿します。

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